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あの日の陰と少女の歩み
あの日の出会い
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その日も、彼女達はここに居た。
技術革新が起きようと、大きな戦争が起きようと、彼女達の在り方は変わらなかった。
「……ここ、は?」
暗闇のベッドに横たわる少女は目を開き、誰とはなしに問う。
どういうわけか、光源の無い部屋の中でも物の位置がハッキリと分かる。
決して見えているわけではないが、それでも分かるのだ。
「お目覚めね。自分のことは、分かる?」
傍らにいた人物に、彼女は初めて気が付いた。
銀の長髪に紅い眼、見えてはいないのに何故かそのように知覚できた。
「私は……ミラ。でも、どこのミラだったか……」
彼女の記憶は、一部が欠如していた。
自分のこれまで歩んできた人生が、ひどく曖昧にしか思い出せない。
生まれ育った筈の家庭も分からなければ、家族や友人の顔も思い出せない。
だが、自分の名前や一部の出来事は覚えている。
「何故なのか分からないけど、お父さんが軍に行ってしまって、そのあと……戦死してしまったという知らせが届いて悲しかったことは覚えているの。……どんな人だったかは覚えてないのに」
「そう……大事な記憶も、忘れてしまったのね。大丈夫よ、時が立てば思い出せるわ」
傍らの女性の語り口は、優しかった。
誰なのかは分からないが、母や姉を連想させる人物だ。
「あなたは、誰なの?」
ミラはその人物に問う。
至極真っ当な疑問に、その女性は微笑みながら答えた。
「私の名は、クラリス。分かりやすく言えば……一応、あなたの恩人になるのかしら」
ミラはクラリスに対し、いくつもの質問を投げ掛けた。
そしてそれら全てに、クラリスは答えていく。
彼女が怪物に追われ、その結果山奥まで入り込んだこと、そこで出会った祓魔師に怪異であると誤解され、臓器が露出する一歩手前にも及ぶ深手を負ったこと。
そしてクラリスが、人ならざるものであることを。
「……あら、あまり驚かないのね?私の正体、自分の現在、これを聞いて驚かないなんて……胆が据わっているのね?」
「そんなことないわ。でも……お腹の中身が無くなっても生きてたなんて話、聞いたこと無いもの。少しずつ思い出してきたけど……きっと私は、それくらいひどい傷だった。それでも助かったなら……きっと、あなたは人間ではない。きっと、私も」
「随分と大袈裟な記憶ね。いくらなんでも、そんな傷ではなかったわ。安心なさい、あなたは人間だから」
十三歳の少女、ミラの傷は少しずつ回復していった。
酷い傷跡こそ残ってしまったが、それでも傷の癒えた彼女は明るい少女であった。
「ミラ様、お食事ができました」
「ありがとう、オーギュストさん!ところで、今日の献立は?」
「さぁてそれは……フタを開けてのお楽しみ、でございます」
家族や友達の顔も思い出せなくなってしまったミラだが、それでも彼女は確かに、幸せだった。
別れの日が来るまでは、幸せだったのだ。
技術革新が起きようと、大きな戦争が起きようと、彼女達の在り方は変わらなかった。
「……ここ、は?」
暗闇のベッドに横たわる少女は目を開き、誰とはなしに問う。
どういうわけか、光源の無い部屋の中でも物の位置がハッキリと分かる。
決して見えているわけではないが、それでも分かるのだ。
「お目覚めね。自分のことは、分かる?」
傍らにいた人物に、彼女は初めて気が付いた。
銀の長髪に紅い眼、見えてはいないのに何故かそのように知覚できた。
「私は……ミラ。でも、どこのミラだったか……」
彼女の記憶は、一部が欠如していた。
自分のこれまで歩んできた人生が、ひどく曖昧にしか思い出せない。
生まれ育った筈の家庭も分からなければ、家族や友人の顔も思い出せない。
だが、自分の名前や一部の出来事は覚えている。
「何故なのか分からないけど、お父さんが軍に行ってしまって、そのあと……戦死してしまったという知らせが届いて悲しかったことは覚えているの。……どんな人だったかは覚えてないのに」
「そう……大事な記憶も、忘れてしまったのね。大丈夫よ、時が立てば思い出せるわ」
傍らの女性の語り口は、優しかった。
誰なのかは分からないが、母や姉を連想させる人物だ。
「あなたは、誰なの?」
ミラはその人物に問う。
至極真っ当な疑問に、その女性は微笑みながら答えた。
「私の名は、クラリス。分かりやすく言えば……一応、あなたの恩人になるのかしら」
ミラはクラリスに対し、いくつもの質問を投げ掛けた。
そしてそれら全てに、クラリスは答えていく。
彼女が怪物に追われ、その結果山奥まで入り込んだこと、そこで出会った祓魔師に怪異であると誤解され、臓器が露出する一歩手前にも及ぶ深手を負ったこと。
そしてクラリスが、人ならざるものであることを。
「……あら、あまり驚かないのね?私の正体、自分の現在、これを聞いて驚かないなんて……胆が据わっているのね?」
「そんなことないわ。でも……お腹の中身が無くなっても生きてたなんて話、聞いたこと無いもの。少しずつ思い出してきたけど……きっと私は、それくらいひどい傷だった。それでも助かったなら……きっと、あなたは人間ではない。きっと、私も」
「随分と大袈裟な記憶ね。いくらなんでも、そんな傷ではなかったわ。安心なさい、あなたは人間だから」
十三歳の少女、ミラの傷は少しずつ回復していった。
酷い傷跡こそ残ってしまったが、それでも傷の癒えた彼女は明るい少女であった。
「ミラ様、お食事ができました」
「ありがとう、オーギュストさん!ところで、今日の献立は?」
「さぁてそれは……フタを開けてのお楽しみ、でございます」
家族や友達の顔も思い出せなくなってしまったミラだが、それでも彼女は確かに、幸せだった。
別れの日が来るまでは、幸せだったのだ。
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