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第3話 悪役令嬢の打算とクルーゼ王子

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 さて、まだ見ぬヒロイン・アリシアとの出会いを待ちわびつつ、私はその日のための下準備を整えなければならなかった。
 それは自分の幸せのためだと思えば苦ではなかったが、それはそれとして面倒くさいのも本音である。

 ここがゲームと同じ設定の異世界というならともかく、実際にゲームの世界だったとしたら、組まれているプログラムは絶対で、逆らうことは出来ないのかも知れない。そうなってしまっては私の計画は不可能ということになる。
 ただ、これは私は"ない"と思っていて、その理由は私がこんな風に自分の意思で行動することができているということだ。
 勿論、私が知っているゲームはヒロインが王宮にやってくるところから始まっている。
 それ以前のキャラクター達の物語は、ゲームの本編でキャラクター達が語る台詞の端々から想像することしか出来なかったし(それだってうろ覚えなわけで)、だからこそそこまではある程度自由が利くけれど、ヒロインが登場する本編が始まるタイミングになってからは、登場キャラクターの行動が制限されたり強制される可能性もある。
 意識がありながら行動を強制される…なんてことになったら生き地獄だ。そうはならないと信じたいものだけれど。

 ともあれ、私が彼女と出会う前にしなくてはいけないことはいくつかある。
そのひとつは、自身にある「顔と能力は優れているが、性格に難有り」みたいな評判を覆しておく…ということだ。そうでなければ、私がアリシアに近づいて優しくすることが間違いなく不自然に思われてしまう。
 少しずつエリスレアの印象を変えて行き、アリシアと爽やかな友人関係を築くことが不自然でない人物だと思われるようにしたい。
 怖い人だという噂を彼女が聞けば、私が近づくことに彼女自身も警戒することだろう。
 …いや、PLという外部意思が介在しないのであれば、デフォルトの彼女の性格は"世間知らずで素朴で優しい無垢な性格"のはずだ。
 例え公式設定通りの意地悪な私であっても、最初はきっと何の悪意もなく笑顔を向けてくれる…と言う気はしないでもないけど…。
 …そう、あのゲームでエリスレアの初登場時に、彼女の高飛車で意地悪な言動に腹を立てていたのはアリシアじゃない。プレイをしていた"私"だったのだから。
 彼女はちょっと困った顔で微笑んで「これから仲良くなれたらいいな」そう言っていたのだ。
 まさかその言葉に、今になって私自身が救われることになるなんて、当時の私は想像もしていなかったけれど。


 確かゲーム開始時点では、エリスレアは16歳だった。
今の私は15歳。ゲーム通りの展開になるのなら、王宮にアリシアが連れてこられるまでにはあと一年…少なくとも次の私の誕生日までには猶予があるということになる。
 それまでにしておかなければいけない下準備その2は、私自身が今よりも王子と親しくなっておくことである。実はこれが一番面倒くさい…。
 私とアリシアは王子の妃候補として選出され、ライバルとして競い合うことになるわけだから、私達が争わなきゃいけない原因でもあるのだけれど、それがなかったら出会うこともできないのだから仕方がない。
 このシチュエーションをなんとか上手いこと利用する方法を考えなければいけないというわけである。
 実際のゲームでのエリスレアと王子クルーゼの関係は、子供の頃からの幼馴染であり、アリシアが現れるまではたった一人の婚約者だった。
 …とは言え、クルーゼは、主人公アリシアと恋仲になった場合に、「これまで他人を愛したことがなかった」…と話すイベントがある為、エリスレアと恋仲と言うような関係ではなかったようだし、特に恋愛感情も抱いていなかったということだろう。  
 エリスレアの方は少なからず彼に思いを抱いていたからこそ、アリシアに対する嫉妬と憎悪が膨らんでしまったのだろうが…。
 しかし、今の私は26歳女子の記憶を持ってしまったせいか、あの王子を恋愛的に好き…みたいな気持ちが少しも抱けなくなっているので、別にあの王子を取られても別に全然どうでもいいというか、むしろアリシアを取られたことに嫉妬する可能性が高い。

 …話が逸れた!
 ともあれ、それならどうして王子と仲良くなっておく必要があるのか…というと、これはもう自分の権力を少しでも強める為である。
 アリシアは"春妖精の巫女"という、このゲーム世界における神聖な存在として見出され、王子の妃に!と推薦され、この王宮にくることになるのだが、彼女は平民の娘である。
 平民である彼女が王宮に出入りすること、そして妃になることに反感や不満を持つ者も多い。
 だから、私はそういった輩から彼女を守るための力を用意しておかなければならないのだ。
 勿論、今のままでもこの国の有力貴族の娘であり、ほぼほぼ決定している王子の婚約者だ。
 それなりのことは強引にでも強行できるくらいの立場はある。
 …が、それだけでは足りない。王子と私が親しくなることで、私は出来ることも増えるし、動きやすくなる。
 今後妃を目指すかどうかは、アリシアの考え次第なところもあるが、
 私は、アリシアが王子と結ばれることを望むなら、そのすぐ傍に親友として居られたらいいなと考えているし、私が王妃となるとしても当然友人として傍に居てもらえるよう計らおうと思っている。
 役目以上に王子と親しくなっておけば、そう言ったときにもこっちの要求を通しやすくなるというわけだ。


「ごきげんよう。クルーゼ様」

 中庭で本を読んでいるふりをして待ち伏せをして、偶然を装って王子に声をかけた。
 王子のさらさらの金色の髪に陽光が降り注いでキラキラと輝いているのが眩しくて、私は少しだけ目を細めた。

「エリスか。久しいな。君から声をかけてくるなんて珍しい」

 そう返してくる王子は、殆ど表情を変えなかったが、その言葉通り、少しばかり驚いたような声色を向けてきた。
 この王子は基本的にはクールタイプで、デレると途端にデレデレになる感じのキャラだ。
 この辺りは幼馴染のエリスレアよりも、26歳OLの他人の方が詳しいというのがちょっと面白いところかも知れない。

「あら、意地悪を仰るのね?わたくしだって、幼馴染が忙しくしていると聞けば、
 労いの言葉の一つくらいかけたいと思うくらいの思いやりはありましてよ」

 くすくすと小さく笑いながら言葉を続けると、王子はきょとんとした顔をする。
 無理もない。これまでのエリスレアは自分のことが一番大事で、自分の美しさや能力の研鑽とそれを周囲の人々にひけらかして賞賛を浴びることだけが大好きだった少女だ。
 こんな風に気遣いの言葉なんてかけることはなかったのだろう…と言うか、実際私の記憶にある限り、かけたことがなかった。
 正直、彼の顔と優秀なところを良いなって思ってはいたけれど、それだけだったのだ。こう考えると、自分自身のこととはいえ"エリスレア"と言うキャラクターも恋を知らない不幸な少女だったのかも知れないと思ったりはする。
 …今は違うけど。

「熱でもあるのか?」

「…もう!ご挨拶ね。変わりがないのならいいのですわ」

 怪訝そうな王子の言葉に、私はわざと大げさに少し拗ねたように唇を尖らせ、ドレスをふわりと翻して王子に背を向けて歩き出す。

「おい、エリス」

 背後から彼の声が聞こえたので、首だけを振り返って、少しだけ意地悪い笑顔を向けてやる。
 高飛車で自信家のエリスレアだから、普段のお作法は完璧に。お上品に。
 …けれど幼馴染だからこそ、二人きりのときは少しだけ"素"の悪い顔も見せていく。
 私は知っている。この王子は、自分に向けられる感情が全て打算を交えたものしかないと、心が冷え切っているということを。
 だから、彼には少しずつ、でもわかりやすく好意や心配を伝えていく。
 王子のぽかんとした表情は見ていて気分がいいものだったけど、やりすぎはいけない。
 私が今までと違うと悟られてはいけない。
 間違っても異世界転生してきた他人(の記憶)が入り込んでるなんてバレてはいけない。不気味がられるだろうし、最悪病気扱いされて閉じ込められるかも知れない。
 急に人が変わったと思われないように、私の打算は気付かれぬように、少しずつ少しずつ。
 彼に新しいエリスレアを印象付けていかなくちゃ。
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