Dark Night Princess

べるんご

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日ノ本妖魔裂傷戦線

混沌市街

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 二人の怪異の激しい争いは、周辺の建築物の塀を抉り、壁を砕き、ガラスを叩き割る。
大鎌によって切断された電線がバチバチと輝き、包丁によって切り取られたブロック塀が投擲武器として舞い踊る。


「その醜い牙……アナタ、吸血鬼よね?一体何をしにここに?遠路はるばる殺されに来てくれたのかしら?」


「そんなわけないでしょ、ガマ口ブス!あなたの殺害はあくまでもついでよ、ついで。生まれて四十年やそこらの妖怪女を殺すために、わざわざ私が出張ったとでも?」


 口舌による罵り合いの次に始まるのは、互いの得物による鍔迫り合い。
流星のように煌めく火花には目もくれず、二人は互いの瞳を睨みつけ続ける。


「アナタに私は殺せない。この国で、あなたが私に勝てる道理は無い」


 流血しながら笑った女が、クラリスの大鎌を弾き飛ばし、体勢を崩す。
そして隙のできた下腹部を渾身の力で蹴り飛ばし、ブロック塀を粉砕する勢いで叩きつける。


「さっきのお返しよ、吸血鬼チャン。ちょっと強いからと調子に乗ったのが運の尽き、さぁ恐怖なさい。私の糧は私への恐怖、それが尽きないこの国で、私は負けはしない」


 ゆっくりと近づいてくる女に対して、かくりと項垂れているクラリスは何の反応も示さない。
意識を失ってしまったのか、ゆっくりとした呼吸だけが確認できる。
遥か遠方の道路に突き刺さった大鎌は、まるで土くれのように砕けて散りゆき、闇へと消えていった。


「地獄の果てで、後悔なさい。吸血キッズ」


 逆手に握った包丁を高く振り上げる
狙いはクラリスの心臓だ、一直線に刃が突き進む。
その瞬間だった、項垂れていたクラリスの挑発的な笑みが彼女に向けられたのは。


「ッギぃ……グァアアアッ!?」


 女は左目を押さえ、悶え苦しみ始める。
クラリスの手元から弾かれ、一直線に突き刺さった瓦礫の屑は、女の視力を喪失させるに足る十分な威力を持っていたらしく、ボタボタと流れ落ちる血液が非常に痛ましい。
拷問にでもかけられているかのような凄絶な悲鳴を聞いたクラリスは、楽し気な笑い声を奏で始めた。


「誰の運が尽きたって?バカも休み休み言いなさいな。えぇ?この、顔面リフォーム大失敗女!」


 跳ね起きたクラリスは、握りしめた拳で女の顔面を激しく殴打する。
裂けた口から飛び出している歯によって拳が傷つこうとかまうことなく十発、二十発と殴り続ける。
鼻が砕け、口が更に裂け、顔面の骨格が歪み始めても止まらない殴打の最中、女は苦し紛れに包丁を突き出したが、そんなものにクラリスは当たらない。
だがクラリスが一歩飛び退いた隙に、女はさらに数歩飛び退き、二人の間には10mの間が生まれた。


「ころし、て、やる……!小娘がァッ……!」


「殺意を向けるのは大変結構。でもそろそろお開きの時間よ。あなただって、怪異退治の連中に睨まれたくはないでしょう?」


 はっと気づいた様子で周りを見渡すと、先ほどまで消えていた明かりが続々と点灯し、人々が姿を現し始める。
あまりにも激しい闘争に気付いた人々は、荒れ果てた建物を見て驚き、戸惑い、悲鳴をあげた。


「殺してやる……必ず殺してやるぞ、外人の小娘がァァァッ!」


 怒りの絶叫と共に、口裂け女の姿は深淵に溶け、その場から消失。
闇に紛れつつその場を離れ、自身に気付いた人々には強烈な催眠術を行使することで昏倒させ、目撃者の記憶の操作まで行い、誰にも知られることなく去っていった。


「す、すごかったぁ……。あんなに大暴れするクラリス、見たことないや……」


 一方、物陰に隠れて様子を窺っていたルナは、まだ自分が取り残されていることには気付いていない。
ほんの三分程度の闘争に、彼女はすっかり心を奪われていた。


「な、なんだったんだ今の騒ぎは」


「見ろよこれ、壁も道路もズタズタだ」


「こっちなんか、空から鉄の雨でも降ったみたいになってるわ!」


「う、うわぁっ!口が裂けた人が死んでる……口裂け女の仕業だ!」


 惨状を近くまで見にやってきた野次馬の声にビクリと反応したルナは、どうやって自分はここから立ち去ればいいのかを考えなくてはならなくなった。
だが、その体を動かそうとしても言う事を聞かず、声一つ満足に出すことが出来ない。


「君、大丈夫かい?」


「っ!?」


 隠れていた彼女に、声をかける男性が居る。
野次馬として集まってきたうちの一人だろう、パジャマ姿にぐしゃぐしゃな寝癖が付いている。


「ずっとそこにいたの?何が起きたんだい?」


「そんなところに隠れてたのか。よく無事だったなぁ、ところで一体何が起きたんだ?」


 人々の視線は、唯一の目撃者だと推測されたルナへと向けられ、事情の説明を求め始めた。
だがクラリス達の素性を話すわけにも、自分の素性を話すわけにもいかず、彼女は混乱する。


「いったい誰がやったんだ?口裂け女、本当に居たのかい?」


「やめなさいよ、怖がってるみたいよ」


「でも気になるじゃないか。人も死んでるし……なぁ君、何とか答えてくれよ」


 詰め寄ってくる人々に対し、ルナは明確な恐怖を感じる。
すぐ近くで人が死んでいる殺人現場だ、まるで災害にあったかのような惨状が目の前に広がっている、それなのに彼らにあるのは心配や優しさなどではなく、ほとんどが好奇心だ。


「やっべぇ、死体撮っちゃったよ!グロくてキモかったよなぁ、あれ!みんなどれくらい見てる?見てる人コメントしてー。……おー、何百人かはいそうだねー。じゃあ次は、あそこにいる目撃者の女の子に突撃インタビューしまーす!」


 軽薄そうな語り口でフラフラ現れたその若者は、人々を押し退け、スマホのカメラをルナへと向け、へらへらと笑いながら彼女に問いかけ始める。


「ねーねー君ぃ、この辺ヤバくない?てか死体見た?ガチの死体ってキモいよねー。ここで何があったのかとか、ちょっと全部教えてよ!今なら君、ネットで有名になれるよ、俺今配信してっから!」


「や、やめて……映さないで……」


 向けられたカメラを避けるように、腕で顔を覆い隠しても、その男は構わず話しかけ続ける。


「いーじゃん君可愛いんだし!ほら、君のファンになった人、結構居るっぽいよ?それに君、目撃者でしょどー考えても?じゃあその情報を発信して伝えるのも君の義務みたいな感じだからさぁ、ちゃんと喋って俺らに伝えてよホント」


「し、知らない……!私は、何にも……!」


 明確に拒絶していようがお構いなしの若者に、野次馬の一人が掴みかかる。


「やめないか!この子は嫌がってるだろ!あんな惨状を目の前にして怯えているのに、分からないのか!?」


「あー!あー!暴力はんたーい!お前ら見てた?何百人もいる視聴者のみんな見てた!?このオッサン、今俺を殴ろうとしたぞ!ほらほら拡散して、暴行未遂の犯人拡散して!」


 自身の承認欲求のために人の死すら利用するその男に、吐き気を催すほどの嫌悪感と怒り、それ以上の恐怖を感じ、ルナは小さく震えている。
この恐ろしい場所から逃げ出したい、だが人が多すぎて満足に逃げ出すことも難しい、まさに八方塞がりだ。


「私の友人に、しつこく詰め寄らないでくれる?」


 そんな中、突如響いた女の声。
誰よりも存在感のあるその声の主に、その場の人々全員が目を向ける。
まるで、その場の全員の脳に指令を流し、無理矢理にでも向かせたかのように。
そこには黒いドレスを着た紅い目の少女がおり、その目が輝いた瞬間に人々は意識と、その瞬間から数えて数時間前までの記憶を失った。


「ネットの向こうの見えない諸君もそうよ。あなた達も、もうおやすみなさいの時間でしょ?」


 軽薄な配信者が落とした端末のカメラがその女の瞳を映した瞬間、視聴者は全員昏倒し、視聴端末のデータが破壊され、彼女たちの記録のほとんどが消滅。
死体を映したためか、それから数秒と持たずに配信も停止、削除されてしまった。


「ごめんなさい、まさかこんな近くで見守っていてくれたとは思っていなかったわ。さぁ、行きましょうか」


 少女は微笑みながらルナの手を引き、二人の姿が闇へと消えていった。
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