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第四章 昇進編

昇進編22話 女帝イスカ

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悪い顔をした3人の中でも一番悪い顔の司令がオペレーターに指示を出す。

「ヒンクリー少将と繋がり次第、メインパネルに映せ。」

「ハッ、繋がりました。メインパネルに映します。」

メインパネルにヒンクリー少将と干物みたいな副官が映し出される。

「ミドウ大佐、今回は救援感謝する。お陰で生きて帰れそうだ。」

「礼には及びません。少将のお力は同盟軍の勝利の為に必要不可欠です。」

司令の腹芸が始まったよ。さすが同盟軍の主演女優賞の有力候補、リリスの対抗馬になれるね。

「レブロン相手にこんな惨敗を喫した俺がか? 世辞も慰めも無用だ。」

「勝敗は兵家の常、最後に勝てばよろしいのです。それに少将はレブロン相手に負けた訳ではありません。裏で糸を引いていた死神が狡猾だっただけの事。」

「死神、か。確かに死神と呼ばれるだけの事はあるようだ。ヤツと交戦したオレの部下は全滅した。ヤツの逸話の新たなページに加わってしまったのが腹立たしい。」

「では八つ当たりしては如何?」

そう司令が言うと、ヒンクリー少将の隣に佇立していた干物副官がビクリと身を震わせる。

武闘派の上官相手に苦労してるのかもしれない。

「八つ当たり? 誰にだ?」

「レブロンに。追撃してくるようなのでね。」

「ヤツには借りを返してやりたいが、現在オレの師団の戦える兵は半数もいない。死神とレブロン師団相手に戦える状態にない以上、剛腹だがバルミット要塞に撤退するしかない。」

「死神は既に撤退しました。レブロン師団だけが相手です。」

「死神が撤退? 確かか?」

「私の部下の得た情報ですので、間違いありません。それにレブロン師団には先行した私の部下がそれなりのダメージは与えたようですし、私がさらに新たな部隊を率いてきました。勝てる戦いです。」

干物副官が甲高い声で口を挟む。

「いかんいかん!私、いや少将の身になにかあったらどうするつもりだ!我々はバルミット要塞に撤退する。キミ達でレブロン師団を食い止めるんだ。」

「なんだ? 貴様は?」

「ヒンクリー少将閣下の副官を務めるヒムノン中佐だ。いいか、我々を安全に撤退………」

「干物は黙ってろ。私はヒンクリー少将と話している。」

「ひ、干物ではない!ヒムノン中佐だ!」

「ヒムノン、黙ってろ。」

司令に恫喝された挙げ句、上官にも相手にされないとか、干物ん中佐も結構気の毒だな。

「このポイントΣで合流して戦うとするか? 問題は誰が指揮を執るかだが………」

「少将、不躾ながらアスラ部隊のゴロツキ共は、私の命令しか聞きません。」

干物ん中佐もめげずに頑張る。

「大佐、まさか少将閣下に指揮下に入れと言うのではなかろうな!」

氷柱つららのような司令の声が干物ん中佐に突き刺さる。

「黙れと言ったぞ。玉ナシのスルメ野郎は引っ込んでろ。」

「うが、うぁ、少将閣下。いくらアスラ元帥の娘であろうと、あまりな言い草ではありませんか。これは問題です。統合作戦本部に報告して………」

「それはおまえが勝手にやれ。大佐に何か策はあるのか?」

「現在位置ポイントΣから後退して、α街道とβ街道に別れて布陣します。広いβ街道に少将は布陣して下さい。少将を撃滅したいレブロンは、主力はβ街道に展開してくるでしょう。我々がα街道に展開してくる敵を撃破してβ街道に救援に向かうまで持ちこたえてもらえれば勝ちです。」

「フッ、さっき大佐の部下の緋眼にも、孤立した部下を救出してやるからオトリになれと言われたぞ。あの部下にしてこの上司ありだな。いいだろう。見事にオトリを務めてみせようではないか。」

「少将閣下!あ、あまりにも危険すぎます!私は断固反対であります!」

「安全な戦場などある訳なかろう。ヒムノン、お前がいても役には立たん。負傷兵を連れてバルミット要塞に撤退しろ。そのぐらいは出来るだろう?」

「む、無論であります閣下!このオルブリッヒ・ヒムノンが見事にその大役を果たして見せます。」

「ではさっさと行け。」

「ハッ!!それでは少将閣下のご武運をお祈りいたします。」

干物ん中佐はオレとタメを張れそうな逃げ足で、旗艦から退去していったようだ。

「武闘派の少将の副官が、なんであんなのなので?」

心底呆れた声の司令がそう問いかけると、苦虫をかみ潰したような顔の少将が答える。

「統合作戦本部から押しつけられた、監査役と言う名のチクリ屋だ。統合作戦本部も助けろなどとは言わんが、せめて足を引っ張らんでほしいものだ。」

少将と司令は同時にため息をついた。こりゃ同盟軍の未来は暗そうだよ。



オレとマリカさんは不知火に戻った。

艦橋に向かう途中の通路でナツメと出逢う。マリカさんが大役を果たしたナツメを労る。

「ナツメ、傷の具合はどうだ?」

「…………問題ない。元々ポッドに入るほどの傷じゃなかった。」

「もう一働きしてもらわなきゃいけなくなってね。当てにしていいんだな?」

「…………もちろん。大袈裟に心配しないで。私は殺れるから。」

「いいコだ。アタイが直々に忍術を仕込んだだけのコトはあるね。」

マリカさんはナツメを抱えてかいぐりかいぐりする。

お、他人との接触を嫌うナツメは嫌がるかと思ったが、まんざらでもなさそうだぞ。

やっぱりマリカさんは特別なのか。普段は無表情なナツメの口元が緩んでいるように見える。

ユー、笑っちゃえ。ユー、そのまま笑っちゃいなよ。

だがダメだった。

「………子供扱いしないで。」

そう言ったナツメはマリカさんを振り払って駆け出していってしまった。

マリカさんはその背中を見送りながら首を振る。

「…………あのコはまだ時間がかかりそうだね。」

「そうでもないかも。今、笑いかけていたように見えました。」

「ホントかい? あのコが前に踏み出してくれりゃ、アタイは言うことないんだけどね。」

「きっときますよ、そんな日が。」

「そうだな。その為にも今日を生き残んなきゃねえ。」

「ハイです、マリカさん。」

「リムセの物真似のつもりならやめとけ。似てないしキショい。カナタは物真似芸人じゃなくて、リアクション芸人が本分だろ。」

芸人カテゴリーから外して欲しいと思う今日この頃である。



不知火は砂埃を上げながらポイントαに向けて進軍する。右に五月雨、左にサジタリウス、陸上戦艦が7隻も併走している姿は、上空から見れればさぞ壮観だろうな。

1時間ほどでα街道に到着し配置につく。

中央に司令の零番隊。零番隊を起点に右翼にオレ達1番隊とシグレさん達2番隊。

左翼にトゼンさん達4番隊とアビー姉さん達の8番隊。

右翼後方にカーチスさんの6番隊、左翼後方にトッドさんの7番隊という布陣だ。

艦橋で待機しているオレ達にメインパネルから司令の指示が入る。

「索敵班から連絡が入った。敵の到着までおよそ30分、数は1400。頭でっかちのレブロンの事だ、多分きっちり我々の倍の数を用意してきたんだろう。たった2倍の兵数で我々の足止めが可能だと考えているあたりが、度し難い低脳だな。」

レブロンの戦闘可能兵数が5000だとしてα街道に1400、β街道に3600を展開、か。

ヒンクリー師団は1800、なるほど。双方に倍の兵力をぶつけてきたってワケだ。

元の世界ならそれで問題ないだろうけど、この世界は数は絶対的な支配要素ではない。

個の強さの影響が元の世界とは比較にならないからだ。

例えば元の世界の米軍最強部隊であるシールズの隊員といえど、互いを視認した状態で遮蔽物もなく、よーいドンで一度にゲリラ兵5人とまともに戦えば、まず命はない。

それで勝利しうるのは映画の中でだけだった。

だがこっちの世界じゃオレですら、一般兵相手なら5人は余裕の範囲だ。

つまりオレらにしてみりゃたったの2倍、だ。

指揮官のレブロン自身は前線の修羅場に立ったことがないから、精鋭部隊の怖さが分からないんだろうな。



しばらく待機していると、不知火のオペレーターの鋭い声がブリッジに響く。

「レブロン師団出現!距離5000、装甲車両を前面に押し立てて、その後に陸上戦艦3隻が続いています!」

マリカさんが緊迫感の欠片もない声で感想を述べる。

「装甲車両はともかく陸上戦艦が3隻かい。ま、高価な兵器なんだが、陸上戦艦でコッチが倍以上も上回ってんじゃ喧嘩になりゃしないねえ。」

「敵師団、4000の時点で進軍を停止しました。」

ラセンさんがオペレーターに指示する。

「敵の観察を続けろ。まぁ向こうから動いてきたりはせんだろう。我々の足止めが狙いの連中だ。」

だけどお見合いを続けてたら敵の思う壺だ。β街道のヒンクリー師団はアスラ部隊ほどの精鋭じゃない。

オレの焦りを見抜いたのか、マリカさんがオレの肩を叩く。

「心配すんなカナタ。まずはカーチスの出番さ。」

「カーチスさんの?」

「ま、見てな。そろそろイスカから命令オーダーが下るハズさ。」

そうマリカさんが言い終わると同時に、メインパネルからアスラ部隊司令、「女帝レディダイナストイスカ」の命令が下された。

「全軍、微速前進。レブロン師団はセオリー通りの戦い方が得意だ。いや、セオリー通りの戦い方しか出来んと言うべきか。まず戦闘ヘリが出てくる。カーチス、出番だ。」

メインパネルが分割され、口髭を生やしたリーゼントの白人中年が応える。

「おうよ、露払いは任せときな。」

「その後は装甲車が出てくるだろう。アビー、任せたぞ。」

メインパネルがさらに分割され、アビー姉さんの褐色で精悍な顔が現れる。

「あいよ、叩っ壊すなら得意中の得意さ。」

「さて、レブロン師団に教えてやるとしよう。我らアスラ部隊とまともに戦いたいなら、我々の10倍の戦力が必要だ、とな。」



そして女帝率いるゴロツキ軍団は前進を開始する。



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