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第一章 開幕編
開幕編3話 草食系男子、闘技場へ
しおりを挟む闘技場に入ってきた10号は眼球だけ動かして、周囲を観察しているようだった。
気味が悪いのは黒目の部分が別々の方向に動いていることだ。口から涎を垂らしている事といい、元の世界で顔を合わせたなら一目散に逃げ出しているところだ。姿形がオレと瓜二つなのはあまり気にはならない。
なにせ今のこの体自体が、オレにとっては他人のようなモノだ。
10号の眼球がオレに焦点を合わせて止まった。殺し合いが………始まる。
10号は叫声を上げながら、極端な前傾姿勢でまっすぐにオレに向かってダッシュしてきた。
得物を使う事は知っているようで、刀をオレの左肩辺りに振り下ろしてくる。
後ろに跳んで躱す、この体は元の文系学生のオレとは違って反応も動きも速い。
ちょっと跳びすぎた。離れ過ぎて反撃できない。
元の体とのギャップが激しい、軽自動車からF1マシンに乗り換えたみたいなもんだからな。
10号はすぐに距離を詰めてきて、下段から刀を振り上げてくる。
オレは左手をかざして障壁を形成し、刀を受け止めようとしたのだが………失敗した。
障壁の形成より速く、10号の刀が左手に当たる。鈍い痛みがオレを襲った。
追撃されては敵わない。とにかくオレは全力で後方に距離を取った。
左手をみると指は全部ついていたが、中指の骨が露出している。
かなりのダメージのはずなのに、痛みをあまり感じない。
生きた兵器であるこの体には、アドレナリンコントロールという機能が搭載されていて、痛みはすぐに和らぐからだ。
とにかく攻撃しないと話にならない。狙うべきは………頭だ。
10号は遮二無二攻撃してくる、闘争本能のままに。急所狙いとかの知恵はない。
最悪相打ちになっても構わない、腕の1本ぐらいはくれてやる!
10号はまた無造作に、しかし最短最速で距離を詰めてくる。
繰り出された払いを左腕で上げてカバーしながら、オレは10号の頭部めがけて刀を振るった。
………つもりだった。
実戦で躊躇は命取り、頭では分かっていたはずだ。
………だけどオレは躊躇してしまった。
このまま全力で打ち込んだらコイツはどうなるんだ? そんな考えが頭の片隅をよぎったのがいけなかった。
左腕に衝撃が走ってオレは体勢を崩してしまい、そこに10号の殴打の嵐を喰らった。
………高校の時にクラスの不良が言っていた。
喧嘩に勝つのは簡単だ。倒れた相手の顔面を、つま先で思い切り蹴り込んでやればいい。
ナイフでも使えばもっと簡単だ。でもそんな事すりゃ人生終わりだからやんねえんだよ、と。
別にそんな事を自慢気に言わないでも誰でも知ってるさ、と陰でせせら笑った時のコトを思い出した。
その辺りでオレは意識を失ったようだ。
目が覚めたら例のガラスケースの中だった。
オレは生きてはいたらしい。左手を見ると骨まで露出していた傷がかなり塞がっている。
いささか生気のないシジマ博士がオレの意識が戻ったのに気が付いて、ケースに近付いてきた。
「あ~、もう、頼むからしっかりしてくれよ!」
「分かった分かった。取りあえずケースから出してくれ。話しにくくてかなわない。」
ガボガボ言いながらオレが答えると、博士はケースから薄紫色の液を抜いてくれた。
「いやいや、酷い目にあった。」
「………12号、キミはね、いいとこナシで惨敗したんだよ? 困るんだよ、自我のある実験体が自我のない実験体にボロ負けするようじゃさぁ。この実験の根本が問われる事態になってる訳だよ、現在!」
考えてみたらこの男の実験のせいで、平和な学生生活を奪われたとも言えるんだよな。
そもそも、いつ死ぬかも分からない状況でなんでオレがこの男に気を使わなくちゃいけないんだ? だんだん腹が立ってきたぞ!
「あのな、自分でも言ってただろ? 時期尚早だって!結果を欲しがって実戦を強行したのはアンタらだよな? それで不味い状況になったら全部オレのせいか?」
「い、いや、僕は反対したんだよ、だけどね………」
「言い訳はいい!もう結果は出たんだ、巻き戻せねえんだよ!それよりどの程度不味い状況なんだ? 今すぐ実験中止って訳じゃないだろ? まだアンタが生きてて研究所をウロウロ出来てるんだからな。」
「あ、ああ、だけど次の実戦で今回と同じような結果だと実験中止って話になるかも………」
「次の実戦はいつだ?」
「キミの傷が癒えるのに後2日、それ以降の何時かまでは、まだ決まってないよ。」
「1週間、準備に時間をくれ。そうすれば次は完勝してやる。」
「ホ、ホントにかい? 信じていいんだろうね?」
「その代わりアンタにもやってもらいたいことがある。どうせアンタらの事だ、以前にも実験体同士で戦わせてるんだろ? その時の録画データを用意してくれ。ある分全部だ。」
「それは簡単だよ。ライブラリにあるから、キミの部屋で見れるようにしておく。」
「まだある。オレは戦死した優秀な兵士のクローンだって言っていたな。その兵士の戦闘データ、出来れば実戦のモノを用意してくれ。」
「そ、そんなモノを見てどうするつもりなんだい?」
説明しなきゃ分かんないかね、この男。ああ、名門だった中学にもいたな、こういうタイプ。
俗にいう勉強の出来るバカってヤツ。
「その戦死した兵士みたいなヤツを量産したいって実験なんだろ? つまりソイツはこの体を最も効率よく使って戦果を上げた訳だ。最高の教本なんだよ。」
「な、なるほど、なんとか用意してみるよ。」
「なるべく早く、確実に入手してくれ。博士もこの実験が中止とか嫌だろ?」
「も、勿論だよ。」
この男、実験中止になれば自分も口封じにあうかもしれないって分かってるのかねえ。勉強の出来るバカって勉強以外は抜けてるからなぁ。釘をさしておくか………
「頼みたいのはその2つだ。アンタの命もかかってるんだから、すぐに動いてくれ。」
「え? 僕の命?」
やっぱり分かってなかったか。
「実験中止ならアンタも用済みってコトさ。ここは秘密研究所なんだろ? オレがお偉いさんなら機密を知ってるアンタは真っ先に始末するけど?」
「い、いや、僕は飛び級でリグリット軍事工科大学に進学して、首席卒業した天才だよ。まさか………」
「博士、いいこと教えてやるよ。飛び級する学生はアンタだけじゃない。首席卒業する学生は毎年1人、確実に誕生する。貴重かもしれないが唯一無二の存在って訳じゃない。だいたい博士、オレが12号って事は最低でも11回、実験に失敗したんだろ? 挙げ句、成功したオレが失敗作に勝てないとかいう結果に終わったとしたら、偉いさん達は博士に対してどんな評価を下すだろうね?」
シジマ博士はペンキで塗装したみたいに青くなった。分かりやすいな、この男。
「12号!次は本当に勝てるんだろうね!」
「完勝してやるって言ってるだろ。だから博士もデータの件はしっかり頼むぜ。」
「わ、わかった。とにかくまだ傷が癒えていない。医療液を再注入するから眠っててくれ。僕はすぐにデータの準備にかかる。」
また足元から薄紫色の液が注入されてくる。まずは傷を癒やさないとな。
完勝出来るというのには確信がある。
もしオレの読み通りにいかなかったら本当に殺処分されてしまうだろうが、その時はその時だ。
今、オレに出来る事は休む事だ。目が覚めたら行動を開始しよう、生き残る為に。
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