飲兵衛女の令和飯タルジア

夜摘

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第7話 ゴールテープは王道札幌味噌ラーメンで

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 ラーメンと一言で言ってもその種類は多種多様であり、今回歌織や詩乃が参加したラーメンスタンプラリー参加店舗でも様々な種類のラーメンが提供されていた。
 歌織が最初に興味を持った鶏白湯に、二軒目で食べた煮干しつけ麺。
 昔ながらの町中華で提供される醤油ラーメンに、定番の塩や味噌は勿論、近年若者人気が高いイメージの家系ラーメンや背油チャッチャ系、とんこつラーメンなら同じとんこつラーメンでも魚介とんこつだったり、チャーシューを山ほど乗せたものだったりetcetc…。

「……美味しいけど、あまりにも油ギットギトでこってりしたのは、後で胃に来るね、コレ……」

「……歳って悲しいねぇ……」

 炭火の芳ばしい香りがたまらない山ほどのチャーシューに一瞬はテンションが上がるも、次第に苦しくなってしまい、己の限界を知ることとなったり

「さっぱりしてて食べやすいラーメンだけど、刻みネギが辛くて口の中が痛くなったな……」

 なんてことがあったり。

「うわあ……すごっ……スープがどろっどろだっ!! うぉお……これは濃厚……」

 なんてこともあったり……。

「ちょっと変わったラーメンも良いけど、ちっちゃいなるとがちょこんと乗ってる昔ながら~……って、シンプルなラーメンも何だか懐かしい感じがして良いよね…」

「わかる……。……胃にも優しい気がする……」

 なるととメンマ、海苔、ほうれん草に刻んだネギ。中太の縮れ麺。
 想像を飛び越えると言うことはないが、頭に思い浮かぶままの美味しさが期待通りに口の中に広がる安心感。
 同時に、思い出すのはまだ幼かった頃、父親に連れられて行った今では店名すら思い出せないラーメン屋だ。

(あの頃は、別に美味しいとも美味しくないとも考えたことなかったけど……)

 こんな風に不意に記憶が蘇ってくると言うのは、自分の中で嫌な思い出ではなかったんだなぁ……なんて考えて妙にしみじみした気持ちになったり。

 そんな風に一喜一憂と不意に襲い来るノスタルジーを噛みしめながら楽しんだスタンプラリーも、一応のゴールである7軒目に赴くことになった。
 最後の店舗に選んだのは、北海道から仕入れている味噌や麺を使っているという札幌味噌ラーメンのお店だ。

「そう言えば、案外お外で味噌ラーメンって食べないかも」

 本日は下北沢の古着屋で仕入れたというミリタリーテイストのジャケットを羽織って得意げにしている詩乃が、唇に人差し指を当てながら呟く。

「そうなんだよね。袋麺なんかではたまに食べたりもするんだけど、食べに行くとなるとそう言えば、あんまり食べたことなかったかもって思って」

 ラーメンと言えば、醤油か?味噌か?塩か?みたいにド定番な選択肢のイメージがあるのに、実際に生活圏内にあるラーメン屋を考えると、家系だとかとんこつだとか、最近だとつけ麺とかそういう店が多い気がする。
 もちろん流行り廃りが激しい業界ではあるから、最近の傾向でそうなってるだけには違いないのだけど。

「だから、一応のゴールはこういう店もいいかなって」

 時間は11時を少し過ぎた頃。
 最初にこの街に来た時と同じくらいに駅に到着し、駅から徒歩10分と書かれていた店へと向かう。
 この頃になるともう開店と同時に入店でも恥ずかしいともなんとも思わなくなっているから、慣れと言うのは恐ろしいものである。

「いらっしゃいませ~。カウンター席どうぞ~」

 元気のいい奥さんの声で、丁度二つだけ空いているカウンター席に通される歌織と詩乃。
 開店時間からそう時間は経っていないはずなのに、店内は既に一杯で、歌織は面食らった。
 思わずスマホの時間を確認してしまう。
 開店して間もなくのはずなのに、ほぼ満席……と言うことは、ここにいる客の殆どは開店と同時に入店しているということになる訳で……。
 ちらちら店内の様子を伺ってみれば、小学生くらいの子供を連れた親子連れだったり、高校生くらいのカップルだったり、隣の席に座っているのは50~60歳くらいの男性と様々だ。

(…客層も老若男女って感じだし……。この近所の人たちっぽいなぁ……)

 もしかしたら自分たちのようにスタンプラリーで訪れている客もいるのかも知れないが、なんとなく地域密着型のお店ってやつなのかな?と感じさせる客層だ。
 ……とは言え、別に一見さんだと冷たく扱われるなんてことも無く、丁寧な接客に安堵したりもする。

「……えっと、私は味噌バターコーンラーメンお願いします」

「あ、私も同じのを!」

 人の良さそうな笑顔で注文を受けてくれた奥さんからお水を貰って、ラーメンの到着を待ちながら、待ちきれない様子で詩乃が歌織に話しかける。

「これでスタンプラリーも終わりだけど……結構楽しかったよね」

「……ん。笹瀬も楽しかったなら良かった。……結構毎回お腹いっぱいでヒーヒーになってたし」

「それはかおりんの方でしょ……!!…ほら、普段あんまり食べないようなラーメンも食べられたしさ」

「こういう機会がないと出会えなかったお店を見つけられたのは良かったよね」

 まだ最後の1杯が残っているとはいえ、既に感想戦に突入している二人だったが、歌織の視線がふと、隣の席に座っているおじさんのテーブルへと釘付けになった。
 そこに乗っているのはラーメンではなかったのである。
 一皿の焼き餃子と、ビールの瓶だ。

(……昼飲み!!!!)

 酒が提供されるラーメン店ないし町中華の店があることは把握していた。
 けれど、実際にはあまりお酒を飲む場所と言うイメージがなかった歌織は、これに妙に衝撃を受けてしまった。
 透明の簡素なコップに、手酌でビールをとくとくと注いで、ぐいっと飲み干す男性を何となく羨望の眼差しで見てしまっていたんだろう。

(……ちょっと良いな。あれ……)

 真昼間から賑やかなラーメン屋の片隅でビールを傾けるその姿に、とてつもない"贅"と"自由"を感じてしまった。
 そんな風に意識を"昼飲み"に持っていかれかけた歌織だったが、不意に耳に飛び込んできた元気な声と良い香りに一気に意識を引き戻された。

「お待たせしました。味噌バタコーンです」

 目の前には温かみのあるオレンジ色の味噌ラーメンが置かれている。
 鼻を擽るのはコクのあるバターと味噌、そしてほんのりコーンの甘い香りだ。

「わ。美味しそうだね……。頂きます~!!」

「頂きます…!」

 歌織の口の中には思わずじわりと唾液が沸いてきた感覚があったし、詩乃の声も弾んでいる。
 当然歌織も待ちきれない思いで割り箸を割って、早速食べ始めることにした。

 まずレンゲでスープを一口。
 複数の味噌で作られたと言う合わせ味噌のスープはしっかり濃厚で、そのせいもあるのか味も複雑だ。
 そこにバターとコーンの甘みが加わって、心地の良い滑らかでクリーミーな味を生み出している。

「……美味し……。……麺もぷりぷりしてて食べやすいねぇ」

「うんうん。……でもやっぱりスープが良いな…。味噌が濃いけど、しょっぱ過ぎないし……」

「こんなのスープ全部飲んじゃうよねぇ~」

 そう言いながら、もう既にどんぶりを両手に抱えている詩乃を横目に、歌織も夢中になってラーメンを啜っていた。
 麺と一緒にアツアツのスープが喉を通り抜け、体の芯まで暖まって行く感覚が堪らない。

「美味しいものを食べてる時って、幸せ~! って感じするよね……」

 はふー…と大きく感嘆のため息を零す歌織。
 横を見れば詩乃も満足そうな顔をしている。
 二人は大きな満足感に包まれながら、会計を済ませ店を後にしたのだった。
 その際に、店の入り口には数人の行列が出来ていて、店の人気を再確認したりもした。



「…いやー……良かったね~! 美味しかった~!」

 先に話し出したのは詩乃だ。
 自分のお腹をぽんぽんと叩きながら、満足そうに話し出す。

「私、札幌でラーメンを食べたことはないんだけど、不思議と懐かしい気持ちになっちゃったよね……」

「あはは。わかる。別に懐かしい訳じゃないのに、懐かしい感じ……!!」

 麺がスープに良く絡んで良かった……とか、コーンの甘みが思ったよりも良い感じに効いててびっくりしただとか、興奮冷めやらぬ調子で二人わいわいと感想戦を繰り広げながら駅前方面へと戻る。
 その道中、スマホに貯まったスタンプを確認して、特設サイトからお肉詰め合わせセットの抽選に応募しておくことも忘れない。

「……あ、アンケートに答えるんだ。一番良かったお店とその理由……だって、どうしようかな~~~?」

「……うーん……、悩む……。今の店も凄く良かったし……。でも、鶏白湯も………」

「私は、こないだ行ったあそこも良かったなぁ~」

 数週間と言う間に、これまでに信じられないくらいに沢山のラーメンを食べた。
 胃がはち切れんばかりになってもう何も食べたくないとなるほどに苦しむこともあったけれど、振り返ってみれば楽しい旅だったという満足感に満たされていた。

「これでギフトセットも当たったら最高なんだけど」

 アンケートの回答を終え、送信を済ませた二人は駅前へと戻る道を歩きながら、今日はこの後どうしようか~なんて話しを続けて行く。
 お腹こそ一杯だが、お疲れさまでした~で解散してしまうにはまだ時間も早い。
 ラーメン目当てとは言え、数週間通って、少しばかり愛着も湧いてきていたこの街で、もう少しぶらぶら過ごすのも悪くないかも?なんて思いも少なからずあったりもして。

「でも、かおりんが元気になったみたいで良かったよ~。誘ってくれた時はなんか疲れた顔してたしね~」

「え? そう?」

「そうだよ。だから息抜きになったなら良かった」

 ひどい話ではあるが、歌織は詩乃のことを至極マイペースで、何かの判断基準も自分の好奇心一つであり、周りの人に左右されたりなんかしないタイプだと決めつけていた。
 彼女がそんな風に自分の状態に気を配ってくれているなんて思っても見なかったのだ。
 だからこそ 心配してくれていたなんて事実に酷くびっくりした。

「……え、あ、なんか……ごめん……? ……いや、ありがと……?」

 歌織は何だか妙に動揺してしまって、思わず立ち止まった上に、返答が疑問形になってしまう。
 その様子に詩乃は大げさに頬を膨らませてぷんぷんと怒ったようなふりをする。

「なにその顔ー? 笹瀬ちゃんのことなんだと思ってるのかな~?」
 
「……えーと……、自由人?」

「は~い!! 心優しい自由人です~~~~!! って、そうじゃなくてぇ……」

 つい冗談で茶化してしまったけれど、自由人でもそうでなくても、彼女が自分の無茶ぶりに付き合ってくれて、一緒に楽しんでくれたのは確かで。
 お腹はいっぱいなのに、気持ちの方はなんだか少し軽くなったような気がした。
 ただ、そんなことを相手に伝えるのはなんだか気恥ずかしくて、歌織は誤魔化すように笑って歩き出す。

「あはは。じゃあ、お礼も兼ねて夜は飲んで帰ろっか。今日は飲みに行こうよ」

 そう歌織が提案すると、詩乃が楽しそうに目を細めて笑う。
 楽しい食の旅はまだまだ終わらない。
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