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ベビーカーを押す女
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その年、子供たちの間でまことしやかに囁かれ出した一つの噂。
一昔前なら怪談、ここ最近で言うと都市伝説と呼ばれる類のお話だ。
逢魔が時なんて呼ばれる頃合いに、その女は住宅街にある小さな公園に現れると言う。
女は小さな公園にある唯一のベンチに腰掛け、ベビーカーの中の愛おしい赤ちゃんに話しかける。
時にあやす様に笑い、時に音のなる玩具を鳴らして。
ある時興味を持った男が好奇心で女に話しかけながら、ベビーカーの赤ちゃんを覗き込んだ。
「ふふ。私の赤ちゃん、とっても可愛いでしょう?」
女はそう目を細めて嬉しそうに笑う。
その瞬間、恐ろしくなった男は走ってその場を逃げてしまった。
ベビーカーには、赤ちゃんなんていなかった。
空っぽのベビーカーを連れて、女は毎日公園に訪れていたのだ。
その女は、幼い我が子を亡くして気が触れてしまった母親であるとか、心を病んでその公園で自殺した母親の亡霊であるとか、小さな子供が話しかけるとベビーカーに無理やり詰め込まれて殺されてしまうとか……。
子供たちは自分たちの憶測を代わる代わる話し、それらが歪に混ざりながら噂は大きくなっていった。
こうして、"とある公園に現れるベビーカーを押す女"が子供たちの中で共有される怪異となった頃、事件が起こる。
一人の少年が、自分の家の近くの公園でこの女を見たと言うのだ。
少年は、噂の怪異が出る公園は自分の暮らす住宅街の中にあったんだ!と興奮気味にクラスメイト達に報告した。
クラスメイトたちは自分も見てみたいと騒ぐものも居れば、本気で怖がってキャーキャー喚くものもいて、あまりに騒ぎが大きくなり過ぎて、休み時間だと言うのに心配した先生たちが様子を見に来てしまったくらいだった。
先生たちに咎められ、クラスメイト達はひとまずその場では大人しくなったが、それは表面上のこと。
ヤンチャ盛りの少年たちは、自分たちが一番にその怪異が本物かどうかを確かめてやる!という気合に満ち満ちていた。
クラスメイトの一部からは「そんなことは止めなよ」と制止されるも、彼らがそんな言葉で決意を鈍らせるわけもない。
放課後、「本当に幽霊が出るなら、俺がやっつけてやる」なんて息まきながら、意気揚々と件の公園へと向かったのだった。
そして、次の日、彼らは学校に来なかった。
先生は少し困ったような顔で「体調が悪い」とだけ言ったが、クラスメイト達は誰もそれを信じなかった。
夕方の公園。女とベビーカー。
怪異である女の傍らに置かれたベビーカーには赤ちゃんなんて乗ってはいない。
だからこそ、それは彼らにとって"度胸試し"だったのだろう。
女が止める間もなく、駆け寄ってきた少年たちが、笑いながらベビーカーを乱暴に蹴り倒した瞬間に、ふぎゃあっと何かの鳴き声が響いた。
そこからはもう阿鼻叫喚。
一昔前なら怪談、ここ最近で言うと都市伝説と呼ばれる類のお話だ。
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ある時興味を持った男が好奇心で女に話しかけながら、ベビーカーの赤ちゃんを覗き込んだ。
「ふふ。私の赤ちゃん、とっても可愛いでしょう?」
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ベビーカーには、赤ちゃんなんていなかった。
空っぽのベビーカーを連れて、女は毎日公園に訪れていたのだ。
その女は、幼い我が子を亡くして気が触れてしまった母親であるとか、心を病んでその公園で自殺した母親の亡霊であるとか、小さな子供が話しかけるとベビーカーに無理やり詰め込まれて殺されてしまうとか……。
子供たちは自分たちの憶測を代わる代わる話し、それらが歪に混ざりながら噂は大きくなっていった。
こうして、"とある公園に現れるベビーカーを押す女"が子供たちの中で共有される怪異となった頃、事件が起こる。
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先生たちに咎められ、クラスメイト達はひとまずその場では大人しくなったが、それは表面上のこと。
ヤンチャ盛りの少年たちは、自分たちが一番にその怪異が本物かどうかを確かめてやる!という気合に満ち満ちていた。
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だからこそ、それは彼らにとって"度胸試し"だったのだろう。
女が止める間もなく、駆け寄ってきた少年たちが、笑いながらベビーカーを乱暴に蹴り倒した瞬間に、ふぎゃあっと何かの鳴き声が響いた。
そこからはもう阿鼻叫喚。
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