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005 『聖女の理念』
しおりを挟む聖女であるアリシアは身を隠していた。
聖女と知っているのは自分以外には辺境伯だけ。
そして今新たに追加されたのが、この国の第一王子だ。
クリスティアンの第一王子は、王と王妃の間に生まれた第一王位継承者だ。
いかにも、悪意を向けられそうな立場ではないか?
アリシアは前世でも今世でも、決して生徒に博愛主義は教えなかった。
『博愛主義』とは?
辞書で調べるとこんな感じだ。
『個人的利己心、国家的利益、宗教的または政治的利益を捨て人類全体の為に平等に相愛すべきという主張』
素晴らしい考え方だとは思う。
平等と相愛。
理想とする現実だ。
しかしーー
取り違えに注意しなければならない、危うい価値観だ。
取り違えれば、いつでも破綻が忍び寄ってくる。
他人を大切にしましょう。
他国を大切にしましょう。
他者の宗教を大切にしましょう。
他人のイデオロギーに敬意を払いましょう。
決して。
自分を後回しにしましょう。
自国より他国を優先しましょう。
自分の宗教を曲げましょう。
自分のイデオロギーを過小評価しましょう。
という事では無い。
けれど。
人はさじ加減を間違えやすい。
自分と他人の天秤が、バランスの取れた状態ならばまだ良いけれど、他人に傾きだした時、幸せは音を立てて崩れて行く。
聖女であるアリシアもそう判断し、前世である全年齢対象のチート教師もそう判断していた。
博愛主義を教えて幸せになった子供はいない。
どちらかというと自分の気持ちを押し殺して苦しむ。
『聖女』とは博愛主義の代表選手だと思う。
博愛主義の隣には、自己犠牲の理念が存在するのだが、博愛主義と自己犠牲に囚われた聖女の行く末など、地獄絵図だ。
自分の聖力を使い果たして、若くして衰弱死。
生きるためのエネルギーを全て他人に与え続けるが故、エネルギーが枯渇する。
先代の聖女も先々代の聖女も、美しい女性であったが、二十代で老婆になり枯れ木のように痩せ細って死んだという。
恐ろしい。
それが聖女の役目。
それが聖女の幸せ。
己を犠牲にして老婆になることが幸福という価値観は正に聖女だ。
美談。美談過ぎて泣けてくる。
アリシアの前世は生徒ファースト主義の教師だったので、他人優先主義は教えなかった。
教師とは何か?
子供が幸せな未来を送る為に、必要な情報を与える人間だ。
幸せな未来を送る為に必要な情報とは何だ?
それは自分の体を大切にする知識と習慣。
大切な人を大切にする習慣。
そして得意な事を仕事に変える方法だ。
ぶっちゃけそんな所が基礎理論。
もちろん子供によって応用を利かせる必要は有るけれど。
基本はそこ。
だから。
『幸せになる方法』は得意分野なんですよ?
王子様。
このハイスペック教師に出会えて幸運でしたね。
明日から一緒に幸せに向かって歩いて行きましょう。
この一介の教師が道案内を致しましょう。
死にかけの王子様。
きっと幸せになって下さいね。
その後に、『死なない方法』を伝授しましょうか。
こちらは知識と反射訓練なので、確実に手に出来ますよ?
アリシアは心の中でくつくつと笑った。
ええ。もちろん聖女には見えません。
聖女として生きる気はありません。
分厚いメガネを掛けて生きて行こうと思います。
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