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第8話 どうしても昼飲みがしたい女の為の餃子と紹興酒
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「昼飲みがしてみたいんだよね」
歌織がそう言いだしたのはラーメンスタンプラリーのノルマを達成して間もなくで、詩乃が次の日曜に何処か遊びに行かない?なんて誘いをした時だった。
「昼飲み?」
「うん、昼飲み。味噌ラーメンのお店で、カウンター席で昼からお酒飲んでるおじさんがいてさ。なんか良いなぁって思ったんだよね……。私もアレやりたいなって」
そんな人いたっけ……なんて、詩乃はラーメン屋での風景を思い出しながら首を傾ける。
確かにいたかも知れない。
いたような気もする。
けれど、そんなに憧れるような光景だったかな?と言う疑問は残る。
「昼飲みは構わないけど、ラーメン屋で飲みたいってこと?」
「……それも良いんだけど、客の回転が速いようなお店でのんびり飲むと迷惑がられそうで怖いし、あんまり大急ぎで飲むのは嫌だから、別にラーメン屋じゃなくてもいいんだけど……」
昼飲みがしたいと言った歌織だが、具体的にどういう場所なら昼飲みが出来るのか……と言うことを知らなかった。
それこそ昼からやっている居酒屋はあるし、今どきはファミレスでも酒は置いているし、それも悪くはないけれど……、折角の”昼飲み”で"いつも通り"ではちょっと面白く無いかも……?
なんて、そんな風に考え込む歌織に、詩乃が何かを思いついたと言う顔をして、ピンと立てた人差し指を立てる。
「あ、それなら餃子。餃子食べに行こうよ。ジャンボ餃子!!」
「ジャンボ餃子!???」
そんな訳で、二人の夢と希望を乗せて、二人はジャンボ餃子で昼飲みをすべく休日の繁華街へと繰り出したのである。
「いやー……私が仕事してる時にもね、2時とか3時とかの真昼間に、缶ビール一本とお惣菜の串もの一本とかを買っていく人がいるんだよね。まぁ、大体おじさんなんだけど」
「それは今から飲みますって感じの組み合わせだね……」
「こっちは仕事してる最中に、見るからにいまから一杯やるぜ~って組み合わせを見せつけられながらレジを打つの。私、どんな気分だと思う?」
「殺すぞ?」
「殺さないよ。なんでいきなり殺意向けるの?」
「いや……憎いかなって……」
「笹瀬の中の私、蛮族過ぎる……。いや、普通に羨ましいな~って思ってたんだよね。良い天気の平日の真昼間にさ、ベンチなんかに座っちゃって、ぼーっとしながらビールとつまみで一杯やるなんて……こう、贅沢~って言うか、自由だなぁ~~~~って。いいな~~~~って」
「……………」
「……え。なに、その目は……?」
「いや、別に……」
詩乃は、歌織が昼飲みに憧れた理由にやたらおっさんが昼飲みしている姿を見て……と言う例を挙げるものだから、この人単におっさんが好きなのでは?という疑いを持ちながらも、その言葉は飲みこんだ。
「それより笹瀬も、なんで餃子? 好きだったっけ?」
「そりゃあ、笹瀬ちゃんは餃子日本一の街に生まれた女ですからね! こっちの餃子がいかなほどのものか、お手並み拝見ってやつですよ」
にひっと目を細めて笑う。
「え、何そう言う感じなの。いや、私も餃子は好きだから良いんだけどさ。……あ、ちなみに私の地元は三位だったねぇ」
「ふふふ」
「何勝ち誇ってんの。…あれ要するに消費量でしょ? 単に餃子大好き人間がどれだけいるかランキングじゃん!?」
「ふふふふふ。でも、美味しいよ? 浜松の餃子は。かおりんにも食べさせてあげたいなぁ????」
「宇都宮の餃子も美味しかったよ? 駅の近くにもお店沢山あるし」
「………」
「………」
「………」
ドヤ顔の詩乃と、ジト目の歌織。
二人の間には微妙な沈黙が流れるが、お互いにこれが不毛な戦いであるということもわかっていた。
「……まぁ、今日は別に浜松餃子でも宇都宮餃子でもないんだけども……!」
「んむ!とにかく美味しければヨシ!!」
そんな風に、お互い普段は別に地元愛を熱く語るタイプでも何でもない癖に、何となく火花を散らしたりもしつつ、目的の店へとやって来た二人。
詩乃が調べてやって来たジャンボ餃子の店は、ラーメン屋でも飲み屋でもなくそのどちらでもある……と言うような……所謂、町中華の店であるようだった。
要するに酒もラーメンも出て来るし、定食も出て来る!と言う場所だ。
時刻は13時を過ぎた辺り。
あまり広くない店内には、既に酒を飲み始めている数人の男性たちが、テーブル席からテレビのスポーツ中継を眺めながら盛り上がっている様子だった。
カウンター席には食事をとっている青年や女性の姿もぽつぽつ見える。
「そちらの席どうぞー」
丁度開いていたカウンター席の隅に案内された二人は並んで椅子に腰を下ろし、メニュー表を開く。
一緒にそれを覗き込みながら、今日のセットリストを吟味するのである。
「まずはジャンボ餃子ね。一皿6個セットかぁ……どうする?2個頼んじゃう?」
「……あー……いや、他のおつまみも食べてみたいから、二人で一緒に食べない? 色々食べたい……」
「おっけー! じゃあ、他のは何頼もっか」
「あ、私、コーンの天ぷら食べたい!」
「頼もう頼もう。……あ、あとお酒お酒!」
「そうだ。えーと……餃子には何がいいかな。やっぱりビール?」
「別に決まってる訳じゃないし、好きなの飲めばいいと思うよ~」
「……えー……それなら、レモンサワーも合いそうだけどー……って、この紹興酒ってなんだろ。笹瀬飲んだことある?」
「名前は知ってたけど飲んだことは無いな~。飲んでみちゃう?」
「飲む!!」
こくこくと興味津々に頷く歌織の様子に詩乃も笑う。
「よーし、それじゃあ初紹興酒行ったろー!!! あ、すみませーん! 注文お願いしまーす!」
紹興酒と言うのは、中国の酒分類上での醸造酒を長年熟成させたものの中で、さらに「浙江省紹興で造られるもの」に限って名乗ることが出来るお酒であると言う。
「シャンパンみたいな感じなんだね。あれもシャンパーニュ地方で造ったものだけが名乗れる~とかだったよね」
「そうそう。そういうのみたい」
そんな風にスマホで紹興酒について調べたりしているうちに、目の前にはお酒と餃子が到着する。
想像以上に大きな……通常食べている餃子と比べると二倍にも三倍にも見える大きさの見事なジャンボ餃子と、ウーロン茶のような…ストレートの紅茶のような濃い茶色の液体の注がれたグラスだ。
「こ、これがジャンボ餃子……そして、紹興酒……」
餃子の大きさにも圧倒されるが、紹興酒の方もなかなかに強い存在感で二人を気圧していた。
「……なんだ……なんだ、この……この匂いは……」
クンクンと顔を寄せて匂いを嗅いでみると、少しすえたようなにおいがする。
「……独特……」
その独特の匂いに、歌織も詩乃も思わず少し眉を顰める。
(……だ、大丈夫かな。……これ……薬用酒とかそう言う感じ……?)
恐る恐る口へとグラスをつけて一口飲んでみる。
「……!!?」
まずは衝撃。
濃い。
なんらかの濃厚さに面食らう。
「え、なに、なに、これ、この味は」
「………」
「……なんかこう……苦…甘…辛……いや、なんか紅茶のような…いや、中国茶…?…いや、お薬っぽいような味もあって………」
「何だか凄く複雑な風味……が、ある……ね、これ……」
「……不味くはない…。………不味いとは違う……。ただ、未知の味過ぎて、美味しいのかどうか身体が判断しかねている……」
二人して眉間に皺を寄せながら一口、また一口とグラスを口へ運んでは、うーん……と唸る。
その合間、ジャンボ餃子へと箸を伸ばし、その名の通りジャンボな餃子を口に放り込む。
「んぐ……。あちっ、あひっ、ふへ」
焼きたての餃子からじゅわっと肉汁が溢れ出して、思わず落としそうになるのを必死に堪える。
「あっつ……、美味し…………」
確実に一口で丸々一つを頬張れないサイズだ。
半分を必死で口に収めて、もぐもぐと咀嚼すれば、野菜の旨みと甘みがじわじわと口の中に広がって行くような美味しさを感じる。
タレをかけなくてもしっかりと味がついていて十分に美味しいのだ。
たっぷりの食べ応えが、美味しさが物理的にも口から溢れんばかりになっている。
「………」
餃子を口に運んでもぐもぐさせてから、再び紹興酒のグラスを手に取って一口、口の中へと流し込む。
「………」
再び口の中に味覚を複雑に刺激する味が広がる。
…が、ただ複雑なだけではない。
口の中に残る餃子の油っぽさを包み込んでゆるやかに解けていくような、混ざり合って優しく溶けて行くような……複雑な味なのに、口に残る後味が妙にすっきりとするような、不思議な感覚を覚えた。
「あ、あれ……? …なんか…」
「………………」
「………普通に美味しい気がして来た……」
ちらと歌織が詩乃を見れば、真顔で紹興酒を煽っているし、皿の上のジャンボ餃子も殆ど残っていない。
歌織は自分が食べる速度が速い方だと思っていたのだが、詩乃と出会ってその考えを改めるようになっていた。
普段は自分とそんなに変わらない早さで物を食べる詩乃だったが、彼女は自分の好物を食べる時はことさら食べる速度が速いのだ。
ちょっと目を離して視線を戻すと一瞬で消えた!?みたいに思えるくらいの速度なのである。
(……餃子、大分気に入ったんだなぁ……お酒も……)
詩乃は難しい顔をしながらも、ぐいぐい酒を煽り、餃子をパクパク平らげている。
恐らく歌織自身も同じような顔をしているのだろう。
味の衝撃で忘れかけていたが紹興酒は間違いなく酒である。
ぐいぐい飲んでいるうちに、顔にほんわりと熱を感じ始めているし、頭もふわふわと気持ち良く酔っぱらってきている。
テレビから聞こえてくるスポーツ中継の声も、それを見てわいわい騒いでいる男性客たちの声も、程よく心地よい喧騒に感じる。
未だ明るい昼のうちから、お酒を飲んでこんな風に夢見心地に酔っぱらって、美味しいものを食べながらのんびり過ごす。
知らない味覚に驚き戸惑い、和解してその良さを知る。
これこそ歌織が望んだ"贅沢"と"自由"そのものだった。
歌織がそう言いだしたのはラーメンスタンプラリーのノルマを達成して間もなくで、詩乃が次の日曜に何処か遊びに行かない?なんて誘いをした時だった。
「昼飲み?」
「うん、昼飲み。味噌ラーメンのお店で、カウンター席で昼からお酒飲んでるおじさんがいてさ。なんか良いなぁって思ったんだよね……。私もアレやりたいなって」
そんな人いたっけ……なんて、詩乃はラーメン屋での風景を思い出しながら首を傾ける。
確かにいたかも知れない。
いたような気もする。
けれど、そんなに憧れるような光景だったかな?と言う疑問は残る。
「昼飲みは構わないけど、ラーメン屋で飲みたいってこと?」
「……それも良いんだけど、客の回転が速いようなお店でのんびり飲むと迷惑がられそうで怖いし、あんまり大急ぎで飲むのは嫌だから、別にラーメン屋じゃなくてもいいんだけど……」
昼飲みがしたいと言った歌織だが、具体的にどういう場所なら昼飲みが出来るのか……と言うことを知らなかった。
それこそ昼からやっている居酒屋はあるし、今どきはファミレスでも酒は置いているし、それも悪くはないけれど……、折角の”昼飲み”で"いつも通り"ではちょっと面白く無いかも……?
なんて、そんな風に考え込む歌織に、詩乃が何かを思いついたと言う顔をして、ピンと立てた人差し指を立てる。
「あ、それなら餃子。餃子食べに行こうよ。ジャンボ餃子!!」
「ジャンボ餃子!???」
そんな訳で、二人の夢と希望を乗せて、二人はジャンボ餃子で昼飲みをすべく休日の繁華街へと繰り出したのである。
「いやー……私が仕事してる時にもね、2時とか3時とかの真昼間に、缶ビール一本とお惣菜の串もの一本とかを買っていく人がいるんだよね。まぁ、大体おじさんなんだけど」
「それは今から飲みますって感じの組み合わせだね……」
「こっちは仕事してる最中に、見るからにいまから一杯やるぜ~って組み合わせを見せつけられながらレジを打つの。私、どんな気分だと思う?」
「殺すぞ?」
「殺さないよ。なんでいきなり殺意向けるの?」
「いや……憎いかなって……」
「笹瀬の中の私、蛮族過ぎる……。いや、普通に羨ましいな~って思ってたんだよね。良い天気の平日の真昼間にさ、ベンチなんかに座っちゃって、ぼーっとしながらビールとつまみで一杯やるなんて……こう、贅沢~って言うか、自由だなぁ~~~~って。いいな~~~~って」
「……………」
「……え。なに、その目は……?」
「いや、別に……」
詩乃は、歌織が昼飲みに憧れた理由にやたらおっさんが昼飲みしている姿を見て……と言う例を挙げるものだから、この人単におっさんが好きなのでは?という疑いを持ちながらも、その言葉は飲みこんだ。
「それより笹瀬も、なんで餃子? 好きだったっけ?」
「そりゃあ、笹瀬ちゃんは餃子日本一の街に生まれた女ですからね! こっちの餃子がいかなほどのものか、お手並み拝見ってやつですよ」
にひっと目を細めて笑う。
「え、何そう言う感じなの。いや、私も餃子は好きだから良いんだけどさ。……あ、ちなみに私の地元は三位だったねぇ」
「ふふふ」
「何勝ち誇ってんの。…あれ要するに消費量でしょ? 単に餃子大好き人間がどれだけいるかランキングじゃん!?」
「ふふふふふ。でも、美味しいよ? 浜松の餃子は。かおりんにも食べさせてあげたいなぁ????」
「宇都宮の餃子も美味しかったよ? 駅の近くにもお店沢山あるし」
「………」
「………」
「………」
ドヤ顔の詩乃と、ジト目の歌織。
二人の間には微妙な沈黙が流れるが、お互いにこれが不毛な戦いであるということもわかっていた。
「……まぁ、今日は別に浜松餃子でも宇都宮餃子でもないんだけども……!」
「んむ!とにかく美味しければヨシ!!」
そんな風に、お互い普段は別に地元愛を熱く語るタイプでも何でもない癖に、何となく火花を散らしたりもしつつ、目的の店へとやって来た二人。
詩乃が調べてやって来たジャンボ餃子の店は、ラーメン屋でも飲み屋でもなくそのどちらでもある……と言うような……所謂、町中華の店であるようだった。
要するに酒もラーメンも出て来るし、定食も出て来る!と言う場所だ。
時刻は13時を過ぎた辺り。
あまり広くない店内には、既に酒を飲み始めている数人の男性たちが、テーブル席からテレビのスポーツ中継を眺めながら盛り上がっている様子だった。
カウンター席には食事をとっている青年や女性の姿もぽつぽつ見える。
「そちらの席どうぞー」
丁度開いていたカウンター席の隅に案内された二人は並んで椅子に腰を下ろし、メニュー表を開く。
一緒にそれを覗き込みながら、今日のセットリストを吟味するのである。
「まずはジャンボ餃子ね。一皿6個セットかぁ……どうする?2個頼んじゃう?」
「……あー……いや、他のおつまみも食べてみたいから、二人で一緒に食べない? 色々食べたい……」
「おっけー! じゃあ、他のは何頼もっか」
「あ、私、コーンの天ぷら食べたい!」
「頼もう頼もう。……あ、あとお酒お酒!」
「そうだ。えーと……餃子には何がいいかな。やっぱりビール?」
「別に決まってる訳じゃないし、好きなの飲めばいいと思うよ~」
「……えー……それなら、レモンサワーも合いそうだけどー……って、この紹興酒ってなんだろ。笹瀬飲んだことある?」
「名前は知ってたけど飲んだことは無いな~。飲んでみちゃう?」
「飲む!!」
こくこくと興味津々に頷く歌織の様子に詩乃も笑う。
「よーし、それじゃあ初紹興酒行ったろー!!! あ、すみませーん! 注文お願いしまーす!」
紹興酒と言うのは、中国の酒分類上での醸造酒を長年熟成させたものの中で、さらに「浙江省紹興で造られるもの」に限って名乗ることが出来るお酒であると言う。
「シャンパンみたいな感じなんだね。あれもシャンパーニュ地方で造ったものだけが名乗れる~とかだったよね」
「そうそう。そういうのみたい」
そんな風にスマホで紹興酒について調べたりしているうちに、目の前にはお酒と餃子が到着する。
想像以上に大きな……通常食べている餃子と比べると二倍にも三倍にも見える大きさの見事なジャンボ餃子と、ウーロン茶のような…ストレートの紅茶のような濃い茶色の液体の注がれたグラスだ。
「こ、これがジャンボ餃子……そして、紹興酒……」
餃子の大きさにも圧倒されるが、紹興酒の方もなかなかに強い存在感で二人を気圧していた。
「……なんだ……なんだ、この……この匂いは……」
クンクンと顔を寄せて匂いを嗅いでみると、少しすえたようなにおいがする。
「……独特……」
その独特の匂いに、歌織も詩乃も思わず少し眉を顰める。
(……だ、大丈夫かな。……これ……薬用酒とかそう言う感じ……?)
恐る恐る口へとグラスをつけて一口飲んでみる。
「……!!?」
まずは衝撃。
濃い。
なんらかの濃厚さに面食らう。
「え、なに、なに、これ、この味は」
「………」
「……なんかこう……苦…甘…辛……いや、なんか紅茶のような…いや、中国茶…?…いや、お薬っぽいような味もあって………」
「何だか凄く複雑な風味……が、ある……ね、これ……」
「……不味くはない…。………不味いとは違う……。ただ、未知の味過ぎて、美味しいのかどうか身体が判断しかねている……」
二人して眉間に皺を寄せながら一口、また一口とグラスを口へ運んでは、うーん……と唸る。
その合間、ジャンボ餃子へと箸を伸ばし、その名の通りジャンボな餃子を口に放り込む。
「んぐ……。あちっ、あひっ、ふへ」
焼きたての餃子からじゅわっと肉汁が溢れ出して、思わず落としそうになるのを必死に堪える。
「あっつ……、美味し…………」
確実に一口で丸々一つを頬張れないサイズだ。
半分を必死で口に収めて、もぐもぐと咀嚼すれば、野菜の旨みと甘みがじわじわと口の中に広がって行くような美味しさを感じる。
タレをかけなくてもしっかりと味がついていて十分に美味しいのだ。
たっぷりの食べ応えが、美味しさが物理的にも口から溢れんばかりになっている。
「………」
餃子を口に運んでもぐもぐさせてから、再び紹興酒のグラスを手に取って一口、口の中へと流し込む。
「………」
再び口の中に味覚を複雑に刺激する味が広がる。
…が、ただ複雑なだけではない。
口の中に残る餃子の油っぽさを包み込んでゆるやかに解けていくような、混ざり合って優しく溶けて行くような……複雑な味なのに、口に残る後味が妙にすっきりとするような、不思議な感覚を覚えた。
「あ、あれ……? …なんか…」
「………………」
「………普通に美味しい気がして来た……」
ちらと歌織が詩乃を見れば、真顔で紹興酒を煽っているし、皿の上のジャンボ餃子も殆ど残っていない。
歌織は自分が食べる速度が速い方だと思っていたのだが、詩乃と出会ってその考えを改めるようになっていた。
普段は自分とそんなに変わらない早さで物を食べる詩乃だったが、彼女は自分の好物を食べる時はことさら食べる速度が速いのだ。
ちょっと目を離して視線を戻すと一瞬で消えた!?みたいに思えるくらいの速度なのである。
(……餃子、大分気に入ったんだなぁ……お酒も……)
詩乃は難しい顔をしながらも、ぐいぐい酒を煽り、餃子をパクパク平らげている。
恐らく歌織自身も同じような顔をしているのだろう。
味の衝撃で忘れかけていたが紹興酒は間違いなく酒である。
ぐいぐい飲んでいるうちに、顔にほんわりと熱を感じ始めているし、頭もふわふわと気持ち良く酔っぱらってきている。
テレビから聞こえてくるスポーツ中継の声も、それを見てわいわい騒いでいる男性客たちの声も、程よく心地よい喧騒に感じる。
未だ明るい昼のうちから、お酒を飲んでこんな風に夢見心地に酔っぱらって、美味しいものを食べながらのんびり過ごす。
知らない味覚に驚き戸惑い、和解してその良さを知る。
これこそ歌織が望んだ"贅沢"と"自由"そのものだった。
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