やる気ゼロの聖女は、やる気ゼロの王子に溺愛される。

日向雪

文字の大きさ
上 下
16 / 22

016 『口移し2』

しおりを挟む




 食べ終わったのを見計らって、ソファーに移る。





「隣に座れ」



「はい」





 アリシアは逆らう事無く素直に従った。





「取るぞ」



「自分で取れます」



「取りたいから取る」



「ルーイ様。欲望が生まれたのですね。宜しゅう御座いました」





 アリシアは嬉しそうにエプロンドレスからハンカチを取り出した。





「さあ、涙を拭く準備は出来ました。お取り下さい」





 確かに些細な事だが毒を盛られた後、初めて出来た欲望かも知れない。

 子供染みた好奇心だが。





 そっと眼鏡に手を伸ばす。





「ちなみに、この眼鏡を取り、真実を知ってしまったら、後戻りは出来ませんよ?」



「とっくに真実は知っているつもりだが」



「確かに。私が聖女だと知っていますものね。失うものは何もありません。どうぞやっちゃって下さい」





 顔の半分は覆っているだろう眼鏡をゆっくり外すと、聖女殿は俯いていた。

 眼鏡を取ればはっきりと分かる。

 やはりこの女性は二十代半ばくらいだ。





 俯いていた瞳を上げると初めて目が合った。

 金色の瞳。

 野獣の目。





「気持ち悪いですか?」



「………」



「聖女の瞳は多種色だといわれています。先代は薄紅色でした。私はこのような色で生まれました」



「そうか」





 人間で金の瞳の個体はいない。

 黒猫や黒豹がこのような色をしている。





 王子は悪い事をしたような気分になった。

 そしてそっとアリシアの顔に手を添える。





「歳は幾つだ」



「十八ですよ」



「そうは見えない」



「幼少期に聖女の力を使い過ぎ、七歳多く歳を取りました」



「どういう事だ」



「生きている年齢は十八年ですが、肉体年齢は二十五歳位という事でしょうか」



「聖女の力を行使し過ぎたのか」



「ええ。誰も教えてはくれませんでした。力を使い過ぎると老化するだなんて」







 王子は初めてこの変わり者の娘を哀れだと思った。

 言われるがままに力を使い過ぎ、寿命を七年も縮めてしまった現代の聖女。





「昨日、力を使わせて悪かったな」



「いいえ。寿命には一秒減にも満たしません」



「そうなのか」



「そうですよ」



「どんな境遇で力を使っていたのだ?」



「手足を鎖で繋がれて、牢屋に入れられていました。来る人来る人全てに力を使っていました。一日千人くらい診ていましたよ?」



「凄い量だな」



「ええ。寝る時間以外は一分に一人くらい診ていましたね」



「おかしくなりそうだな」



「ええ。おかしくなりましたね」



 アリシアの表情は変わらない。



「父と母は莫大な財産を気築きました。そうして私がぼろぼろになり、聖力を失った事を確認すると、隣国にとんずらしましたね」



「逞しい親だな」



「確かに大変な逞しさですよね」



「力は失っていないようだが」



「辺境伯に拾って頂き、休んだら戻りました」



「それは親御さんは損をしたな」



「そうですね」





 そう言ってアリシアは笑った。





「金貨に似ている」



「?」



「アリシアの瞳は金貨に似ているな」



「そんなことを言われたのは初めてです」



「そうか」



「金貨は大好きです」



「そうだろうな」



 このお金が大好きな家庭教師に、似合いの色だと思う。



「縁があるといいな」



「はい」





 金貨の事を考えてか、アリシアが子供のように笑った。









 ふとその瞳に王子は口づけを落とした。





「え?」



「え?」 




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

絶対にイタしません!

Nixe(ニクセ)
ファンタジー
気付いた時には、王様の側室になっていた!? 表紙が擦り切れるほどに読み込んだ大好きな小説の世界。不慮の事故により前世で命を落とした主人公は、気付いた時にはその小説の世界で王様の側室に転生していた。しかし、この世界での配役は懐妊直後に正妃に毒殺されるだけのモブの側室だった。 ――このままもう一度死ぬなんて、絶対に嫌! 死を回避するために彼女が思いついた作戦が、懐妊を避けるために王様とイタさないこと。でも、目の前に居るのは、大好きな大好きな王様。その彼に愛されない努力をするという、苦悩の日々が幕を開ける――! ※こちらの作品はpixiv・小説家になろうにも投稿しています。表現としてはとても温いと思うのですが、そういう展開も書かれておりますので、ご注意ください。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

処理中です...