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018 『4時限目 毒と効用』
しおりを挟む昼間は別々に過ごすかと言うとそんなことはなかった。
アリシアは時々メイドに所用を頼んでいたが、基本王子の自室にいて、まごまごと作業をしていた。昼前に散歩に行き、その他は毒の種類や特徴などを詳しく勉強させられた。
教授だけではなく、事細かく書き取らせて、『毒と対処方』というタイトルを付けて纏めろとまで言ってきた。
白紙の冊子に書き込んでいき、一冊の本に纏めたら、毎日音読するのだそうだ。
半年も続ければ毒の博士になれそうだと思う。
しかし、これは外せない大切な知識だ。
毒にも種類があり、植物、鉱物、生物等、章に区切って纏めていくらしい。
今日習ったのは植物。
図入り着色入りで作るらしく、これは自然と絵も上手く成らざる得ない。
王子が毒の特徴、生息地、図などを纏めている間、アリシアは何度となく覗き込み、「絵がお上手ですね、色の作り方も重ね方もとても良いセンスをお持ちです」等とずっと褒め続けていた。
良くもそんなに褒める所があるものだ。
今朝はアリシアの自身の事を三つ褒めろと要求されて、しどろもどろになってしまった。
褒めるとはなかなか難しい。
明日褒める所も既に考えて置いた方が良いだろう。
なんせ宿題なのだから。
息を吸うように人を褒める。
アリシアはそんな教師だった。
だからなのだろう。
長時間一緒に過ごしていても、あまりストレスになる事はない。
アリシアが言うには、物を修得する為には、四割講義を聴き、六割は自分で冊子に向かって復習をする必要があるらしい。
毒の講義を三十分受け、四十五分ノートに向かう。
しかし図などを描くとなると一時間から二時間かかる。
アリシアはその間に所用を済ませるのだ。
あんな約束をしたというのに、彼女は淡々としていて、いつもと変わらない。
緊張とか、戸惑いは皆無のようだ。
それもどうなのかと思ってしまう。
男として意識されていないのは確実。
徹頭徹尾生徒であり子供。
年齢は一歳しか変わらないというのにどうだろう。
先程、無理を言って見せて貰った瞳は印象的だった。
金色の瞳を持つ人間。
鷹や蛇も金だろうか。
金色の瞳を持つものの多くは肉食獣。
夜の活動に適した色をなのだろう。
別に忌避感は感じなかった。
歴代の聖女の肖像画は確かに淡紅色だったが。
アリシアの瞳もそうだろうと予想していた。
けれど蓋を開けて吃驚だ。
金貨の色。
イエローダイヤの色。
実際目にしてみれば、それは綺麗な色だった。
花だって。
黄色い花は、儚げで可愛い。
アリシアは、儚いと形容するような人柄ではないが。
眼鏡を取れば、憂い女性だった。
思わず口づけを落としたのは、本人が秘するものを、無理矢理見た事への謝罪と、瞳の色を忌避していない事を伝えたかったからだ。
ちゃんと伝わっただろうか?
綺麗な色だと思った事を。
陽が沈むまで、王子はトリカブトという植物の図を描いていた。
トリカブトはアルカロイドという毒種なのだそうだ。
アルカロイドとは何だと聞いたが、前世の言葉だという事だ。
言葉そのものを単純暗記するよりないらしい。
二ミリから六ミリ摂取で致死量。
摂取のち十分から二十分で発病し、唇の痺れ、手足の痺れに始まり、最後は呼吸中枢麻痺により死亡。
こんなことを書いていると、全身に毒が回っていく感覚を思い出す。
思い出したくも無いのに、思い出さずに毒の勉強が出来ない。
困ったなと思う。
息苦しくなった頃、自分の手にアリシアの手が重ねられた。
「散歩に行きましょうか」
そう誘ってくれた。
また彼女に手を引かれ、庭を散歩する。
夕焼けが綺麗で、涼しい風が吹いていた。
いつだって。
生きて行くのはなかなか難儀なのだなと思う。
彼女に手を引かれている間だけは、真っ黒な思考に飲み込まれそうにならないから。
この手を繋ぐという行為も大切なことなのだろうと、ボンヤリと考える。
じゃあ。
夜は。
手だけでは無く、体を重ねるのだろうか?
もう夜は、直ぐそこにある。
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