上 下
19 / 33

第19話 悪役令嬢、如何わしい夢を見る

しおりを挟む
 アリシアと恋バナめいた話をしたりしたからだろうか?
 それとも(自分では認めたくないけれど)欲求不満と言うものなのだろうか?
 あれから数日が過ぎたある日のこと、私は人には言えないような夢を見た。

 私は大きなベッドの上に居て、そこにはもう一人・顔の見えない男性が居る。
顔の良く見えないその人は、私をベッドに優しく押し倒すと、私の手の甲や髪、耳、額、目元、頬、首筋と、何度も何度も優しい口付けを落として行く。私はされるがままにその唇を受け入れる。
 彼の唇が肌に触れる度、その唇から漏れる吐息が肌をくすぐって、私は思わず声を零してしまう。私はそれがとても恥ずかしくって、慌てて自分の口を押さえるけれど、彼の大きな手がそれを邪魔するように私の手首を掴んで、そのままベッドに押しつけてしまう。
 大きな手が私の片手を押さえつけたまま、もう片方の手が私の服にかけられ、一つずつボタンを外していく。ボタンが幾つか外された後、そのままするりと布がずりおろされる音と感触がして、自分の肌が空気に晒されたのがわかった。
 私はとにかく恥ずかしくて、でも何故か抵抗することも、相手の顔を見ることも出来なくて、ただ、されるがまま―――――。


「…そ、それ以上は行けませんわーーーーーーー!!!!!!?」

 飛び起きた私はそう叫んでいて、丁度私を起こしにきていたらしいメイドのマリエッタがびっくりして目を白黒させている。

「お、お嬢様…?」

「…ハッ…………ゆ、夢………?」

 私は慌てて自分が服を着ていることを確認し、思わずホッとする。

「…寝ぼけてらっしゃるんです?」

 マリエッタがそんな風に恐る恐る声をかけてくるその様子に自分の日常を感じて、先ほどまでの夢が夢であることを再確認した。

「…そ、そうね…。ちょっとおかしな夢を見てしまったのですわ」

「お嬢様でもそんなことがあるんですねぇ。どんな夢を見たんです?」

 マリエッタは私の着替えを用意しながら、興味深そうに問いかけてくる。

「…どんなって」

 その言葉に、私も先ほど見た夢をつい思い返してしまう。
 相手の顔は思い出せないのに、自分に触れた大きな手や唇の、妙に生々しい感触を思い出してしまって、物凄い羞恥心と罪悪感が襲い掛かってくる。

「…な、なんでもありませんわ…」

「えぇ????教えてくれてもいいじゃないですかぁ」

「なんでもないって言ってるでしょう!」

「ひぃっ、ごめんなさいーーー!!!!!」

 そんな風についマリエッタを追い払ってしまったので、私は珍しく彼女の手伝いなしで自分の着替えをすることになったのだが、また少しだけ安堵していた。
 あんな夢を見てしまった後だから、誰かに衣服を脱がされたりすると何となく夢のことを思い出してしまい、変な気分になってしまう気がしたからだ。

 ただの夢であれば段々と忘れてしまうだろうと深く考えないようにしていたのだけれど、その如何わしい夢はいつまでも忘れることが出来なかった。
 それどころかそれから3日ほど連続して見てしまった…。
 いつも途中で私が我に帰ってギャー!!!と飛び起きることで夢は中断される為、最後の最後まで致してしまうということこそなかったが、あまりにも叫びながら飛び起きてくる為、少なくともマリエッタを初めとする私付きのメイドたちは「お嬢さまがおかしくなった…」みたいに心配し始めているようだ…。
 相変わらず相手の顔が良く見えないのも不可解だった。
 知り合い相手なら、現実でより気まずくはなるけれど、夢なんだから適当な相手が配役されてても別にいいだろうに…。
 と言うより、どうせイチャイチャするならアリシアが―…いや、いかんいかん。そうじゃなくて…。
 ともあれ、一日だけならともかく3日間もちょっと(?)えっちな夢を見続けてしまうのはさすがに異常だと判断した私は、これは何か外部的な要因があるに違いないと考えその調査を行うことにした。
 …26歳の波佐間悠子はともかくとして、エリスレアの方はそんな欲求不満になるような歳でもないはずだ。
 そんな訳で私が相談相手として頼ったのは、城にある医務室だ。
 そこには普段から常駐している医師と看護師が居り、その医師の方は「悠チェリ」の攻略対象の一人であり、看護師の方はその補佐役として登場したNPCの女性だ。
 当然この二人とも、アリシア登場前からちょっかいは出していたので、それなりに親しくはなっている。
 さすがに今回の件は男性には話しにくいので、この看護師キャラの方に相談しに行こう…と思ったのだ。

「御機嫌よう、マーニャ」

「あら…?…エリスレア様御機嫌よう。何処か調子が悪いところでも?」

 私が医務室を訪れた時、運よく医務室には女性…看護師のマーニャ一人だけだった。

「…そう言う訳ではないのだけど、今日はちょっと相談したいことがありましたの」

「…? 珍しいですね。…でもごめんなさいね。先生、今席を外していて…」

「それは構いませんわ。どちらかと言うとマーニャだけの方が都合が良いですし」

 素直にそう言ってしまえるくらいには、私は彼女を信頼しているし、彼女もそれに答えてくれていると思う。

「…? 私で良ければ勿論構わないけれど」

 マーニャは大人の女性といった落ち着いた雰囲気を崩さないまま、椅子を引いて「どうぞ?」と私に座るように促す。
 私はそれに素直に従って腰かけながら、対面の椅子に腰を下ろすマーニャの姿を眺めていた。
 彼女の名前は"マーニャ・トルテア"。城の医務室で働く医師アスファレスの補佐役の看護師をしている女性だ。
 "悠久のチェリーブロッサム"は乙女ゲーム故、攻略対象となるのは男性キャラのみだったので、彼女はさほど目立たないモブキャラの一人だったが、クールで頼りになる姉御肌の彼女は、PLにも密かに人気があった。

「…ちょっと話しにくいことなのですけれど、最近夢見が悪くって…」

「夢見、ですか?」

「ええ、それで良く眠れない…と言うか、寝てはいるはずなのですが、あまり眠れている気がしないと言いますか…」

「なるほど。…それで、どんな夢を見たのかは覚えていますか?」

「…え、ええ。…まぁ…」

「話しにくいことでしたら、話せる部分だけでも構いませんよ」

 所詮夢だと一蹴したりせず、親身になってくれる姿勢がありがたい。

「…その、男性とわたくしが、こう…触れ合っている夢と言いますか」

「触れ合う、ですか」

「ベタベタするといいますか、えぇと…」

「……つまり、男性と性交渉をする夢と言う事でしょうか?」

「…うっ……ま、まぁ…そ、そういう感じですわね」

「なるほど…」

 彼女の表情は変わらない。内容が内容だけにやはりこちらも気まずいので、馬鹿にされたりからかわれたりしないで済むのは有難い。
 年頃だからそういうことにも興味がありますよね~なんて鼻で笑われたら、死にたくなってしまうかも知れない。
 この世界にインターネットが存在するのなら、黙って検索して調べるのだけど、残念ながらこの世界にそういったものはないので、本で調べるか、知っていそうな人を頼るしかないのである。

「…そうですね。もしかしたら」

 マーニャはそこで一度言葉を区切り、自分の口元に手を当てて考えるような間を置いた。
 単なる欲求不満ですよ!とか言われるのも嫌だが、妙な病気だったりしても嫌だ。
 マーニャの様子が至極真剣なことが、私の不安を強く煽った。
 しかし、神妙な顔で話し出した彼女の言葉の続きを、祈るような気持ちで待っていた私に告げられたのは、私が全く想像していないものだった。

「夢魔に取り憑かれて居るのかも知れません」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

光の王太子殿下は愛したい

葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。 わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。 だが、彼女はあるときを境に変わる。 アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。 どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。 目移りなどしないのに。 果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!? ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。 ☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

処理中です...