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第2話 天才研究者アイザック

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 乙女ゲーム『黄昏のソルシエール』で攻略対象となっている男性キャラクターたちは主に6人いる。
 王道のツンデレ王子様に、実力はあるけれど素行不良で女好きの騎士様、頑固で真面目な堅物の学者様に、陽気でお調子者の行商人、中性的な美人さんでミステリアスな道化師、そして………魔法と科学という二つの分野で双方に研究成果を上げていると言うこの世界でも屈指の天才…であり、変人の研究者だ。
 そして、この変人…もとい天才研究者である男性アイザック・ノーマンと言うのが、私のこの世界での人生を大きく狂わせることになる人物なのである。
 どうしてそんなことになってしまったのか…と言うと、簡単に言えば私に前世の記憶があることが彼にバレてしまったから…だ。
 そして、前世で私が暮らしていたその"異世界"が、今私たちが暮らしているこの世界とは全く異なる世界であると言うことに興味を持った彼は、その記憶を保持する"転生者"である私にも尋常ならざる興味と好奇心を持ってしまったらしい…。
 「らしい」と言っているのは、この辺りのことをどうして彼が知りえたのか…と言うのを、私が知るのはもう少し後になるから…だったりする。
 
 さて、それはひとまず置いておいて…。宮廷魔術師の見習いとして物語の舞台であるこの城へ召し上げられた主人公シェニー(私)を、良く思っていない人は少なくない。
 元は森の奥で隠れ住んでいた田舎者のくせに金と権力の為に関係者に取り入った卑しい魔女であると悪く言う人は沢山いた。
 時には彼らに陰湿な嫌がらせを受けたりもするのだが、そこを攻略対象のイケメンたちに助けられたり、自身で機転を利かせピンチを切り抜けたりして、攻略対象たちと親交を深めて行く…と言うのが原作ゲームに置いての既定の流れである。
 だから私としても、酷いことをされて多少のショックは受けても、ああ、これゲームでもあったな…なんてある程度冷静な気持ちで対応することが出来ていた。「心の準備」と言うのもがあるとないとでは大分違うものなのだなぁと、しみじみ実感したりもした。



「彼女は、僕の大事な研究対象なんだ。それを勝手に傷つけたりするのなら……貴女だけでなく、貴女の一族全員どうなるかわからないけれど…それでも良いのかな?…貴女がこの城にいられなくなる…程度で済めばいいけどね」

 丁寧だけれど、心臓が凍りつくんじゃないかと思うくらいに冷たく透る声が、すぐ近くで聞こえる。

 私に嫉妬心を向けているという設定のメイド少女に、突然階段から突き落とされてしまった私を抱きとめ、助けてくれたのは研究者"アイザック"だった。
 メイドに背後から突き飛ばされるというイベント自体は記憶にあったが、その条件やタイミングをすっかり忘れていた私は、不覚にも不意を打たれてしまい、自分の身体が階段の方へと倒れ込んで行く瞬間、「さすがにこの高さを転がり落ちたら死ぬかも」なんて何処か呑気に考えながら、スローモーションになる世界を眺めていた。
 私は自分の身体に来るであろう痛みや衝撃に備え、つい身体にぎゅっと力を込め身構えるが、予想していた痛みや衝撃が私を襲うことはなかった。

 「…あれ?」

 誰かの腕の中にしっかりと抱きとめられる感覚に驚いて、いつの間にか閉じていた瞳を開けると、そこには私の身体を抱き抱えたアイザックの整った顔と、階段の上で私を突き飛ばした格好のまま、わなわなと悔しそうな顔で立ち尽くすメイドの姿が見えた。
 彼女はアイザックに家族まで人質に取られるような言葉で脅されたメイドは、悔しそうにきゅっと唇を噛むとそのまま駆け出して逃げて行く。
 アイザックは私を抱えたまま、こちらへと視線を落としてきて、先ほどまでの厳しい表情が嘘だったかのように、愉しそうにニィと微笑む。

「危ないところだったね、シェニー。僕がいなかったら大怪我じゃすまなかったかも知れないよ?」

 アイザックの声とその言葉にほっとして気が緩んだのか、私はそれまで麻痺していた恐怖心が急に襲ってきたみたいで、急に身体がガタガタと震え出してしまった。
 アイザックに抱えられているから立ってはいられるけれど、膝にも上手く力が入らなくて産まれ立ての小鹿のようにぷるぷるしてしまっている…。

「…そ、そうだね……。ありがとう、アイザック…助かったよ…」

 震える身体を誤魔化すように自分の身体をぎゅっと腕で押さえながら、何とかお礼の言葉を口にする。
 アイザックは、そんな私の強がりの感情もお見通しなのか、また柔らかく目を細める。

「ふふ。お転婆なシェニーでもさすがに怖かったみたいだね。このまま帰すのはさすがに心配だし、僕の研究室で休んでいきなよ」

「え?…あっ、わっ!?」

 アイザックはそう笑って、私をひょいとお姫様抱っこすると、そのまま彼の研究室と言う名のほぼほぼ私室へと私を運んで行ってしまったのだった。
 彼はいつもダボっとした白衣を着ているせいであまり意識してなかったけれど、アイザックの身体は意外と筋肉質でがっしりとしていて、私は不意に感じた逞しさに思わずドキドキしてしまう。
 彼の着ている白衣からは、何かの薬みたいな匂いと一緒にほんのり甘い香りがした。
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