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第8話 波佐間悠子は攻略する その1

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 クルーゼ王子の好みのタイプはいわゆる"優しい子"だ。
…とは言え、ただ優しければ良いと言う訳ではなくて、芯はしっかりとした上で…と言う注釈が入ってくる。
 そして、立場上、普段から打算的に寄ってくる女たちに辟易してるから、露骨に恋愛感情をアピールしていくのはNGだったはずだ。
 自分の損得を省みない献身的な優しさと愛情を見せつつ、最後には彼の頑なな心をぶち破る強引さが重要…。
 そんな風にゲームでの攻略ポイントを思い出しながら、私は王子の攻略を進めていた。
 彼の求める献身的な優しさって言うのは、エリスレアからすると正反対の属性よね…とは思えど、なんとか自分のキャラと折り合いをつけて行かねばならない。

 具体的に言うのなら、中庭に怪我をした小鳥がいれば、誰にも負けない速度で駆けつけ回復魔法をかけてやり、仕事に悩む使用人を見つけては、無理矢理にでも話を聞いて改善策を提案したり労いの言葉をかける。

「自分たちの家臣の不安を拭うのもまた、高貴なる者の務めだと考え直しましたの」

 そう高飛車に笑いながら、周囲の人間にちょっとずつ優しくする。

――――ノブレス・オブリージュ高貴さは義務を強制すると言うやつである。
 …こう言う大義名分があれば、我儘でプライドが高いエリスレアでも、そう不自然ではないはずだ。たぶん。…きっと。

 最初こそ戸惑い、下手すると不気味がってすらいた使用人たちも、だんだんと私に親しみを覚えてきた様子…に感じる。
 そして肝心の王子は…と言うと…


**********


「君は、少し前までは、自分以外にはあまり興味がないと言う顔をしていたように思うのだが、最近は城の者達とも良く話をしているようだな」

 機会があって一緒することになったのは、午後のティータイム。
 たまたま城でお会いしたこと、天気が良かったこと、ジェイドが良い紅茶の葉を手に入れたので是非に…と言うのが重なって、急遽のお茶会開催となったのだ。

「…あら、わたくし…貴方にそんな風に思われていましたのね?」

 心外だと肩を竦めつつ、ティーカップに顔を寄せ、淹れたての茶葉の香りを楽しむ。

「君に助けられたと話す者も何人もいる。…以前も少し話はしたが…、なにか心境の変化でもあったのか?」

 王子の言葉に込められた感情はやはり猜疑心が強いようだ。
 探るようなニュアンスの中に、心配という感情も感じなくはないが…。
 さて、これがゲームだったらここは"選択肢"だ。ゲームでの会話イベントなら2~3択から選ぶ形式だが、ここでは記述式…もとい実技になるけれど…。
 波佐間悠子は"悠チェリ"に関しては、かなりやりこんだ乙女ゲーマーではあるが、ここで気を抜いてはいけないと気合を入れ直す。

「確かにこれまでのわたくしでしたら、使用人たちに気を回すなんてことはしなかったかも知れませんわね…」

 王子はそれに同意の言葉こそ口にしなかったが、黙ったまま続く言葉を待っている。変に否定も肯定もしなければ、相手の感情を下手に逆撫ですることもなく、話の腰を折ることもない。この辺りが彼の頭の良い所なのかも知れない。

「この国の未来のことを本当に考えるのなら、ここに暮らす人々のことを知っておくことは大事なことだと思いましたの」

 王子は私の言葉に少し驚いたような顔をする。

「君がそんなに政治に興味があったとは知らなかったな」

「ふふ。…有体に言うのなら、誰かの為と言うより自分の為と言えるのかも知れませんが」

「…?それは自分のこれからの暮らしを安泰にする為に、と言うことか?」

 少し彼の目つきが鋭くなる。
 …あ~…この斜に構えたひねくれた感じ…懐かしいなぁ…。
 態度は冷たくて素っ気無いけど、やっぱり綺麗なお顔なんだよね…。
 油断すると睨むような表情ですら、見とれてしまいそうになる。
 …けれど、軽蔑される前にちゃんと説明をしなくては…。

「わたくし自身の幸せが大切なのも勿論ですけれど、この国とこの国に住まう人々皆も幸せであるなら、それが一番良いことだって思ったのですわ」

 いきなり無償の博愛をアピールするのはさすがにわざとらし過ぎるから、台詞自体は高尚なことを口にしつつ、全体の雰囲気としては「こういう思想のわたくしって高貴でしょ!素敵でしょ?どう?!」くらいの、ある意味で無邪気で子供っぽいような雰囲気を漂わせて攻めてみる。
 もしかしたら呆れられる方向に行ってしまうかも知れないけれど…。"冷酷"と取られるよりは親しみを覚えてくれると願いたい。

 "波佐間悠子"は前世では何度かゲームの彼を攻略しているけれど、それはあくまで"アリシアとして"だ。
 参考に出来る情報を持っているのは強みだが、エリスレアとしてどうすれば良いのか…は正直なところ未知数なのである。
 自信満々で高飛車な態度を崩さないようにはしているが、内心かなりドキドキしていた。
 私が不安な気持ちを抱えつつも、彼の些細な表情の変化を見逃さないよう王子の顔を見つめていると、王子は、ハァ…と小さく息を吐いた。
 苦笑に近いものではあるが、少しだけ笑みをこぼしたように見えた。

「…やっぱり君は最近変わった気がする。…単に僕が本当の君を知らなかっただけかも知れないけれど」

「幼馴染とは言え、お互いに知らないことも沢山あると言うことですわね?」

 王子の目に少しだけ好奇心のような色が見えた気がした。
 いいぞいいぞ。
 この調子で興味を惹いて、少しでも好感を抱いてくれたらそれでいい。

「わたくしたち、これからも長い付き合いになるのですもの。今からでも少しずつ、色々なお話をしていけたら良いって思いますわ」

 余裕ぶった顔で笑って見せると、王子は少しだけ困ったように眉を下げた。

 ここでも王子は私の言葉を否定も肯定もしなかったけれど、迷惑だと断られなかっただけ、仲良くなったのだという手応えは感じていた。
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