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第一章 開幕編

開幕編2話 無茶振りするにもほどがある

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クローン兵士として目覚めて一日がたった。嵐のような一日だった。脳のキャパシティは完全に限界だな。

とにかく状況はだいたい把握できた。後はどう生き残るかという話だ。

状況を整理しよう。

まずここは日本ではなかった。というか地球でもなかった。

未来にでも飛ばされたのかと最初は思ったが、全く違う、未来的な異世界だった。ただ酷似はしている。

シジマ博士の話す言語はほぼ日本語と同一で、世界地図も見たが地球にかなり似ていた。

ただ東方の島国が日本ではなく、イズルハになっている。

つまりシジマ博士はイズルハ人だって事だ。

他も似たようなものでアメリカ合衆国がアトラス共和国になっていたり、ドイツがガルム、フランスがフラムになっていたりと名前が違うだけで、さほどの違和感はない。

そして核がない。多分、ウラニウムやプルトニウムがこの世界にはない。当然、核抑止力なんて言葉もない。

元の世界ではあんまり考えた事はなかったが、破滅的兵器の存在は本当に抑止力になっていたのかもな。

今のオレにはどうだっていいことだけど。

予想していたとはいえショックだったのは科学技術は元の世界より進んでいるって事だ。

元の世界とどの位差があるか文系学生の俺には予想がつかないが分野によってはかなりの開きがありそうだ。

特にバイオテクノロジー的な分野では相当開きがあるように思う。

これは自分の体で実感できた。昨日は気が付かなかったが、この体は元の世界の基準なら超人と呼んで差し支えがないモノだった。

シジマ博士の説明の半分も理解出来なかったが、生身の人間を遺伝子操作やらナノマシンやらで超人化させる技術が実用化されていて、彼らはその技術をバイオメタルと総称していた。

兵士のオレは当然バイオメタル化されていたって訳だ。それで昨日は厳重警戒の上の別室送りって処置になった訳か。

今朝の朝食にリンゴがついてきたので、片手で握り潰してみたら、いともあっさり粉々になった。

なるほど、こんな超人兵士が造れるなら戦車よりよっぽど安上がりだよな。

何十億もかけた戦車が、遺伝子操作された兵士の対戦車ロケットで破壊されるんじゃ費用対効果で勝負にならない。戦争なんてぶっちゃけ資本力がモノをいう世界だし。

しかもこの体、バイオコンピューターみたいなものが仕込まれてて、例えば窓の外を飛んでるカラスに照準を合わせれば距離やら速度やらが網膜に表示される。すげえな、映画の世界みたいだ。




ただ、オレの正直な感想を言えば………コレ違くね?コレなんか違くね?

だってさぁ、このテの話ってさぁ、現代社会から文明の遅れた時代か世界にいった主人公が現代人としてのスキルや知識で無双するってのが定番じゃん!

医者とかコックとかはそんな話だったじゃんかよ!

むしろ元いた世界のが遅れてるってどうなのよ。これじゃオレはただの未開人じゃん。



………前向きに考えよう。よくよく考えてみたらオレは平凡な大学生で、仮に文明の遅れた世界にいったとしても無双できるスキルも知識もないんだ。…………全然、前向きじゃないな。



そして元の世界との最大の違いは、この世界には魔法使いがいるって事だ。いや、超能力者というべきか。

それも自分の体で実感する事が出来た。

シジマ博士に教わった通りに左手を前に突き出して壁をイメージする。そうすると左手の前に50㎝くらいの半透明の薄い壁が現れた。

ATフィールドみたいものだろうか。

実際、シジマ博士も念真障壁とか呼んでたしな。

これを自在に操るのが一流兵士の嗜みらしい。

そこに突然、警報が鳴り響いた。モニターにシジマ博士の顔が映る。

「12号!何をやってるんだ!」

「ああ、ちょっと教わった事の復習でもと思って………」

「自室では念真力は使っちゃダメだって言っただろ!脱走と見なされたら処分されてしまうぞ!」

「そんなつもりはなかったよ。もうやらないから警報を止めてくれ。」

処分ねえ、殺処分ってことなんだろうな、たぶん。軍事機密だろうしな、オレは。

しかし、脱走か。考える余地はあるよな。ここに長居しても碌なことにはならないだろうし。

だが、少なくとも今じゃない。失敗=死、だ。そしてゲームと違ってコンティニューもリトライもない。

「頼むよ。なにせキミはやっと漕ぎ着けた唯一の成功例なんだから。」

シジマ博士が極悪人だとは思わないが人でなしではあるよな、本人にも意識のない人でなしってヤツだ。

シジマ博士にとっては被験体は実験用のハムスターかなにかとおんなじで、オレが特別なのは唯一の成功例だと(彼が思っている)だけの話なんだから。

別に聞きたくはなかったがシジマ博士は研究者にありがちな、自分の研究分野については滔々と語るタイプだった。その博士の話によると、オレの前の実験体は全て自我が欠如していたそうだ。

そりゃそうだろうよ。なにせ急速培養でいきなり20代の体を培養する訳だから、脳が経験を積む暇なんかない。

元の世界でも成功したクローン牛の話はあったが、それはあくまでも母胎を借りて普通に出産し、遺伝子的にクローンの仔牛っていうだけでいきなりオリジナルと同じ生物を造る訳じゃなかった。

倫理的にも問題だろうしな。

もっともシジマ博士を含め、この研究所にいる輩はそんなハードルは軽々飛び越しちゃってるんだろうけど。

シジマ博士達の研究は急速培養したクローン兵士に自我を無理矢理植え付けて、即戦力の優れた兵士を量産するコトにあるらしい。

世界統一機構軍って組織がどんだけあくどいかは知らないけど、倫理的にはこっち側、確か自由都市同盟軍って言ってたっけ、同盟軍側も似たりよったりなんじゃないかね。

オレがそんな事を考えて沈黙していると、シジマ博士はなにか勘違いをしたらしく、猫撫で声で(猫が聞いたら逃げ出しそうな声だとは思ったが)話しかけてきた。

「昼から初の実戦訓練があって緊張するのは分かるよ。確かに僕も時期尚早だと思う。だが早くに結果が欲しいんだよ、僕達は。」

そりゃ11回も失敗してりゃあ、尻も叩かれるだろうよ。結構な金と資材と人材が投入されてるみたいだし。

「別に緊張してる訳じゃない。だけど期待に応えられるかは保証できないね。」

なにせこちとら生まれてこのかた殴り合いの喧嘩さえしたことのない、血統書付きの草食系男子なんだからな。

「いや、12号、キミなら出来る。頼むよ。何よりキミ自身の為にもね。」

シジマ博士の立場なんか知ったことじゃないが、なによりオレが生き残る為には業腹ながらシジマ博士とは利害が一致してるんだよな。とにかくやるしかないのは確かだ。





「これが訓練用の刀だよ。大丈夫、見ての通り、刃は潰してある。キミの対戦相手の10号もこれと同じモノを使っている。危なくなったら10号は停止させるがキミには勝ってもらわないと困る。」

無茶いうなよ。神主で剣道もやってた爺ちゃんに小学生までは剣道を教えてもらってたけどさ、爺ちゃんが失踪しちゃってからは剣道どころか運動もろくにやってないんだよ。

名門高校に進学させたがった父の意向で、中学以降はスポーツすら禁じられてたんだよ、このオレは!

安くはない私学の学費と一人暮らしの費用をなにも言わずに(文字通り本当に無言で)出してくれていた父に文句を言うつもりはないけど、こうなると分かっていれば剣道は続けておくべきだったよなぁ。

………バカか、オレは。こうなると分かっていればなんて都合のいい話が人生にあるかよ。

「そもそもオレの前の実験体って自我はないんだろ?」

「ないよ。だが闘争本能だけはあるんだね、コレが。」

言葉は正確に使いなよ博士。そういう風に脳でもイジッたんだろーが!

「念真障壁は楯としてだけではなく、刀に纏わせて攻撃にも使える。試してみるといい。」

「いきなり無茶な実戦やらせといて、どんだけハードルあげんだよ、アンタは!小学生に連立方程式解けって言ってるようなもんだぞ!」

「え? 僕は小学生の時にはその位は簡単に出来たけど?」

嫌なヤツだな、コイツ!

そして拒否権なんぞは銀河の彼方に捨てられているオレは、刀をぶら下げてゲートをくぐらざるを得なかった。

その先ははドーム状の円形闘技場だった。グラップラーなんちゃらの世界へようこそってか。

観客席はないが闘技場の一段高い部分に、透明の強化ガラスのようなものが張り巡らされている。

こちら側からは見えないが、あのガラスの向こうにはシジマ博士のいうところの、お偉いさん達がいるんだろうな。




そして反対側のゲートが開いて10号、オレと全くおなじ姿の兵士が現れた。本当に退屈しないよ、この世界は!




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