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夜摘

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押しボタン式信号機

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 あなたは押しボタン式信号機って知っていますか?
 都会にお住まいの方はもしかしたら知らないかも知れませんね。
 たいていは横断歩道とセットで設置してある歩行者用信号機で、歩行者が渡りたいときにボタンを押すと車用の信号が赤に変わり、歩行者用信号が青に変わり横断歩道を渡ることが出来ると言うものです。
 通勤や帰宅のラッシュ時間は込むけれど、それ以外の時間はあまり車通りがない…あるいは少ない…と言うような道路に設置されることが多いみたいですね。
 要するに歩行者が道を横断したい時に横断するための信号機と言うことになります。
 そんな訳でこの押しボタン式信号機がある道路は、車通りが少ない時間帯もあるので、そんな時にボタンを押して渡るかどうかって言うのは、その人の考え方に左右される部分なんです。
 ボタンをわざわざ押さなくても、車が来ないなら渡ってしまえるじゃないですか?
 だからそのまま渡っちゃうかどうかってことなんですけど。
 私自身は、自分で言うのもなんですが生真面目な処がありまして、そう言うのどうしても気になってしまうタイプなので、例え車が一台も来てない状況だったとしても、ボタンを押して歩行者信号が青になるまで立ち止まって待っている方なんです。
 車が来ないのに待ってるなんてアホくさいと馬鹿にする人も結構いて、まだ若い頃はその度にちょっとだけ落ち込んでしまっていました。
 私だって車が来ない道を横断したって事故に遭ったりしないことはわかっているし、ちゃんと左右確認して渡れば大丈夫だって言うことはわかっています。
 それでも、赤いままの歩行者信号を横目に横断するのはどうしても気分が悪く、誰に対してかわからない罪悪感を抱いてしまいます。
 これは、決められたルールを破るのが嫌という自分の生真面目さからくるものなのか、別の理由からくるものなのかは今もわかりません。
 …とは言え、20年30年と生きて来たら、こんな風に考える・感じる人ばかりではないことももうわかっていて、自分が立ち止まっている横を凄い勢いで走り抜けていくチャイルドシート付きのママチャリを見て、もし車が来たら子供ごと轢かれちゃう…怖くないのかな…と思ったり、私と同じように立ち止まって待っていた学生さんが、友人らしい学生たちに「いい子ぶって」だとか「偽善者め」みたいに馬鹿にされているのを見て、モヤモヤした気持ちになったりはすれど、自分は自分、他人は他人と思うしかないものな…と諦観の念を抱いていました。


 そんなある日、久しぶりに学生時代の友人が私の家に遊びに来ることになって、私は彼女を駅まで迎えに行きました。
 私の家へと帰る途中には、押しボタン式歩行者信号がある道があります。私はちょっとだけ不安な気持ちがありました。
 時間はもう夜の10時を回っており、車通りはもうほとんどない時間帯です。
 恐らくボタンを押す必要なく横断することは出来るだろうと予想出来ました。
 けれど私は出来ればボタンを押してから渡りたい。でも、彼女はそれを馬鹿みたいと思うかも知れない。
 自分は自分、他人は他人なんて言っていても、親しい人間相手になれば話が別になってしまうのは致し方ないことでしょう?
 私は学生時代からの数少ない友人に、おかしな奴だと思われるのは嫌だったのです。
 だから私は、とりあえず様子を見て、彼女がボタンを押さずに渡ろうとするようであれば、黙ってそれに合わせよう。そうでなければ、いつも通りボタンを押して、信号が青になってから渡ろう…と心の中で考えながら、彼女と他愛のない会話をしながらその横断歩道までの道を歩いていました。
 横断歩道が見える位置まで来ると、私は歩行の速度を緩めて彼女の様子を伺っていました。
 そんな風に私は彼女にばかり気を向けていたので、その接近に全く気が付いていなかったのです。
 はっと気が付くと、私たちの後ろから駆けて来た自転車が二台、横を走り抜けて行き、その後に3人の大学生くらいの男の子たちが笑いながら、赤いままの歩行者信号の前を横断して行きます。

「…あ」

 私は彼らの後ろ姿を眺め、妙に焦った気持ちになってしまい、ボタンを押さないまま道路に歩き出そうとしていました。

 その瞬間です。
 友人が私の服の裾を強くクイっと引っ張ったのです。
 私はその瞬間、ハッと我に返ったように足を止めました。

「ボタン押そうか」

 友人は私を責めるでもなく、咎めるでもなく、いつも通りの声でそう言いました。
 私は「そうだね」と頷くことしか出来ず、彼女に言われたまま、歩行者信号の押しボタンを押しました。
 ほどなくして赤い信号は青に変わり、私と友人は一緒に横断歩道を渡りました。
 先ほどまで何故か妙な重苦しさを感じていた私も、家に着くころにはそれも消え去っており、私はすっかり安堵していました。
 ただ"いつも通り"のルーチンが崩れかけた…と言うだけのことでこんなにも気が滅入ってしまうなんて、精神的に疲れているのかな?なんて思ったりもしました。

 自宅に到着し、私が家の鍵を開けている間、後ろで待っている友人がぽつりと呟いたんです。

「子供がついて行ってたね」

 私は彼女が何を言っているのか一瞬わかりませんでしたが、次の瞬間には背筋が凍りつきました。
 私たちは子供の姿なんて見ていません。
 少なくとも私は見ていません。
 こんな時間に出歩いている子供なんて、この辺りでは一度も見たことは有りません。
 では、彼女は、ナニがついて行ったのを見たのでしょうか?
 ついて行かれた人たちは、どうなるのでしょうか?
 私は彼女に問うことは出来ませんでした。




 次の日、私の暮らす町では数件の交通事故が起きていたと後になって知りました。
 事故に遭った人たちが誰だったのか、私は知りません。


 私は今でも押しボタン式の歩行者信号をボタンを押さずに渡ることが出来ません。
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