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第四章 昇進編

昇進編15話 天才と多才は違うから

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※今回の話はリリス視点になっています


私と軍曹は周囲のゴロツキをそっちのけで、指揮車両のコンピューターとにらめっこを始める。

私は速読術と要点を抜粋する読解力をフル稼動させて情報をまとめ、軍曹に教える。

そして二人してタブレット片手に殲滅部隊の傾向を懸命に分析する。

分析したデータにさまざまな情報を重ね合わせて二人で検討しあう。

不謹慎なのだろうが、軍曹と二人で知的作業に取り組むのはとても楽しい。

「………なによこれ。出現位置は完全にランダムなんじゃない? 傾向なんて見つかんないわ。」

「………出現位置に関しては傾向がないな。東西南北どこでもあり。出現時期にも法則はないな。そりゃ犯罪者じゃないんだ。犯行ならぬ戦闘を行う位置や時期に特定のパターンなんかありゃしないか。だけど………」

「だけど?」

「地理的プロファイリングなんてカッコをつけたけど、そっちじゃなかったんだ。状況だった、重要なのは。………でもなんでこんなコトを? 意味が分からない。」

軍曹はなにか見つけたみたいだ。そうこなくちゃね。

でもちょっと焦れったいわよ。

「もう、軍曹!意地悪しないで教えてよ!焦らされるプレイはあんまり好きじゃないの!」

「要するに殲滅部隊は文字通りに殲滅可能な部隊だけを狙ってるんだよ。位置や時期がバラバラなのはそのせいだ。戦略的にはさほど意味がない場所にも何度も現れてるし、戦略的要地の戦闘でも遊撃部隊や奇襲部隊といった本隊から離れて行動する部隊を狙い撃ちしてる。そこだけは共通してるんだ。」

なにそれ? 戦略的に意味がある戦闘より、殲滅する事だけを優先させてるっていうの?

「殲滅する事だけを考えてるっていうの? 訳が分かんない!」

「殲滅に拘らなければ、もっと大きな戦略的勝利を得られる場合でも、あえて殲滅を優先させているとしか思えないんだ。統合作戦本部の分析では、殺しを好む戦争中毒ウォージャンキーってコトになってるな。」

「そういう輩は確かにいるものね。そう考えるのは自然なのかもしれないけど、しっくりこないわね。」

「そして戦場跡の焦げた地面の分析では、推定念真強度300万n前後でパイロキネシス能力の保有者。」

「フン、私の半分じゃない。」

「だけど念真能力をフルパワーで行使すれば肉体の方が持たないリリスと違って、死神は300万n相当の念真能力をパイロキネシス込みでフル稼動させられるみたいだ。こりゃ完全適合者とみて間違いなさそうだな。」

「やっかいね。浸透率が100%なら身体能力もハイスペックか。それで戦争中毒とか最悪ね。」

「死神は戦争中毒じゃないと思うよ。」

「あら、どうして?」

「こいつは生きて帰さないコトをなによりも優先させてる。殺しを楽しんでる? いや、殲滅部隊はターゲットに適当な部隊が見つかるまで、最大で半年も潜伏してたコトがある。負傷してたってバイオメタル兵士が回復に半年もかかる訳がない。戦争中毒なら停戦してる訳でもないのに、半年も戦いを我慢できないだろう。」

む、じゃあどういうコトなんだろう。でも死神は戦争中毒って分析には私も違和感があった。

戦略よりも殲滅だけを優先させてる精鋭部隊? そんな不合理な自分勝手が軍で通るモノかしら。

軍曹は考え込んでいる。こういう時は邪魔しちゃいけない。集中させてあげないと。

「………機構軍がなんで自軍にさほど有利になるでもない行動を、強力な殲滅部隊にやらせてるかが分からないな。もっと有効活用できるはずだ。………前提が違うのか?…………ひょっとしたら殲滅部隊は機構軍の指揮下にないのかもしれないな。」

「え? でも同盟軍を殲滅させてんのよ。明らかに敵じゃない。」

「協力関係にあるのは間違いない。でも主たる目的が機構軍の戦略的勝利じゃないと思う。機構軍の命令で動いているなら戦略的要地の奪取なり、中核部隊の撃破なり、最後の兵団みたいな動きをみせなきゃおかしいんだ。だから他の目的で動いていると考えてみよう。誰一人として生かして帰さない理由も、そこに起因しているんじゃないか?」

軍曹の目が異様な光を帯びる。私の心を見透かした時のあの目だ。

思考が猖獗ショウケツを起こした時に軍曹はこうなる。

………そうよ。狡猾なのに情に厚くて、冷酷にもなれるのに根はお人好し、そんな矛盾したパーソナリティーの融和が軍曹の魅力なの。

軍曹は事あるごとに私を天才って言うわね。確かに私は大抵のコトを器用にこなせる。

でもそれは天才じゃなくて多才っていうのよ。演算能力なんて安物の電卓ていどの価値しかないの。

真の天才は凡人には見えないピースの一つ一つを組み上げて、答えを出せる人よ。

軍曹、貴方自身もまだ気が付いていないのでしょうけど、私にはその片鱗が見える。

貴方はきっと自分の力で未来を掴み取れるわ。私は信じてる。

だからどこまでもついていくの。だって楽しいんだもの。




ガタンと音がして指揮車両は大きくバウンドした。

ウォッカが手入れしていたマシンガンが宙に舞って軍曹の目の前に落ちる。

私は小声でウォッカに文句を言う。

「もう!軍曹の集中を邪魔しないでよ。」

「スマンスマン。しかしアクセルらしくねえなあ。おい、アクセル。しっかりしろよ。」

ハンドルを握るアクセルは悪びれた様子もなく、

「砂ネズミの親子が巣穴から飛び出してきてな。轢いたら可哀想だろ。」

もう、ネズミぐらいで軍曹の集中を邪魔しないでってば!

軍曹は床に落ちたウォッカのマシンガンを見つめている。

そしてポツリと呟いた。

「アレス重工製ヒュドラ?」

「おう、カナタ。こいつはアレス重工の最新型マシンガンさ。やっとこ手にいれたんだ。これでさらに戦果を上げてみせるぜ。」

「新型兵器か。…………そうか、軍需産業!! マリカさん!!」

勢いよく呼び掛けられたマリカはちょっと面食らったみたいだ。

「ど、どうしたカナタ? なにか分かったのか?」

「推論の上に推論を積み上げた話ですが聞いて下さい。結論から言うと今度の作戦では死神を気にする必要はありません。」

「なに? どういうコトだ。」

「死神の殲滅部隊は参戦してこないって話です。多分ですけど、死神は機構軍の軍人じゃないんですよ。」

「機構軍の軍人じゃないなら、死神と殲滅部隊はどうして同盟軍を攻撃してくるんだ。」

「製品テストです。」

「製品テストだと!何を言っている?」

「死神と殲滅部隊は機構軍側の軍需産業の実験部隊の可能性が高いんじゃないかと。それで同盟軍相手に試作品のテストをやってるんじゃないですかね? 実戦での結果は一番説得力のあるセールスだと思いませんか? 開発費を出してもらうのにこれほどいい手段はない。」

「た、確かにそうだが。」

「アレス重工だって同盟軍の兵士に試作品の供与をやるコトがあるじゃないですか。それを自前の部隊でやってるんじゃないかと思うんです。機構軍側にもスペック社とトロン社って言う巨大軍需産業がありますよね。アレス重工が一人勝ち状態の同盟軍よりも互いにしのぎを削ってる分、競争も激しいんじゃないでしょうか?」

「あり得る話だね。それで殲滅部隊って訳かい。試作品の秘密や性能を見たヤツを生かして帰す訳にはいかないって事か。」

「はい、戦略的勝利や優位は殲滅部隊にとって意味がない。彼らがしたいのは製品テストなんだから。スペック社かトロン社かは分かりませんが、同盟軍の雄敵と戦って虎の子の実験部隊を失うのは企業として損失が大きすぎます。だから強いのに同盟軍の精鋭部隊とは戦わない。」

「なるほどねえ、全部辻褄は合うね。と、いうことは………」

「アスラ部隊が出てきた時点で死神と殲滅部隊は撤収すると思います。ヒンクリー少将の第5師団を敗走させる手伝いをして、製品テストも済んだ。踏みとどまる理由がありません。」

「推論の上に推論を乗っけた不安定な橋だが、いっちょ渡ってみようじゃないか。死神と殲滅部隊は撤退するってんなら撤退支援も楽になる。ヒンクリー少将はツイてるな。」

「可能なら敵部隊のなるべく身分の高いヤツを捕虜にしたいとこですけど………」

「どうしてだい?」

もう、マリカったら、なんでもかんでも軍曹に聞かないで、少しは自分の頭で考えなさいよね。

「あのねマリカ、それは答え合わせが出来るからよ。少なくとも敵の指揮官は死神と第5師団を敗走させる手立ての打ち合わせをしたはず、でしょ軍曹?」

「そうなんです。謎に包まれた死神と殲滅部隊の秘密のヴェールを引っ剥がすチャンスでもある。」

「しかしそれは難しいだろう。なんせ第5師団が敗走中なんだ。そこで敵陣のど真ん中にいるであろう司令官か、その秘書官を拉致ってくるなんて流石に不可能だ。」

「そうなんですよね。なんともならないか。いや………マリカさん。拉致るのは無理でも、敵の旗艦の通信傍受なら出来ませんか? ナツメなら鏡面迷彩ミラーステルスを生かして旗艦の近くまで近づけるかもしれない。」

「それなら可能かもな。ははん、そこでアタイらが強烈な逆ねじを食わせてやるんだね?」

「ええ、そうすれば敵指揮官は死神に応援要請をするでしょう。死神は応じないでしょうけど、答え合わせは出来るかもしれません。ただナツメに特大のリスクを負わせるコトになるのが………」

「いや、それに関しては手があんのさ。敵軍の配置や動きが手に取るように分かるってんなら、ナツメなら出来るはずだ。」

そんな離れ業が本当に出来るんだろうか。敵の配置と動きを完全に掴むなんて。

疑わしいとしか思えないんだけど。

だけどマリカは自信ありげにニヤリと笑った。どうやら本気らしい。




せっかく軍曹が策を考えたんだし、ここはお手並み拝見といこうかしら。



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