上 下
4 / 22

004 『引退を決意した王子』

しおりを挟む



    

 お金の話をすると、目をキラキラさせて饒舌になる娘を見ていた。
 このクリスティアン王国に数多いる茶色の髪をしている。
 金髪から琥珀まで、髪の色は多岐に渡るが、彼女のような髪色をした国民が一番多くをしめている。


 古の聖女の肖像画は、真珠色の髪に珊瑚色の瞳をしていたが、虚像だったのだろうか。


 アリシアと自己紹介した彼女は、分厚いメガネを掛けていて、瞳の奥までは確認出来ない。
 おそらくは髪色から類推して琥珀であろう。


 伯爵の話で歳の頃は十八と言っていたか。
 野暮ったい見かけの所為か、二十五歳くらいに見える。
 十七歳の王子より年上だ。


 この歳でカリスマ教師と言った所でたかが知れているはず。
 辺境伯が信頼を置いて自らの子を任せているという事実があるだけだ。


「ところで第一王子様に置かれましては、この一介の教師に何を御学びになりたいのでしょう?」


 何を学ぶか?


 学びたいものなど何も無い。
 語学から経済学、法学、音楽、絵画。
 全てのものを学んで来たのだから。


 しかし、今までの学問は自分の為に学んだとは言い難い。
 国のため。
 王子としての責務のため。


 そしてその果ての毒殺未遂だ。
 洒落にならない現実だと思う。


 王子は自嘲気味に笑った。
 世の中、頑張った所で先のない事だ。


 それが現実というのであるならば、受け入れるしかあるまい。


 金輪際表舞台等に立つ気は無い。
 遊学の末、放蕩を続け、王族として排斥になり、辺境伯の次女でも娶り余生を送ろう。


 そんな程度のプランしか浮かばなかった。


 ここにいるのは療養以外の何ものでも無い。
 辺境伯が退屈凌ぎに話相手を用意すると言っていた。
  その話相手がこの娘なのだろう。


 一つ歳上で、気も使わない程度の相手。
 口止めせずとも、気ままに話せると保証された相手。


 何故なら、彼女は最大のウィークポイントを既にこちらに晒しているのだから。


 『聖女』とは驚いた。
 
 傷が癒えた上に、彼女の秘密も手にした。
 辺境伯が打った、一石二鳥の抜け目ない手だ。


 しかし、そこまでする旨味はあるのだろうか?
 自分の最大の切り札を、引退寸前の王子に提供して?


 純粋な人助けなど、とうに信じてはいないのだから。



 難しいことは考えまい。
 この辺境で、引退王子になると決めたのだから。
 適当に日々をやり過ごそう。



「そうだな。知りたい事はいくつかあるが、一つ目は『死なない方法』二つ目は『幸せになる方法』だ。この二点を教えて貰おうか」


 投げやりに言った。
 そんな方法があるのなら、誰だって知りたいだろう。
 本来そんなものは自分で辿り着くものなのだ。


 抽象過ぎるテーマだ。
 明確な答えが見つかるとも思えない。



 しかし、この辺境に似つかわしくない分厚いメガネを掛けた少女は満面の笑みを浮かべた。


「一番の得意分野です。金貨百枚は貰いました」


 地味な黒いワンピースを着て、メイドのような白いエプロンを着けた少女は、得意気に言い放った。



 少しはその金の亡者的な台詞は控えた方が良いと思う。
 彼女のモチベーションなのだろうが、金が好きすぎるだろ。
 一応一国の王子を目の前にしているのだから、もう少し言いようがあるだろ。



 けれどー


 そんな飾らない遣り取りに新鮮さも感じていた。
 まるでそう、気の置けない友人のような。
 言いたいことを言える関係のような。



 毒を盛られて死にかけた王子と、金の亡者の聖女は意外と馬が合うのだろうか?


 王子はしげしげと聖女を見遣る。
 美女には程遠い。
 背が低く、地味な顔立ちをしている。
 外見からは『聖女』とは想像もつかないだろう。


 どの道。

 選べる事など、そう多くはないのだ。


 この娘を話し相手に、日々を過ごそう。
 退屈じゃなければ、それで良いのだから。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

処理中です...