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第11話 どうしても昼飲みがしたい女の為のお洒落イタリアン
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この日、歌織と詩乃の二人は映画を見る為に外出していた。
見に行った映画は最近話題のホラーで、youtubeで話題になっている人気配信者の話が原作になっているとか言うものだった。
歌織はたまたまその動画を見たことがあって面白いと思っていたこともあり、映画好きの詩乃を誘ってみたのである。
映画自体は色々ツッコミどころはありつつ、役者陣の演技も上手く、演出的にも面白い場面も沢山あって、全体的には満足な作品だった。
ホラー映画にあまり見慣れていない歌織も耐えられるくらいの恐怖演出であったことに内心ほっとしたし、ホラーに限らず映画を良く見ている詩乃も、台詞回しや伏線の置き方などで感心する部分もあったらしく、感想戦も盛り上がった。
歌織としては、映画が終わり灯りが付いた映画館で周りの席をふと見回したら、他の観客が殆ど中高生の若年層だったことが一番のホラーだったのだが……。
(……も、もしかして中高生向けの映画だったのかなぁ……)
別に大人が中高生向けの映画を見ちゃいけない訳ではないのだが、なんとなく場違いな場所に来てしまった気がして何となく居心地の悪さを感じてしまったりもする。
周囲の若者たちは、怖かったね~なんてキャッキャっと楽しそうに談笑している。
歌織は妙にソワソワしてしまっていたが、詩乃は全く気にしていない様子だ。
あまりに若いエネルギーに当てられると隠れ陰キャのコミュ障である歌織は萎れてしまうのである。
無邪気な若者たちから放たれる気に気圧されてしまい、映画館から出るまでの間にすっかりしおしおになってしまっていた。
「かおりん、ほら、元気出して……。お昼ごはん、何か美味しいもの食べよ?」
「た、食べるぅ……」
「スマホで調べたら、この辺に良さそうなイタリアンが何軒かあったんだよね。そこで良いかな」
「はい……」
「かおりん、しっかりして~~~!!」
そんな風に詩乃に引っ張られるようにしてたどり着いたのは、映画館から程近いビルの一階にある小洒落たイタリアンレストランだった。
ガラス張りの窓から見える店内は広々としていて明るく、入りやすい雰囲気をしている。
店の前に置かれたボードには、"本日のオススメ"だったり、ランチセットの組み合わせを紹介する写真が貼られている。
最初に目に留まったのは、選べるパスタセット。
写真が載っているパスタの種類はかなり多く、海老のトマトクリームパスタ、三種のキノコとベーコンのペペロンチーノetcetc。
好きなパスタを選んでそれにサラダとスープがついてくるランチセットで2000円くらい。
たまにお世話になっているイタリアンファミレスと比べたらお高級な価格帯のイタリアンであるが、こう言う小洒落たレストランからしか得られない栄養があるのも確かだった。
格安イタリアンファミレスの良いところは価格に対して安定した美味しさを提供してくれるお財布にも優しい所であり、ちょっとお高めのイタリアンの良いところはメニューの豊富さと、やはりよりレベルの高いお味だと言う所だろう……。
どうしたって手軽さに違いはあるが、どちらにもそれぞれ違った良さがあるのである。
「絶品激辛アラビアータ……」
歌織の目に止まったパスタは、真っ赤な色をしていた。
真っ赤なソースで色づいたそのパスタの紹介文には、この店自慢の一品です! と書かれているではないか!
絶品……激辛……。
疲れきっていた歌織の表情に生気が点りはじめていく。
「……これ、これ食べたい! 辛いやつ!」
しょぼしょぼしていた歌織がとたんにシャキッとしてしまったものだから、詩乃は思わず苦笑した。
店先に立っていたダンディで品のある店員に案内され、店内に入ればBGMに流れるカンツォーネが二人を出迎える。
価格帯的にも客層は大人がメインなのだろう、壮齢のご夫婦や中年女性の二人組、スーツを着た男女等々……利用している人たちも皆落ち着いた様子だった。
「……とりあえず、パスタのセットで良いかな?」
「うん。でもせっかくだからメニューも見たいな」
そんな風に二人でメニューを表を開いたり、メニュー表と一緒に置かれている季節限定メニューなんかを眺める。
表にも書かれていたような種類豊富なパスタやカラフルなサラダと一緒に、食欲をそそる単品メニューが並んでいる。
「……カキのアヒージョ、季節野菜のピクルス、生ハムの盛り合わせ、スモークうずらの卵、イワシのイタリア風南蛮漬け……」
これは間違いなく酒のつまみである。
思わずごくりと唾を飲んでしまう。
「……あ、ハッピーアワーでサワーとかグラスワインとか一杯480円だって~! お安いね!」
詩乃にすべてを見通された気がして、慌てて歌織は顔を上げて抗議する。
「ゆ、誘惑するのを止めろ~~~~」
「だってかおりんがメニューを凝視してるから……お酒、飲みたいんでしょ……?」
「……うぐっ、で、でもランチセット頼んだ上に追加で頼むって言うのは……さすがにねぇ?」
「? 別に良いじゃん」
「そ、そうかなぁ……?」
「……むしろ何でダメなの?」
「……いや、だって、さすがにランチでそれは贅沢過ぎるんじゃって……」
「かおりん、今までにも散々贅沢してたよね!?」
歌織も詩乃も到底ブルジョワジーと言えるような身分ではないが、いざ飲みに行くとなれば財布に入れた万札とお別れする覚悟は決めてから挑んでいる。
二人ともそれなりに酒に強くカパカパ飲むし、年齢を考えるとまぁ食事の量的にも多分食べる方だろう。
そうなれば、食べる品数も量もそれなりで、二人合わせると1万円くらいはゆうに超えてしまうのである。
「飲みに来たと考えればお値段も別に高すぎるってことないでしょ?」
「……確かに……」
ランチに来たと思うからこそ、お得なランチセットを頼んだにも関わらず追加注文して合計額を上げてしまう……と言うことに抵抗を感じてしまった歌織だったが、飲みに来たぞ!!! というスイッチに切り替えてしまえば、そうしたストッパーもすっかり外れてしまう。
「それならいっか!」
「せっかく来たんだもん。好きなもの頼も~」
いとも簡単に言いくるめられてしまうのは、実際に歌織がそれを望んでいるからだと言うのは言うまでもないが、歌織も内心、最近こうやって自分のタガをどんどん外してくれちゃう詩乃を、実は自分を堕落させるために現れた悪魔なんじゃないか?と言う思いが頭を過ったりもしていた。
けれど悪魔の誘惑には抗えないよね。仕方ないよね。終了。
そんな訳で、注文を確認しにきた店員さんに、ランチセットとグラスワイン、おつまみを数点頼んでから、一息ついて店内を再び眺める。
ジロジロ見る訳には行かないけれど、他の客のテーブルにもグラスに入ったお酒が乗っている。
歌織は、こんな風に当たり前に世間ではお洒落イタリアンでの昼飲みが行われていたのか……!と密かに衝撃を受けたりもした。
歌織に取って昼飲みと言うのは、かなり思い切った大人の道楽だと思っていたのだが、それは思い込みだったのかも知れない。
セットのサラダとスープ、スモークされたうずらの卵、イワシのイタリア風南蛮漬けと共にグラスワインがテーブルへと到着すれば、パーティーの始まりだ。
あれだけもにょもにょ躊躇っていた歌織も、待ってましたとばかりに目を輝かせてそれを迎え入れる。
頂きまーす! と二人で声を掛け合い、互いにフォークを握りしめた。
「私、うずらの味玉は食べたことあったけど、スモークされたのって初めてかも」
「香りが堪んないね~……うーんっ……いいぞ~、これ……」
「私も一個貰うね。……って、あれ……、刺せない……転がる……うぐっ……」
「あははは。かおりん、不器用さんだなぁ」
うずらの味玉がころんころんと転がって、フォークで上手く刺せない歌織を見ながら、詩乃がけらけらと笑う。
しっかりとスモークされたうずらの卵は、独特の香りは勿論、味もしっかりと染みているのだろう、塩みとほんのりとした甘さも絶妙だ。
お次に手を付けたのはイワシのイタリア風南蛮漬け。
イタリアでは、サルデ イン サオールと呼ばれる定番のおつまみであると言う。
カラっと揚げられたイワシの上に、スライスされた玉ねぎと千切りの人参、松の実やレーズンを一緒にソテーしたものが乗せられていた。
イワシを玉ねぎやレーズンと一緒に口へと運ぶと、まずはサクッとした食感でイワシがほぐれていく。
それに続いて、白ワインビネガーとレモンの酸味に、レーズンの甘みも加わった、爽やかなのに特徴のある味が口いっぱいに広がった。
イワシの青臭さを全く感じさせないどころか、脂の旨味が良く引き立てられているし、ワインと非常に良く合う……!
「……ううっ……こんなん、白ワインで大正解じゃん……美味し過ぎる……」
片手に手にしたワイングラスを手放さないまま、イワシをつつく歌織を見て、おつまみのチョイスを担当した詩乃も、自分の審美眼は確かだろうとでも言わんばかり、満足した顔で舌鼓を打つ。
メインのパスタがテーブルに届く頃には、おつまみもワインもすっかり食べ、飲み終えてしまっていた。
気持ちとしてはまだまだ飲みたい気持ちはあったが、ひとまずは初志貫徹、心惹かれたアラビアータと向かい合おうではないかと言うことで、歌織は空になったグラスをテーブルへと置き、パスタと見つめ合った。
アラビアータ。
ベースのトマトソースににんにくや唐辛子を加えたパスタである。
アラビアータと言う単語はイタリア語で怒りを意味し、ソースの辛さで怒ったように顔が赤くなることからそう名付けられたのだと言う。
”怒りん坊のパスタ”と言うフレーズはちょっと面白い。
歌織はそれを知った時、アラビアは関係ないと言う所が、ナポリと全然関係ない純粋な日本生まれのナポリタンを思い出したりもした。
何はともあれ、歌織はアラビアータが大好きだった。
さらに厳密に言うなら辛いものが大好きなのである。
一時期は某蒙古タンメンのチェーン店にちょいちょい通ったくらいに辛いものが好きだった。
別に辛ければ辛いほど良いなんて言うほどの猛者ではなかったが、時々無性に辛いものを欲することがあり、この日も恐らくはその周期だったのだろう。
店先のメニューを見て、入店を決める決め手となった愛しのアラビアータ……。
いざ実食である。
フォークの先にくるくると細い麺を巻き付けて、ぺろりと口の中へと放り込む。
ピリっとしたしっかりとした辛みに続いて、トマトの爽やかな酸味、にんにくの旨みが口の中へと広がる。
(辛いっ! でも美味しい……!!)
顔が赤くなっているかは自分ではわからないが、じんわり顔が熱くなってくる。
こうなるともう、美味しさを味わうことか、見ず知らずのイタリア人に感謝することしか出来ない。
(……ありがとう……、このソースを生み出してくれたイタリア人……。……ありがとう……、この店のシェフさん……。)
その後、歌織はあっと言う間にアラビアータを平らげて、満腹&大満足で店を後にすることになる。
映画も楽しかったし、イタリアン昼飲みも最高だった。
歌織はこうしてまた一つ、最高の大人の休日の過ごし方を更新してしまった気分になったのだった。
見に行った映画は最近話題のホラーで、youtubeで話題になっている人気配信者の話が原作になっているとか言うものだった。
歌織はたまたまその動画を見たことがあって面白いと思っていたこともあり、映画好きの詩乃を誘ってみたのである。
映画自体は色々ツッコミどころはありつつ、役者陣の演技も上手く、演出的にも面白い場面も沢山あって、全体的には満足な作品だった。
ホラー映画にあまり見慣れていない歌織も耐えられるくらいの恐怖演出であったことに内心ほっとしたし、ホラーに限らず映画を良く見ている詩乃も、台詞回しや伏線の置き方などで感心する部分もあったらしく、感想戦も盛り上がった。
歌織としては、映画が終わり灯りが付いた映画館で周りの席をふと見回したら、他の観客が殆ど中高生の若年層だったことが一番のホラーだったのだが……。
(……も、もしかして中高生向けの映画だったのかなぁ……)
別に大人が中高生向けの映画を見ちゃいけない訳ではないのだが、なんとなく場違いな場所に来てしまった気がして何となく居心地の悪さを感じてしまったりもする。
周囲の若者たちは、怖かったね~なんてキャッキャっと楽しそうに談笑している。
歌織は妙にソワソワしてしまっていたが、詩乃は全く気にしていない様子だ。
あまりに若いエネルギーに当てられると隠れ陰キャのコミュ障である歌織は萎れてしまうのである。
無邪気な若者たちから放たれる気に気圧されてしまい、映画館から出るまでの間にすっかりしおしおになってしまっていた。
「かおりん、ほら、元気出して……。お昼ごはん、何か美味しいもの食べよ?」
「た、食べるぅ……」
「スマホで調べたら、この辺に良さそうなイタリアンが何軒かあったんだよね。そこで良いかな」
「はい……」
「かおりん、しっかりして~~~!!」
そんな風に詩乃に引っ張られるようにしてたどり着いたのは、映画館から程近いビルの一階にある小洒落たイタリアンレストランだった。
ガラス張りの窓から見える店内は広々としていて明るく、入りやすい雰囲気をしている。
店の前に置かれたボードには、"本日のオススメ"だったり、ランチセットの組み合わせを紹介する写真が貼られている。
最初に目に留まったのは、選べるパスタセット。
写真が載っているパスタの種類はかなり多く、海老のトマトクリームパスタ、三種のキノコとベーコンのペペロンチーノetcetc。
好きなパスタを選んでそれにサラダとスープがついてくるランチセットで2000円くらい。
たまにお世話になっているイタリアンファミレスと比べたらお高級な価格帯のイタリアンであるが、こう言う小洒落たレストランからしか得られない栄養があるのも確かだった。
格安イタリアンファミレスの良いところは価格に対して安定した美味しさを提供してくれるお財布にも優しい所であり、ちょっとお高めのイタリアンの良いところはメニューの豊富さと、やはりよりレベルの高いお味だと言う所だろう……。
どうしたって手軽さに違いはあるが、どちらにもそれぞれ違った良さがあるのである。
「絶品激辛アラビアータ……」
歌織の目に止まったパスタは、真っ赤な色をしていた。
真っ赤なソースで色づいたそのパスタの紹介文には、この店自慢の一品です! と書かれているではないか!
絶品……激辛……。
疲れきっていた歌織の表情に生気が点りはじめていく。
「……これ、これ食べたい! 辛いやつ!」
しょぼしょぼしていた歌織がとたんにシャキッとしてしまったものだから、詩乃は思わず苦笑した。
店先に立っていたダンディで品のある店員に案内され、店内に入ればBGMに流れるカンツォーネが二人を出迎える。
価格帯的にも客層は大人がメインなのだろう、壮齢のご夫婦や中年女性の二人組、スーツを着た男女等々……利用している人たちも皆落ち着いた様子だった。
「……とりあえず、パスタのセットで良いかな?」
「うん。でもせっかくだからメニューも見たいな」
そんな風に二人でメニューを表を開いたり、メニュー表と一緒に置かれている季節限定メニューなんかを眺める。
表にも書かれていたような種類豊富なパスタやカラフルなサラダと一緒に、食欲をそそる単品メニューが並んでいる。
「……カキのアヒージョ、季節野菜のピクルス、生ハムの盛り合わせ、スモークうずらの卵、イワシのイタリア風南蛮漬け……」
これは間違いなく酒のつまみである。
思わずごくりと唾を飲んでしまう。
「……あ、ハッピーアワーでサワーとかグラスワインとか一杯480円だって~! お安いね!」
詩乃にすべてを見通された気がして、慌てて歌織は顔を上げて抗議する。
「ゆ、誘惑するのを止めろ~~~~」
「だってかおりんがメニューを凝視してるから……お酒、飲みたいんでしょ……?」
「……うぐっ、で、でもランチセット頼んだ上に追加で頼むって言うのは……さすがにねぇ?」
「? 別に良いじゃん」
「そ、そうかなぁ……?」
「……むしろ何でダメなの?」
「……いや、だって、さすがにランチでそれは贅沢過ぎるんじゃって……」
「かおりん、今までにも散々贅沢してたよね!?」
歌織も詩乃も到底ブルジョワジーと言えるような身分ではないが、いざ飲みに行くとなれば財布に入れた万札とお別れする覚悟は決めてから挑んでいる。
二人ともそれなりに酒に強くカパカパ飲むし、年齢を考えるとまぁ食事の量的にも多分食べる方だろう。
そうなれば、食べる品数も量もそれなりで、二人合わせると1万円くらいはゆうに超えてしまうのである。
「飲みに来たと考えればお値段も別に高すぎるってことないでしょ?」
「……確かに……」
ランチに来たと思うからこそ、お得なランチセットを頼んだにも関わらず追加注文して合計額を上げてしまう……と言うことに抵抗を感じてしまった歌織だったが、飲みに来たぞ!!! というスイッチに切り替えてしまえば、そうしたストッパーもすっかり外れてしまう。
「それならいっか!」
「せっかく来たんだもん。好きなもの頼も~」
いとも簡単に言いくるめられてしまうのは、実際に歌織がそれを望んでいるからだと言うのは言うまでもないが、歌織も内心、最近こうやって自分のタガをどんどん外してくれちゃう詩乃を、実は自分を堕落させるために現れた悪魔なんじゃないか?と言う思いが頭を過ったりもしていた。
けれど悪魔の誘惑には抗えないよね。仕方ないよね。終了。
そんな訳で、注文を確認しにきた店員さんに、ランチセットとグラスワイン、おつまみを数点頼んでから、一息ついて店内を再び眺める。
ジロジロ見る訳には行かないけれど、他の客のテーブルにもグラスに入ったお酒が乗っている。
歌織は、こんな風に当たり前に世間ではお洒落イタリアンでの昼飲みが行われていたのか……!と密かに衝撃を受けたりもした。
歌織に取って昼飲みと言うのは、かなり思い切った大人の道楽だと思っていたのだが、それは思い込みだったのかも知れない。
セットのサラダとスープ、スモークされたうずらの卵、イワシのイタリア風南蛮漬けと共にグラスワインがテーブルへと到着すれば、パーティーの始まりだ。
あれだけもにょもにょ躊躇っていた歌織も、待ってましたとばかりに目を輝かせてそれを迎え入れる。
頂きまーす! と二人で声を掛け合い、互いにフォークを握りしめた。
「私、うずらの味玉は食べたことあったけど、スモークされたのって初めてかも」
「香りが堪んないね~……うーんっ……いいぞ~、これ……」
「私も一個貰うね。……って、あれ……、刺せない……転がる……うぐっ……」
「あははは。かおりん、不器用さんだなぁ」
うずらの味玉がころんころんと転がって、フォークで上手く刺せない歌織を見ながら、詩乃がけらけらと笑う。
しっかりとスモークされたうずらの卵は、独特の香りは勿論、味もしっかりと染みているのだろう、塩みとほんのりとした甘さも絶妙だ。
お次に手を付けたのはイワシのイタリア風南蛮漬け。
イタリアでは、サルデ イン サオールと呼ばれる定番のおつまみであると言う。
カラっと揚げられたイワシの上に、スライスされた玉ねぎと千切りの人参、松の実やレーズンを一緒にソテーしたものが乗せられていた。
イワシを玉ねぎやレーズンと一緒に口へと運ぶと、まずはサクッとした食感でイワシがほぐれていく。
それに続いて、白ワインビネガーとレモンの酸味に、レーズンの甘みも加わった、爽やかなのに特徴のある味が口いっぱいに広がった。
イワシの青臭さを全く感じさせないどころか、脂の旨味が良く引き立てられているし、ワインと非常に良く合う……!
「……ううっ……こんなん、白ワインで大正解じゃん……美味し過ぎる……」
片手に手にしたワイングラスを手放さないまま、イワシをつつく歌織を見て、おつまみのチョイスを担当した詩乃も、自分の審美眼は確かだろうとでも言わんばかり、満足した顔で舌鼓を打つ。
メインのパスタがテーブルに届く頃には、おつまみもワインもすっかり食べ、飲み終えてしまっていた。
気持ちとしてはまだまだ飲みたい気持ちはあったが、ひとまずは初志貫徹、心惹かれたアラビアータと向かい合おうではないかと言うことで、歌織は空になったグラスをテーブルへと置き、パスタと見つめ合った。
アラビアータ。
ベースのトマトソースににんにくや唐辛子を加えたパスタである。
アラビアータと言う単語はイタリア語で怒りを意味し、ソースの辛さで怒ったように顔が赤くなることからそう名付けられたのだと言う。
”怒りん坊のパスタ”と言うフレーズはちょっと面白い。
歌織はそれを知った時、アラビアは関係ないと言う所が、ナポリと全然関係ない純粋な日本生まれのナポリタンを思い出したりもした。
何はともあれ、歌織はアラビアータが大好きだった。
さらに厳密に言うなら辛いものが大好きなのである。
一時期は某蒙古タンメンのチェーン店にちょいちょい通ったくらいに辛いものが好きだった。
別に辛ければ辛いほど良いなんて言うほどの猛者ではなかったが、時々無性に辛いものを欲することがあり、この日も恐らくはその周期だったのだろう。
店先のメニューを見て、入店を決める決め手となった愛しのアラビアータ……。
いざ実食である。
フォークの先にくるくると細い麺を巻き付けて、ぺろりと口の中へと放り込む。
ピリっとしたしっかりとした辛みに続いて、トマトの爽やかな酸味、にんにくの旨みが口の中へと広がる。
(辛いっ! でも美味しい……!!)
顔が赤くなっているかは自分ではわからないが、じんわり顔が熱くなってくる。
こうなるともう、美味しさを味わうことか、見ず知らずのイタリア人に感謝することしか出来ない。
(……ありがとう……、このソースを生み出してくれたイタリア人……。……ありがとう……、この店のシェフさん……。)
その後、歌織はあっと言う間にアラビアータを平らげて、満腹&大満足で店を後にすることになる。
映画も楽しかったし、イタリアン昼飲みも最高だった。
歌織はこうしてまた一つ、最高の大人の休日の過ごし方を更新してしまった気分になったのだった。
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