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揺らいだ世界のその先へ
これまでの日々よ、さようなら
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全てが終わった後、クラリスは倒れたままのルナに駆け寄る。
彼女の負った傷は惨たらしく、どうして生きていられるのか傍目には分からないほどであった。
だが、己の憎悪の発散に意識を向けられていたからか、死ぬに死ねない傷ばかりを増やされてしまったようだ。
「しっかりしなさい、ルナ。あなたはこんなことで死ぬような女じゃないでしょう?」
「クラ……リス……、あの人、やっつけた、よね……?」
「えぇ、もう跡形もなくなった、もう私たちの前に現れることはないわ」
弱々しく言葉を吐き出すのが精一杯のルナ。
少しずつ、少しずつ、彼女の体が冷たくなっていく。
「私……いた、くて……怖かっ……た……け、ど……がん……ばった、よ……ね……?」
「知ってるわ、あなたが頑張ってたことは。本当に……本当に、よく……!」
「クラ、リス……。今、も……ね……?いた、い……し、怖く、て……寒い、の……。だ、だか、ら……手を……」
ルナのカタカタと震える手を、クラリスはぎゅっと握る。
するとルナは、少しだけ穏やかな表情になる。
「ずっと、そばにいて……!私もずっと……クラリスの側に――」
その言葉が最後まで口にされることはなかった。
その言葉を最後に、もう二度と再会出来なくなる予感が彼女の脳裏をよぎり、彼女は言葉を遮ったのだ。
自らの口づけを重ねることで。
「っ……?」
驚いたような表情を見せるルナに構うことなく、舌で舌を絡めとる。
感じたことのない快楽に苦痛がぼかされている間に、熱を帯びた体液が口内へと流し込まれていく。
話に聞いていたよりもずっと甘美で、花のように香る深紅の雫を、ルナは静かに飲み下す。
クラリスの温もりが体を巡るような感覚と共に、次第に苦痛が残らず消えていき、蕩けるような心地のよい感覚だけが満たしていく。
「っ……!」
ぴくり、ぴくりと、時折ルナの体が僅かに跳ねる。
それは慣れない快楽への抵抗なのか、それとも更にクラリスを欲しているのか。
だがクラリスは構う素振りを見せることなく、ルナの奥へと自分を流し込んでいく。
少しずつ、少しずつ、まるで焦らすかのように。
「……さぁ、夢の時間は終わり。永い永い旅路へ、目覚めなさい」
交わりの時を終えた彼女の前に、先ほどまで苦しんでいた少女はもう居ない。
未知の快楽によって思考が止まり、蕩けてしまった表情の少女だけがそこには居た。
やがてハッとしたような表情に戻って跳ね起きると、辺りやクラリスに眼を向けた後、散々突き刺された腹部をさすって訝しげな表情を浮かべる。
「……クラリス、私今……死んじゃってなかった?」
「……はぁ?」
「あ、で、でも……記憶は、全部、あるんだよ?刺されたことも、クラリスが手を握ってくれたことも……き、き、キス……し、しちゃったこと、も……」
目まぐるしく変化した自身の体に、ルナは全く理解が追い付かない。
一つだけ分かるのは、目の前のクラリスを必死で助けたつもりだったが、結局また助けられる側になってしまったということだ。
「私の血液のご感想は?せっかく助けたんだから、それくらい聞かせなさい」
「え……えぇっ?いやぁ、それは、その……」
「なに?」
「は、は、恥ずかしい、と、言いますか、な、な、なんといいますか……」
二人の乙女は、先ほどまでの闘争がまるで初めからなかったかのように、幸せそうに笑っている。
その心の底から、互いの生還を喜び合いながら。
やがて、待機させられていたはずのオーギュストが城へと飛び込んできた。
クラリスの最後に行使した術に気付き、慌てて戻ってきたのだという。
荒れ果てた城の内装と血塗れの二人に、彼はまるで血液が凍りついたかのような表情になったが、傷が既に癒えており、クラリスに至っては自分の血液ですらないと知ると、ようやく彼も安堵した。
「あら……?もう夜明け間近なのね」
ふと窓を覗くと、いつの間にか空が白んでおり、太陽が顔を出す寸前であった。
「あ、あの、私!早く地下に隠れないと――」
「折角だから、三人で日の出でも見ましょうよ」
そう言った彼女は、ルナの手を強く握る。
このままでは自分は燃え上がり、そのまま消滅してしまう、そう考えたルナは焦るが、二人は平然としている。
そうこうしている内に、彼女の瞳に鋭い光が射し込んできた。
「あっ……!」
その光を眼にするのは、温もりを感じるのは、一体何ヶ月ぶりだろうか。
彼女の体が燃え上がることはなく、かつての自分を照らしていた時と変わらず、その星はそこにあった。
「皮肉なものね。何度も何度も聖剣に突き刺され、それでも生還したことによって、そう言ったモノへの耐性が著しく強化された。……新米吸血鬼卒業、おめでとう。ルナ、本当によく頑張ったわね」
いつものように涙をぽろり、ぽろりと流すルナを、クラリスは抱き締める。
燦然と輝く太陽よりも優しく、暖かい抱擁に、ルナは声を上げて泣いていた。
太陽は決して、ルナやクラリスの存在を許したわけではない。
それでもその暖かな光は、彼女達をまるで祝福しているかのように輝いていた。
彼女の負った傷は惨たらしく、どうして生きていられるのか傍目には分からないほどであった。
だが、己の憎悪の発散に意識を向けられていたからか、死ぬに死ねない傷ばかりを増やされてしまったようだ。
「しっかりしなさい、ルナ。あなたはこんなことで死ぬような女じゃないでしょう?」
「クラ……リス……、あの人、やっつけた、よね……?」
「えぇ、もう跡形もなくなった、もう私たちの前に現れることはないわ」
弱々しく言葉を吐き出すのが精一杯のルナ。
少しずつ、少しずつ、彼女の体が冷たくなっていく。
「私……いた、くて……怖かっ……た……け、ど……がん……ばった、よ……ね……?」
「知ってるわ、あなたが頑張ってたことは。本当に……本当に、よく……!」
「クラ、リス……。今、も……ね……?いた、い……し、怖く、て……寒い、の……。だ、だか、ら……手を……」
ルナのカタカタと震える手を、クラリスはぎゅっと握る。
するとルナは、少しだけ穏やかな表情になる。
「ずっと、そばにいて……!私もずっと……クラリスの側に――」
その言葉が最後まで口にされることはなかった。
その言葉を最後に、もう二度と再会出来なくなる予感が彼女の脳裏をよぎり、彼女は言葉を遮ったのだ。
自らの口づけを重ねることで。
「っ……?」
驚いたような表情を見せるルナに構うことなく、舌で舌を絡めとる。
感じたことのない快楽に苦痛がぼかされている間に、熱を帯びた体液が口内へと流し込まれていく。
話に聞いていたよりもずっと甘美で、花のように香る深紅の雫を、ルナは静かに飲み下す。
クラリスの温もりが体を巡るような感覚と共に、次第に苦痛が残らず消えていき、蕩けるような心地のよい感覚だけが満たしていく。
「っ……!」
ぴくり、ぴくりと、時折ルナの体が僅かに跳ねる。
それは慣れない快楽への抵抗なのか、それとも更にクラリスを欲しているのか。
だがクラリスは構う素振りを見せることなく、ルナの奥へと自分を流し込んでいく。
少しずつ、少しずつ、まるで焦らすかのように。
「……さぁ、夢の時間は終わり。永い永い旅路へ、目覚めなさい」
交わりの時を終えた彼女の前に、先ほどまで苦しんでいた少女はもう居ない。
未知の快楽によって思考が止まり、蕩けてしまった表情の少女だけがそこには居た。
やがてハッとしたような表情に戻って跳ね起きると、辺りやクラリスに眼を向けた後、散々突き刺された腹部をさすって訝しげな表情を浮かべる。
「……クラリス、私今……死んじゃってなかった?」
「……はぁ?」
「あ、で、でも……記憶は、全部、あるんだよ?刺されたことも、クラリスが手を握ってくれたことも……き、き、キス……し、しちゃったこと、も……」
目まぐるしく変化した自身の体に、ルナは全く理解が追い付かない。
一つだけ分かるのは、目の前のクラリスを必死で助けたつもりだったが、結局また助けられる側になってしまったということだ。
「私の血液のご感想は?せっかく助けたんだから、それくらい聞かせなさい」
「え……えぇっ?いやぁ、それは、その……」
「なに?」
「は、は、恥ずかしい、と、言いますか、な、な、なんといいますか……」
二人の乙女は、先ほどまでの闘争がまるで初めからなかったかのように、幸せそうに笑っている。
その心の底から、互いの生還を喜び合いながら。
やがて、待機させられていたはずのオーギュストが城へと飛び込んできた。
クラリスの最後に行使した術に気付き、慌てて戻ってきたのだという。
荒れ果てた城の内装と血塗れの二人に、彼はまるで血液が凍りついたかのような表情になったが、傷が既に癒えており、クラリスに至っては自分の血液ですらないと知ると、ようやく彼も安堵した。
「あら……?もう夜明け間近なのね」
ふと窓を覗くと、いつの間にか空が白んでおり、太陽が顔を出す寸前であった。
「あ、あの、私!早く地下に隠れないと――」
「折角だから、三人で日の出でも見ましょうよ」
そう言った彼女は、ルナの手を強く握る。
このままでは自分は燃え上がり、そのまま消滅してしまう、そう考えたルナは焦るが、二人は平然としている。
そうこうしている内に、彼女の瞳に鋭い光が射し込んできた。
「あっ……!」
その光を眼にするのは、温もりを感じるのは、一体何ヶ月ぶりだろうか。
彼女の体が燃え上がることはなく、かつての自分を照らしていた時と変わらず、その星はそこにあった。
「皮肉なものね。何度も何度も聖剣に突き刺され、それでも生還したことによって、そう言ったモノへの耐性が著しく強化された。……新米吸血鬼卒業、おめでとう。ルナ、本当によく頑張ったわね」
いつものように涙をぽろり、ぽろりと流すルナを、クラリスは抱き締める。
燦然と輝く太陽よりも優しく、暖かい抱擁に、ルナは声を上げて泣いていた。
太陽は決して、ルナやクラリスの存在を許したわけではない。
それでもその暖かな光は、彼女達をまるで祝福しているかのように輝いていた。
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