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第四章 昇進編

昇進編17話 空蝉修理ノ助の芸

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群がる敵兵に対峙するは、オレ達クリスタルウィドウ第1中隊の15名。

緋眼のマリカ直属のイカしたゴロツキ達だ。

群がる有象無象共を叩き潰し、斬り伏せ、撃ち殺す。そこに一切の容赦はない。

戦槌を振り回しウォッカが敵兵をミンチに変える。

怯む敵兵達、ウォッカの戦槌でミンチにされたら棺桶どころか死体袋にも入れなくなる。

「機構軍の雑魚共の挽肉じゃグラム10クレジットにもなんねえだろうな。ああん、次はどいつが肉屋の店先に並びてえんだ!」

オレはウォッカの巨体の真後ろの死角から、念真障壁を皿型に形成してその反発力を利用、ウォッカの頭を跳び越えて空中から猛禽のように襲いかかる。

空中で一人の首を刎ね、着地と同時にかがみながら、もう一人の両脛を両断する。

膝から下を失った敵兵は屠殺されるニワトリのような悲鳴を上げる。

その悲鳴をBGMにオレ達は円舞曲ワルツを踊るようにさらに敵兵を葬っていく。

時間と共に数が頼みの有象無象達は、唯一の武器の数の優位を失い遁走を始めた。

潰した敵兵の肉片が付着し、ホラー映画の怪人じみた様相になったウォッカが、陽気な口調で話しかけてくる。

「えらく腕を上げてんじゃねえか、カナタ。入隊の時に先払いで喧嘩を売っておいて良かったぜ。今のおまえにゃ怖くて喧嘩は売れねえよ。」

「ウォッカの方がよっぽど怖いよ。ホラー映画の怪人がスクリーンから出てきたみたいだ。」

「オレがハンバーグが嫌いな理由が分かったろ?」

「納得だ。挽肉料理全般が食えなくなるよな。その有様じゃ。」

リリスの声が、耳に点けてるレシーバーから聞こえる。

「指揮車両の周辺はクリア。見事な暴れっぷりだったわね、興奮して少し濡れちゃったわ。」

何が濡れたんだ、何が!コイツの淫猥な表現を封印する方法はないのかよ。

ウォッカがげんなりした顔をしながら、

「なあ、カナタよ。色んな意味でスゲえお嬢ちゃんだな。」

「ああ、グレートすぎて涙がちょちょ切れそうだ。」

「アレに毎日つきあえるカナタもスゲえがな。あのお嬢ちゃん、言動はまるでオッサンだぞ。さしずめ、おっさん美少女ってトコか。」

おっさん美少女、スゲえ言霊が誕生したな。

「聞こえてるわよ、ウォッカ! 誰がおっさん美少女よ!」

「お嬢ちゃん以外にゃいねえだろがよ。そんな珍妙な生物ナマモノ。」

「誰がナマモノよ。言ってくれるじゃない、お礼にガーデンに帰ったらハンバーグを奢ったげるわ。」

「俺がハンバーグが嫌いなのを知っての狼藉かよ、そりゃ!」

「私はね、一度覚えた他人の弱点は、ソイツが死ぬまでしゃぶり尽くす主義なの。だからシェフに頼んでレアで肉汁たっぷりのハンバーグを作ってもらうわね。一切れでも残したらケツの穴から食わせるから。」

「………悪魔としか言いようがねえ。」

「! 軍曹、シュリ隊の援護に回って!面倒なのが出たみたい。」

「了解、位置をアイカメラに転送してくれ。じゃあな、ウォッカ。」

「おう、指揮車両は俺らに任せときな。」

「リムセ、軍曹についていって背中をフォローしてあげて。」

「はいです。よろしく軍曹。」

「おう、頼むよリムセ。」



オレとリムセはシュリ隊の援護をすべく、網膜に転送されたポイントに向かって走る。

リムセは小柄で可愛い女の子だが、見た目に反して優秀な兵士だ。

小刀と脳波誘導ブーメランを使った同時攻撃が得意で、さっきの戦闘でも敵兵を3人は屠ったはずだ。

それにしても、珍しい模様の戦包を頭に巻いてるな。

「珍しい模様の戦包だね、それ。」

「そうです? 私の故郷では普通です。」

「そうなのか。リムセはイズルハ人だよね?」

「はいです。リムセはイズルハ列島の北部の島の出身なのです。故郷の皆にゴハンを食べさせる為に、出稼ぎにきたのです。」

イズルハ列島の北部の島? 元の世界でなら北海道か。

ああ、そう言えばこの模様、北海道が舞台のグルメ冒険マンガで見たような。

そうだ、アシリパさんがこんなの頭に巻いてたな。じゃあこの子はアイヌ系なんだ。

「そっか、故郷のみんなにゴハンを食べさせる為の出稼ぎかぁ。偉いなあ。」

「偉くはないです。リムセの村では戦士は村人の食い扶持を稼ぐのが仕事なのです。」

「そっか、じゃあしっかり稼がないとな。」

「はいです!」

そんな話をしながらシュリ隊の元へ到着した。



「シュリ、助けに来たぜ!」

「カナタか、僕より隊のみんなを援護してやってくれ!」

シュリは打刺剣を使う部隊長らしき男と交戦しながらそう叫んだ。

握りの部分のナックルでの打撃と、針のような刀身での突きにシュリは苦戦している。

かなり出来るヤツだ。そりゃ師団ともなれば中には出来るヤツもいるか。

「シュリ代われ!オレが殺る!」

「いや、カナタは雑魚を頼む。絶対に一人も逃がさないでくれ。」

「だ、だけど………」

「僕を信じろ、伊達に中隊長はやってないさ。」

信じるか。そうだ、シュリは中隊長なんだ。ホタルみたいに何か持ってるはずだ。

オレはリムセと一緒に二人一組ツーマンセルで雑魚の処理にかかる。

雑魚の処理をしながらも、オレの目は時折シュリの様子を窺ってしまう。

オレの大事な友達だ、絶対に死なせるワケにはいかない。

シュリはナックルでの打撃を顔面に食らった。

続けざまの突きは間一髪でバク転で躱し、忍者らしくそのままバク転を繰り返して距離を取る。

部隊長がシュリをあざ笑いながら言う。

「アスラ部隊最強のクリスタルウィドウの中隊長ならばと期待したがこの程度か? チョコマカ小賢しいだけが能とは笑わせる。中隊長がそんなんじゃ、緋眼のマリカとかいうアバズレも大した事はなさそうだな。」

この野郎!よくもマリカさんをコケにしてくれやがったな!

シュリは唇の端から流れる血を拭うと静かに言った。

「………今の台詞でキミは死んだぞ。冥土の土産に見せてやる、僕の芸を。」

シュリの体が僅かにブレるとスッと左右に分裂して3人になった。

バルタン星人かよ、おまえは!

だが部隊長に慌てた素振りはない。

「ホログラフを利用した古い手が切り札とは笑わせてくれる。サーモセンサーの実装でその手は無力化した経緯を知らんのか? 幻影を投射できても熱まで発生はしな………い………」

「ん? 熱が………なんだって?」

「バカな!なぜ、熱まで!」

オレの目のサーモセンサーにもシュリの姿は3人に映っている。

ホログラフじゃないのか。熱まで生じる立体映像なんかあるわけない。

………まさか本当に分身出来るとか………いやいやそんなバカな!

オレと同じ動揺に部隊長も囚われているようだ。額から汗が流れ出ている。

「………じゃ、いくよ。マリカ様を侮辱した以上、キミには死んでもらうから。」

3人のシュリは体を交互に入れ替え、シャッフルしながら部隊長に向かって突進する。

さながら一人ジェットストリームアタックである。もうどれがどれやら分かんねえ!

「うおおおおぅぅっぅぉ!!」

部隊長は凄い叫び声を上げて、3人のシュリの一体に渾身の突きを繰り出す。

その突きは一体のシュリの胸に確かに突き刺さった、だが血は出ていない。

あの分身は熱量だけじゃなく、質量まで伴っているのかよ。どういう原理の芸なんだ。

「………残念、ハズレだよ。じゃあサヨナラだ。」

シュリの静かな怒りの一撃が部隊長の胸に突き刺さる、今度は激しく血が吹き出る。

シュリの冷酷な手向けの言葉が部隊長に送られる。

「1番隊の中隊長で僕だけが異名を持たない、何故だか分かるかい? 僕の芸を見た者は………全て死ぬからだよ。」

「………くぉ、………いったい………何が…………どう…………なっ……………」

疑問を抱えたまま、部隊長は絶命した。

3人のシュリが1人に戻る。

空蝉修理ノ助、オレの友は恐ろしい芸を使う男でもあった。

今の芸をオレがやられていたら…………想像もしたくねえ。

部隊長を失った敵兵をオレ達は殲滅した。

逃げる者にも容赦はしなかった、気乗りはしないが仕方がない。

コイツらはシュリの芸を見ちまったんだからな。

「ん、これで最後だね。カナタ、イヤな思いをさせちゃったね。」

「仕方ねえさ、シュリの芸を見ちまったのがコイツらの運のツキだ。しかし驚いたよ、スゲえ芸だな。」

シュリは肩をすくめて、

「半端者の意地みたいなものだよ。知りたいかい、僕の芸の秘密。」

「そりゃ知りたいが、いいのか? 魔術師がマジックのタネを教えちまって?」

「カナタは僕の友達だからね、僕に何が出来て何が出来ないのか、知っておいてほしい。」

「分かった、聞かせてくれ。どういう原理の芸なんだ?」

「パイロキネシスだよ。ごく弱いパイロキネシスを纏った念真人形を動かす。それが僕の芸の正体だ。」

そう言いながらシュリは草むらに転がっているホログラフ発生装置を拾う。

そうか、姿はホログラフで発生させる。ホログラフに合わせて念真障壁を人型に形成、人肌ぐらいの熱量のパイロキネシスを纏わせる。

あらかじめホログラフには動きがインプットされていて、それに合わせて人形を動かす、これがシュリの芸の正体………

いや、だけどそれ、どんだけの修練と労力が必要なんだよ!

盾型に念真障壁を形成すんのとはワケが違う、人型に形成して動きをトレースさせるとか。

オレにはどうやったって不可能な芸当だ。人型に障壁を形成するだけでも無理だろう。

「よくそんなコトを思いついたな。いや、思いついてもよく出来たもんだ。」

「………仕方がなかったんだ。僕達火隠れの里の忍者にはパイロキネシスの使い手が多い。僕もそうだった。極々弱いって事を除けば、だけど。」

「弱い?」

「弱いのさ。マリカさんや「業火」の異名を持つラセンさんみたいに必殺の威力どころか、最大熱量でも飲み頃のコーヒー程度の熱量しか出せなかったんだ。笑えるだろ? 煙草に火さえ点けられないパイロキネシス。そんなの僕だけだ。熱量を上げようと必死に努力したけど駄目だった。」

シュリは笑った。シニカルだけど、意地と誇りを感じさせる笑みを。

「劣等感に苛まれ、悩んでいた僕にシグレさんがアドバイスしてくれた。あるモノで勝負すればいい。欠点だと思うな、長所だと思えって。それで僕は飲み頃のコーヒー程度の熱量のパイロキネシスを活かす方法を考えに考えたんだ。そうして得た僕の答えは「上げられないなら下げてやろう」、さ。」

大したヤツだよ。たかが高校受験に失敗したくらいでヤケになったオレとは違う。

「でもそこからが大変だったんだぞ。人肌程度に熱量を落としてコントロールするまでは順調だったけど、念真障壁を人型に形成してホログラフに被せて動かすっていうのは難しかった。何度も諦めそうになったけど、出来なきゃ稀有な索敵能力を持っているホタルと同じ場所にいられなくなる。僕は諦めるワケにはいかなかったんだ。幸い、僕は念真障壁の緻密なコントロールには素質があったらしい。素質だけで片付けて欲しくないけどね。」

「ああ、分かってるよ。シュリの芸は意地と根性の結晶だってね。血の滲むような努力をしてまでホタルの傍にいたかったんだな。シュリ、おまえやっぱりホタルのコトを………」

オレの問いかけはリリスからの通信で遮られた。

「軍曹、シュリ!敵の団体さんがそっちに向かってる、まともにやり合える数じゃないわ!一端下がって!」



………やれやれ、アスラ部隊の任務はいつもハードルが高えんだよ。


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