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二人目、仕掛人

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    その男は、山奥の館に住んでいた。
宴の開催場所から薬を盛る料理、そのタイミング、そして目覚めさせること無く十字架へとくくりつける手筈、それら全てを整えた男が、そこに居た。


「あっちこっちで、村や町や城までもが燃やされているらしくてね。まぁあんな死に方をしたんだ、強さを鑑みても君達の誰かだろうとは思っていたが……まさか、聖女きみとはねぇ?」


    ピンと張ったヒゲをいじりながら、男は言う。
館の広間で剣を向けられていようと、彼は余裕を崩さない。


「よく分かりましたね、ワタシが来ることが」


「当然さ。君は全く無関係のはずの人間でさえも燃やしてきた。そんな君が、恨みを抱いているであろう人物の元に訪れないはずがない。……実際、お優しい王様はあんな悲惨な目に遭ったのだから」


    この男は、とある国家で軍師として活躍していた経歴を持つ。
彼の緻密に組み上げられた作戦で無数の兵士が犠牲となり、いくつもの勝利に貢献してきた。
そして彼は、魔王討伐までの道のりにおいても重要な役を担っていたこともある。


「協力者だった私には手を出さないだろう。……そんな甘っちょろい考えは、軍に入って三日で捨てたんだよ、私は」


「だから不穏分子である私達を迅速に排除する必要があった、というわけですか。……やっぱりアンタはいけすかないわ。元々クソうざいとは思っていたけど」


    対面までに、幾百人の私兵を殺されているはずのこの男、余裕を全く崩さない。
その理由は、この日のための備えをしているがゆえだ。


「これでも軍歴は長いのでね。首、飛ばしたければ飛ばしてみるといい」


「そんな楽な死なせ方、ワタシがするはず無いじゃない!」


    彼女の斬撃は、男の足首を狙っていた。
一度胴体へのフェイントをかけた上でだ。
だが彼女の腕にどこからか飛来した矢が突き刺さり、その一撃は止められた。


「ッ!?」


    男の高笑いが響き、予想外の痛手に彼女は表情を歪めた。


「仮にもあなたは魔王討伐の貢献者。そんなあなたを、真正面から堂々とお相手するとでも?これだから聖女とか、聖職者は甘いんだ。なんっっっとまぁ殺しやすいことか!」


    この男は、五人の処刑に反発した聖職者達を手にかけていた。
国の意思を無視して活動していた彼らに後ろ楯があるはずもなく、この男にとってはトラップの実験体のカモでしかなかったらしい。
さぞ、好き放題罠にかけて楽しんだことだろう。


「君は人類全てが敵だ、くらいに思っているかもしれないが、存外そんなこともないものだよ?……例えば、君が最初に燃やした村には、今でも君達の正義を信じる者がたくさん居たはずだ!」


    男の言葉は、彼女の神経を逆撫でしていく。
逆鱗を豪腕で握りつぶされるが如く怒りが、彼女の体を包んでいく。


「一度不覚をとっておいてなんですが、仮にもワタシは魔王を討ち滅ぼした者。そのワタシが、あなたごときに好き放題やらせるとでも?」


「好き放題やられたからこそ、今の君が――」


「黙れッ!!」


    彼女の怒りの叫びと共に、館のいたるところから火の手が上がり、所々で人の絶叫が木霊する。


「なっ……!?ば、ばかな!」


    彼の仕掛けたトラップは、全て看破されていたようだ。
他者の悪意、害意、殺意、それらに対する感覚は比較的薄かった彼女だが、自身が殺意の塊となった今、それら全てに対して敏感反応できるようになったということか。


「さすがはカール元帥、以前のワタシなら気付かない間にサボテンのようにされていたでしょう。かつての聖職者とやらのように、臓物を撒き散らして死んだかもしれませんね。でも今のワタシは、おそらく魔王個人よりもずっと強いんですよ」


「くっ……ありえん、こんなことは……!」


「さぁ、死ねッ!!」


    腰を抜かし、尻餅をついたカールの肉体を、一本の黒き槍が貫いた。
それは唯一残しておいた、カール自身の仕掛けた罠のひとつ。
眼前の恐怖に負けた彼は、発動させずに動く方法を忘れたばかりか、全ての罠が破壊された、伏兵が死んだ、そんな固定観念に囚われてしまっていたのだ。


「がはぁぁっ……ぐぅぅ……っ!」


    これは彼女の恨みがそうさせたのか、それとも狙ってのことなのか。
急所を外れてしまったために、彼はすぐに死ぬことも許されない。


「あまりにも無惨、あまりにも哀れ。これはそんなあなたへの、最期の慈悲です」


    彼女が杖を一振すると、紅蓮の炎がカールを包む。
皮膚や筋肉がケロイド化し、これまで他者に与え続けた以上の苦痛をその身に受け、カールは叫ぶ。
だが不思議なことに、彼の肉体が完全に燃え尽きる様子はない。
炭化してぼろりと肉が落ちても、既に新しい肉が生成されているのだ。


「どうです?ワタシの慈悲は。そのひどい火傷も、貫かれた傷も、酸欠すらも、ワタシは癒せるのです。……治癒と業火の無限ループ、精々楽しみなさいな」


    彼女の笑い声が遠ざかるなかで、カールが何を考えていたのかは分からない。
だがそれは、決して彼女達への謝罪でなかったことだけは確かだった。
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