Dark Night Princess

べるんご

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嘲笑う紅道化

欺瞞の終わり

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「ウギャアアアッ!!」


 遅れてやってきた激痛に、男は絶叫する。
どれほどの命を奪おうと、自分にも相手にも同じ痛みがあることを、この男は今でも理解することは無い。


「ルナ様、カレン様!どうかしっかりしてください!」


 オーギュストが二人を慌てて解放する。
ルナは辛うじて歩くことが出来ているが、カレンのほうは満足に動けない。
開かれ、広げられ、臓器まで損傷させられた彼女は、酷い出血と痛みに小さく呻くことしか出来ない。


「よ、余計な事してんじゃねぇぞジジィッ!」


 懐に忍ばせていたであろうナイフを手に襲い掛かるも、その体に五発の銃弾を受け、彼は壁に激突させられる。


「お前の方こそ余計なことをするな。三人はこのまま地上に向かわせる。お前の相手はこの私、吸血姫クラリス=ドラミーラだ!」


 牙が肥大化し、瞳が輝く。
手には大鎌を持ち、怒りに満ちた文字通りの化け物となってそこに在る。


「はっ!今更邪魔してくれてんじゃねぇよ、どうせカレンとかいう女は――」


「それを決めるのはお前じゃないッ!!」


 手にした大鎌を振るい、スカーレットを両断せんと襲い掛かる。
壁に激突しようが拷問器具に激突しようが、その大鎌は全てを両断して彼を襲う。
だがオーギュストとギュンターを破った強さは本物らしく、華麗さすら感じさせる動きでそれを回避、あるいは防御しつつ、一度は千切れた腕を再生させた。
そして一瞬の隙にナイフを投げ捨て、壁にかけてあった大鎌を手にし、応戦し始める。


「趣味が合うようだ、私と君は」


「一緒にするな、外道」


「道を語るなよ、吸血鬼風情がッ!」


 相当いら立っているのだろう、回避はともかく攻撃は乱雑で、そこに精細さは一片もない。
だが破壊力や手数はクラリスにも決して劣らず、戦いは拮抗する。

 互角なのは今だけだ、彼はそう考える。
認識さえ歪めてしまえば、もうクラリスに正しく彼を捉えることは出来ない。
そうなってしまえば、手足を切り崩した後にハラワタを切り裂き、涙を流して許しを懇願するクラリスを少しずつ削り、生きたまま食らってやればいい。
そんな猟奇的な結末が、彼は確実に訪れると考えていた。


「散れ、無様に虫けらのように!」


 一撃の膂力をクラリスが上回り、攻撃を弾き返された彼は大きく体勢を崩す。
そのあまりにも大きすぎる隙をつき、首を狙って薙ぎ払うが、その姿は霞のように消えてしまう。
遂にこの男は使い始めた、絶大な効力を誇る認識災害を。


「ほらほらどうしたァッ!?もう手も足も出ないのかァッ!」


 居ると思った位置には居ない、居ないと思った位置に居て、だがやはりそこにはいない。
頭がおかしくなりそうな状況の中でも、クラリスの怒りの炎が揺らぐことは無く、それでいて心に乱れはない。
武器を振るえど当たらない、攻撃を避けれど必ず当たる、絶対的な不利な状況下で嘲笑われながら、己の血液を辺りにどれほどぶちまけられようと、彼女は揺らがない。


「フゥッハハハァ!余裕ぶるのはやめたらどうかね、お嬢さ――」


 クラリスが突然、大鎌を手放した。
その代わりに握られたのは、ずっと小さな草刈り鎌だ。
何者かの血管のようなものが全体に走る得体の知れない不気味な鎌を、この男は降参の合図と受け取った。
自分から不利な状況になるということは、負けを認めて速やかな殺害を乞うためである、そうしてしまった。


「ダメダメダメェッ!そう簡単に楽になどさせ――」


 目の前に現れた男に、一閃。
しかしそれも認識の歪み、本体が後ろから斬り付ける。
骨が見えるほどの深手をいくつも負わされた彼女は、異様で恐ろしいを浮かべていた。


「ヒェヒッ!当たるとでも思ったのかい、そんな単調な攻撃が!君は私に切り刻まれて、生きたまま挽肉にひゃっがぁああぁっ!」


 男は恐らく、気持ちよく言葉を叫びたかったのだろう。
途中から明瞭さを失ったその言葉は、痛みによる絶叫ではなくただの罵倒の続きだったのだろうから。


「あがぁ……?」


 男は、クラリスの手にした武器の恐ろしさを知らなかった。
射程範囲内であれば、一振りすれば確実にその身を切り裂く恐怖の武器であることを。
どれだけ彼が認識を歪め、その身を狙う攻撃を避け続けようと、

 響き渡る絶叫。
口を耳より後ろまで引き裂かれ、醜い容貌となった男は涙を垂らしながら喚いている。


なんでだらぅえあ!?真後ろに居て当たるわけがないだろうあぅうぉぃいえぁああうあへぁああがあぉ!?」


 続けて響き渡るは笑い声。
相手の力量も知らず、取らぬクラリスの肉算用をしていた愚かな男の晒す無様を、腹を抱えて笑っていた。


「怪異をナメるな、パプリカキッズ!お前の能力ではどうにもならない、そんな能力は珍しくもない。完全でも何でもない、タネが分かれば簡単に攻略できる能力で、調子に乗りすぎたな!」


 続けて二度、三度と鎌を振り回すと、たったそれだけで彼の手足が吹き飛ばされていく。
再生を試みようと、その度に切り飛ばされるのでは何の意味もない。


「いろいろ考えたわ。お前を殺す方法を。香水でも小便でも、それこそ血液でも構わないから、ぶっかけてしまえばその匂いを辿って殺せるとか、クレイモア地雷を仕掛けて自爆させるとかね。でもコストや確実性を考えるなら、やっぱりこれなのよね」


 十字を切るように振ると、皮一枚だけが残るほど深い十字の傷が胴体に刻まれる。
生命維持に欠かせない重要器官の大半が破壊され、彼はがぼがぼと深紅の泡を大量に吐き出すことしか、もうできない。

 彼は悟る。
もう無理だ、認識をどれほど歪めたところで、もう自分はこのまま死ぬ。
嫌だ、死にたくない、助けてほしい。
自身が手にかけたほぼ全てが祈っていたことを、彼もまた祈る。
だがそれらは全て無駄なのだ、もう彼を許せるものなどこの世のどこにも、恐らくあの世にすらも居ないのだから。


「死ね」


 たった一言が届いた瞬間、額に直接鎌が突き刺さる。
数百の命を手にかけた、猟奇殺人犯Dr.スカーレット。
極悪非道に生き、罪を犯すことに特化した能力まで己の物にした男の生涯は、今ここに、苦痛とともに幕を閉じた。
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