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第4話 貴方が私を痛いくらいに抱き締めるから
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私とアロルドが話を始めた時から、周囲にいた世話役のメイドや執事たちは気を利かせたように部屋から出ていた。
だから、私の吐き出した"聖女"にあるまじき告白も、そんな私を抱きしめるアロルドの姿も、誰にも聞かれていないし、見られてもいないはずだ。
もし誰かに聞かれていたとしたら、民の為に身を粉にして働く聖女像が壊れてしまったとショックを受けてしまったかもしれない…なんてことを一瞬だけ考えたりもしたけれど、夢の中でまで誰かに気を使うのは止めようと決意したばかりだ。だから、気にしないことにする。
アロルドはぎゅっと私を抱きしめたまま、何も言わない。
黙ったまま、まるで縋りついて離れないみたいに、痛いくらいに強い力で私の身体を抱きしめている。
「…アロルド、…そんなに強くしたら痛いよ」
私が苦笑しながらそう言う。
「ごめん」
アロルドは少しだけ震えた声で答えるけれど、腕の力は少しも緩まない。
「アロルド」
もう一度名前を呼ぶ。
「……ごめん」
アロルドは同じ言葉を繰り返すだけだ。
「どうしてアロルドが謝るの?」
「………キミが…そんなに思い詰めていたなんて、少しもわかってやれなかった」
「…………そんなの仕方がないよ」
自分じゃない誰かが、自分の気持ちを分かってくれるなんてことは無い。
分かろうとしてくれることが最大の譲歩で、見当違いに分かった気になられるのは最悪ですらある。
だから、この世界の聖女がどうして黙って身を投げたのかはわからないけれど、彼に伝えようとしなかったのだとしたら、彼が知る由もないのは仕方がない。
期待して、勝手に裏切られた気になって、勝手に絶望して…。こんなの、私たちが嫌った人たちと同じことを押しつけることになってしまうから。
だから私は、彼を責めたりは出来ない。
「仕方なくなんてない。…そんなことでユラを失うなんて…自分が許せなくなる」
「…………」
「アロルドは悪くないよ」
「そんな訳ないだろ!」
「…!」
急に声を荒らげたアロルドに、私は思わずびくりと体を強張らせてしまった。
「………そんな訳ない…。僕は、キミを守るって…決めてたのに…」
「…………」
そうだった。乙女ゲームでは、アロルドは幼少期に女主人公と結婚の約束をしていたことが明かされるイベントがあった。
彼のルートに入らないと見られないイベントだが、その時からアロルドは女主人公のことを守ることが出来る男になることを目指し続けていた…と言うことが判明するのである。
本来のゲームでは、当然だが女主人公が自害しようとするイベントなんてなかったし、こんな悲痛な声で語るアロルドなんて、私は知らない。
「だから…ごめん…。傷つけてごめん…。……守れなくてごめん」
声はか細くて、震えている。
泣いてこそいないけれど、泣き出しそうな声。
「……アロルド………」
「………………………」
「…………ごめんね…」
私は、思わず謝ってしまう。私を抱きしめるその人の身体が、小さく震えていたから。
腕の中から大事なものが零れ落ちてしまうことを恐れているかのように、痛いくらいに強く私を抱きしめるこの腕を、このぬくもりを…とても愛おしくて、尊いものに感じてしまったから…。
泣きそうなこの人に、これ以上傷ついてなんか欲しくないと思ってしまった。
私が苦しくて、逃げ出したくて、何もかもを捨ててしまったのは本当。
だから彼が大好きな聖女も、同じだったのかも知れない。
彼女が私と同じなら、彼女はアロルドを含めたこの世界のすべてを捨てようとしたと言うことになるから、私の謝罪なんてきっと何の意味もない。
だから、それも含めての『ごめん』だった。
傷つけてごめんね。
こんなこと言っても何もならないのに、ごめんね。
私は自分を抱きしめるアロルドの身体に自分からも腕を回し、出来るだけの力でぎゅっと抱き締めた。
死んでしまおうとしたのは本当。
でも、今はここにいるよ。大丈夫だよ。そう伝えたいと思った。
だから、私の吐き出した"聖女"にあるまじき告白も、そんな私を抱きしめるアロルドの姿も、誰にも聞かれていないし、見られてもいないはずだ。
もし誰かに聞かれていたとしたら、民の為に身を粉にして働く聖女像が壊れてしまったとショックを受けてしまったかもしれない…なんてことを一瞬だけ考えたりもしたけれど、夢の中でまで誰かに気を使うのは止めようと決意したばかりだ。だから、気にしないことにする。
アロルドはぎゅっと私を抱きしめたまま、何も言わない。
黙ったまま、まるで縋りついて離れないみたいに、痛いくらいに強い力で私の身体を抱きしめている。
「…アロルド、…そんなに強くしたら痛いよ」
私が苦笑しながらそう言う。
「ごめん」
アロルドは少しだけ震えた声で答えるけれど、腕の力は少しも緩まない。
「アロルド」
もう一度名前を呼ぶ。
「……ごめん」
アロルドは同じ言葉を繰り返すだけだ。
「どうしてアロルドが謝るの?」
「………キミが…そんなに思い詰めていたなんて、少しもわかってやれなかった」
「…………そんなの仕方がないよ」
自分じゃない誰かが、自分の気持ちを分かってくれるなんてことは無い。
分かろうとしてくれることが最大の譲歩で、見当違いに分かった気になられるのは最悪ですらある。
だから、この世界の聖女がどうして黙って身を投げたのかはわからないけれど、彼に伝えようとしなかったのだとしたら、彼が知る由もないのは仕方がない。
期待して、勝手に裏切られた気になって、勝手に絶望して…。こんなの、私たちが嫌った人たちと同じことを押しつけることになってしまうから。
だから私は、彼を責めたりは出来ない。
「仕方なくなんてない。…そんなことでユラを失うなんて…自分が許せなくなる」
「…………」
「アロルドは悪くないよ」
「そんな訳ないだろ!」
「…!」
急に声を荒らげたアロルドに、私は思わずびくりと体を強張らせてしまった。
「………そんな訳ない…。僕は、キミを守るって…決めてたのに…」
「…………」
そうだった。乙女ゲームでは、アロルドは幼少期に女主人公と結婚の約束をしていたことが明かされるイベントがあった。
彼のルートに入らないと見られないイベントだが、その時からアロルドは女主人公のことを守ることが出来る男になることを目指し続けていた…と言うことが判明するのである。
本来のゲームでは、当然だが女主人公が自害しようとするイベントなんてなかったし、こんな悲痛な声で語るアロルドなんて、私は知らない。
「だから…ごめん…。傷つけてごめん…。……守れなくてごめん」
声はか細くて、震えている。
泣いてこそいないけれど、泣き出しそうな声。
「……アロルド………」
「………………………」
「…………ごめんね…」
私は、思わず謝ってしまう。私を抱きしめるその人の身体が、小さく震えていたから。
腕の中から大事なものが零れ落ちてしまうことを恐れているかのように、痛いくらいに強く私を抱きしめるこの腕を、このぬくもりを…とても愛おしくて、尊いものに感じてしまったから…。
泣きそうなこの人に、これ以上傷ついてなんか欲しくないと思ってしまった。
私が苦しくて、逃げ出したくて、何もかもを捨ててしまったのは本当。
だから彼が大好きな聖女も、同じだったのかも知れない。
彼女が私と同じなら、彼女はアロルドを含めたこの世界のすべてを捨てようとしたと言うことになるから、私の謝罪なんてきっと何の意味もない。
だから、それも含めての『ごめん』だった。
傷つけてごめんね。
こんなこと言っても何もならないのに、ごめんね。
私は自分を抱きしめるアロルドの身体に自分からも腕を回し、出来るだけの力でぎゅっと抱き締めた。
死んでしまおうとしたのは本当。
でも、今はここにいるよ。大丈夫だよ。そう伝えたいと思った。
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