Dark Night Princess

べるんご

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日ノ本妖魔裂傷戦線

幾度その身を裂かれても

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 雨も、風も、強くなる。
まるで強大な二人の魔を、世界が拒絶するかのように。


「風は歓声、雨音は拍手。素晴らしい舞台だとは思わない?」


 大鎌をクルクルと振り回しながらクラリスが問う。
口裂け女はそれを、黙って睨み付けている。


「……吸血鬼と言うのはね、侵して奪う強欲な生き物なの。あなたの全ても、私が奪ってあげるわ!」


 クラリスは大鎌を振り上げ、距離を詰める。
それに呼応するかのように真正面から迫る口裂け女であったが、振り下ろされる直前に左に飛び退いた。
大鎌は地面に深く突き刺さり、引き抜くまでの一瞬、動きが止まる。
それで、彼女は十分なのだ。


「いやああっ!」


 今度は、回避することすらできなかった。
鎌自体が直撃し、先程よりも深く醜く、クラリスは引き裂かれる。
悲鳴をあげたルナを尻目に、クラリスはまた笑っていた。
痛々しい傷も、ほんの数秒で再生してしまう。


「素晴らしいわ、あなた。あなたを祓おうとする者は星の数ほどだったでしょうけど、その全ても同じように引き裂いたのね!」


「ええ、そうよ。口を裂いて欲しそうだったから、近付く人間は全員裂いてやったわよ!」


 左から右へ薙ぎ払うかのように振り回すと、頸椎の手前まで切断される。
自慢のドレスは血塗れになっており、人間であれば二人は死んでいるであろう出血をしたのだが、すぐに完治するクラリスは屁とも思っていない。


「あらあら、本当にこれが最高なの?こんなもの、いくら当たろうと治せばいいだけじゃない!」


 笑顔で襲いかかりながら、彼女は挑発し続ける。
すると、口裂け女の草刈り鎌に、怒りのあまりに浮き上がった血管を思わせる、真っ赤な線が走る。
それはあろうことか、クラリスの大鎌を弾き返してしまい、その衝撃でクラリスの肉体は宙に浮いた。
まさか弾かれるとは思っていなかったのか、クラリスは思わず大鎌を手放してしまい、はるか後方へとそれは墜落し、突き刺さる。


「……?」


 着地したクラリスの頭に疑問符が浮かぶ。
その理由は、いつまでも残る口の痛みと、止まることのない出血。
傷が、まったく再生していない。


「ッ……!」

 
 骨まで砕け、下顎がぶらりと垂れ下がる。
この状態ではまともに言葉も発せられないばかりか、激しい痛みが彼女を苛むだろう。


「ひっ……!」


 あまりにもグロテスクな様相に、ルナは目を背ける。
いつでも強く、美しかったクラリスが惨殺されていく様など、とても見てはいられない。
側に立つオーギュストも、険しい顔で二人の戦いを見ている。


「アアアハアッ!!」


 クラリスは何事かを叫びながら、手元に再出現させた大鎌を振りかざす。
先程までよりも力を込めて、殺意を込めて、斬りかかる。
もう弾き返すことなど不可能だ、そう判断せざるを得ないほどに、攻撃は苛烈であった。


「クラリス様……なぜそこまで傷付いて、なお笑っているのですか?あなたとて、痛覚は人間と同じように残っているはず……!」


 口裂け女は恐怖する。
端から見ているオーギュストより、彼女の方がより理解しているのだ。
目の前の吸血鬼が、この状況を楽しんでいることに。


「寄るな……寄るなァッ!!」


 数メートルの距離を離せば、大鎌の間合いから外れる。
この距離であれば、現実改変とも呼べる斬撃の射程内には収まっており、クラリスの身体には治癒不能の深い傷が刻まれていく。
それでも、彼女の攻撃は止まらない。
右の肺には裂傷が、左の肩甲骨も半ば切断されている。
肝臓は二等分され、脇腹の傷からは両断された消化管がいつ飛び出してもおかしくない。
四肢はそのいずれにも骨に達する傷が最低二ヶ所は刻まれているはずだ。
それでも彼女は、全く止まらない。


「ッ!?」


 口裂け女は、ついに追い詰められた。
眼前の鬼より逃れることに夢中で、背後に壁が迫っていると気が付けなかったのだ。
強い痛みすら感じるほどの勢いで激突し、意識が僅かに鬼から逸れた。


「チェックメイトよ。楽しいダンスをありがとう」


 千切れかかった顎では、まともに声は出せないはずだ。
それでも、彼女がそのように話したように感じられた。


「ぐぁっ……ガァッ……ッ!」


 刹那、左肩部より大鎌が侵入し、常人よりも強化された骨格の強度すら虚しく、下腹部まで大きく切り裂かれ、口裂け女は地に伏した。
自身の体から抜け出していく液体と、物体の感覚は、彼女に自身の死を予感させた。


「……ここまでやれば、呪いの効力も弱まるようね」


 クラリスの全身に刻まれた傷が治癒していく。
吐血や喀血が止まっている様子もなく、時折苦しそうにも見えるが、再生は滞りなく進んでいるらしい。


「初手が必ず口に、という制限はあれども、未来を確定させる攻撃は素晴らしい。古代より生きる悪魔でも、身に付けられる代物ではないわ」


 虫の息の口裂け女は、大量の血液を吐き出しながら睨み付けている。
悔しさの込められた、恐ろしい形相だ。


「ただ、吸血鬼わたしを相手に人体急所を狙ったのは間違いね。私達の急所は、頭か心臓、ただそれだけ。日の浅い吸血鬼なら殺せても、私には致命傷にならないの。痛みも……もう慣れているわ」


 彼女はしゃがみ、口裂け女に顔と顔とを近付ける。
そして、ニタリと笑って言葉を紡ぐ。


「吸血鬼の本質は、侵して奪うこと。侵した獲物は同胞に、もしくはその能力を奪って自らに。それが……私達の本質よ!」


 クラリスは、口裂け女の首筋に食らい付く。
長い牙が頸動脈を切り裂き、夥しい出血を起こさせる。
苦悶の表情を浮かべ、苦しみの声を漏らすが、もう彼女に抵抗など出来はしない。
ごくり、ごくりと喉を鳴らす音を聴いたのを最期に、ついに彼女の意識は途絶えた。
長く続いた怪物としての命は、彼女の生の中で最も幸福で、最も悲痛な思い出の地にて、果てた。


「おやすみなさい、哀れな女。そして、生き続けなさい。いつ果てるとも知れない、私の中で」


 口裂け女の亡骸は灰のように崩れ去り、血の雫すらも残すことなく消失した。
雨は上がり、曇天からは日の光が見え始めている。


「全く、無茶をする方だ」


 オーギュストは呆れたような、安堵したような複雑な表情でクラリスの側に立つ。


「無茶?……フフッ、この程度で何を言っているのよ。さぁ、こんなシケた場所にはもう用はないわ。ルナを日に当てる訳にもいかないし、さっさと撤収するわよ!」


 いつの間にか気を失っていたルナを抱き抱え、クラリスはその場を立ち去る。
オーギュストも、一輪咲いていた可憐な花を供え、あとに続いていく。

 後日、突然出現したとされる遊園地の跡地は、新聞の一面を飾ることになった。
だが、悲しき女のことについては、たったの一言すらも触れられることはなく、その事件は忘却されていく。


「もう、口裂け女は居なくなってしまったの?」


 窓を覆い尽くされたホテルの一室で、ルナは問う。


「彼女は、確かに口裂け女としての力は一番強かったかもしれない。でも、あの類いの怪物は、語られるルーツの数だけ存在すると思ってもいいくらいの存在なの」


 クラリスは、血を数滴垂らした紅茶をすする。


「語られれば語られるほど、怪物は生まれやすくなる。そして強くなりやすくなる。当然、人間の愉快犯が怪物になることもある。都市伝説が流布され続ける限り、第二第三の口裂け女が出てくるんでしょうよ」


「えぇっと……つまり、まだどこかに同じような人が……」


「居るかもね」


 クラリスは紅茶を飲み干した。
そしてルナに近寄っていき、その隣に転がっていたコントローラーを握る。


「次こそ、負けないわ!」


「ここまでハンデをガン積みにして勝つなんて、私初めての経験ですよ……?」


 二人は、血で血を洗う戦いとは無縁の時間を過ごしている。
ルナは二度とクラリスの傷付く様を見たくないと心の内で叫びながら、クラリスはもっと楽しい舞踏会殺し合いの開催を期待しながら。


「ワタシ、キレイ?」


 そしてこれは、とある県のとある町。
今日もコートを纏ってマスクをつけた女が、刃物を片手に徘徊していた。
次なる犠牲者を、手に掛けるために。
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