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十三話 話が長そうですね?

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「凪子は藤原定家ふじわら さだいえが編選した小倉百人一首が好きなのですよね?」

「うん。好きよ。大好き」

 私的には『さだいえ』ではなく『ていか』読みですがね。
 本名は『さだいえ』なのですが『ていか』は公式の愛称です。


 大好きと言い切ったところで微妙な空気になった気がするが気にしないようにする。



 だって、定家が好きと言った訳ではない。

 あくまで百人一首が好きと言ったのだ。





 しかも、他の勅撰和歌集となると、本当に和歌集という躰になる。



 ……素敵な歌は沢山入っていると思うし、なんでこの歌が百人一首からもれたの!?

 なんて思ったりするけど、数は多いし、カルタとして遊べるように作られていない……。



 そう思うと、百人一首への愛が深まる。



 手頃な量。手頃な遊びへの昇華。

 この辺りが重要なのね。



 藤原定家という人は、まあそれは歌の達人よね。



 それで自分の義理の父に小倉山の別荘に張る和歌百首を選ぶように言われた訳だけど……。



 びっくりする程プライベートな出たしだと思わない?



 別荘の襖ふすまに張る歌って……。



 そんな始まりの百首が、千年も後の世で、かるたとして親しまれてるなんて……。



 しかも、式子しょくし内親王という皇女に歌を教えていたのだけど、彼女が作った定家を思う愛の歌をちゃっかり選んでいるあたり、お茶目というか、かわいげがあるというか……。



 普通選ばないわー。



 そして当然自分の歌も載せてます。

 お気に入りの歌をね。



 ここまで来ると、もう酔ってるよね。

 歌と、文化と、美と、才能へ。



 潔さというか、素直というか、生き方がぶれてない。



 普通は自分を押さえたり、謙遜したりするのが美徳とされているから、本心を隠したり自画自賛できなかったりするけど、そういう自分の才能や能力に蓋をするのは少しだけ苦しい。



 けど定家はしない。

 美への冒涜をしない。

 良いものは、自分を思う歌だろうが、自分の歌だろうが、他人の歌だろうが関係ない。



 私はそんな事を考えてにやにやしていると、じと目で瑠佳君が見てくる。


 じとー、じとー、と視線が刺さりまくってますよ。



「それでですね」
「はいはい。それでどうしたんですか?」
「その定家が選んだ百首目の歌、ありますよね」
「ありますね。親子歌の一つですね」


 百首目はあの不幸で暗くて恨み事を言っている後鳥羽さんのお子様の歌だ。


『ももしきや 古き軒端の しのぶにも

なほなおあまりある 昔なりけり』



 この歌は、順徳院じゅんとくいんという天皇陛下の地位にあった人が詠んだ歌なんだけど……。



 宮中(城)は雑草が生い茂っても、生い茂ったまま誰も手入れをしない。手入れする力が既にない。貴族社会は終わりの足音が聞こえている。



 ってな感じかしら。



 人生の終わりだって、時代の終わりだって最後は淋しい。少しずく老いていってしまう。時代が老いるというのは、どう捉えるかなんだけど、人自体は生まれ変わっているんだから、世代世代で若返ることは有り得る。

 けど…、平安時代という時代は若返る事無く、老いていってしまったというのが歴史上の事実だ。




「淋しくないですか?」
「まあ……淋しいよね」



 貴族社会の終わりを告げるような歌で、それはもう淋しいに決まっている。

 一つの時代の終焉なのだから。

 その時代は四百年も続いた文化なのだから。



 失われると思うと悲しい。

 そういう時代に生きた定家という人が、この歌を百首目に選んだ所も、なんとなく分かるというものだ。

 彼だって貴族だから、その時代を目の当たりにして、淋しくないわけがないのだ。そんな思いを選ぶ事で伝えている。



 順番は基本的に年代順だけど、当然ドラマが入っている。

 その歌の後にそれか繋がるんですね?

 という構成になっている。



「僕も淋しいと思いました」


 うんうん。それが普通の感想だよね。


 彼の立場からすると至極真っ当な意見だと思う。

 なんと言っても彼はこの時代の為政者のトップ、恐れ多くも今上陛下の御息男なのだ。

 ある意味、とても共感出来る立場にいるはずだ。

 逆に、淋しくないなんて言われたら吃驚する。



 私が深く頷いていると、瑠佳君も同じように首を縦に振る。



「そんな訳でですね、人として素直な行動に出たという訳です」
「素直な行動?」


 素直な行動って?


「簡単な事です、望んでいない未来なら変えればいいのです」


 ん?


 え?


 何、言ってるの?


 大丈夫?



 聞き間違い?

 聞き間違いなのかな?



 平安時代は未来というが、厳密には過去だ。

 鎌倉時代が来るのは、間違えのない歴史なのだ。



 九百年も前の歴史は言葉を換えれば史実だ。

 起きてしまった事を変える事は出来ない。

 不可能な世界。



 「……瑠佳君? 今過去を改竄するって言った?」



 私は首を傾けつつ問う。


「言ってませんよ? 良く聞いて下さいね」



 瑠佳君は私の問いをきっぱり否定したので、やや安堵の息がもれる。



 そりゃそうよね。起こってしまった事実というにはどう足掻いても変わらない。


 私だって、過去に無かった事にしたい事など日常茶飯事だ。 


 でも……。


 過ぎてしまったことって変わらない。

 過去は変えられないのだ。

 時間軸は一定で、過去から未来に進んでいる。



「過去ではなく、未来を変える。と言ったんです」


 ん?


「間違えないで下さいね。凪子先生」



 敵は鮮やかに微笑んだ。

 悪い顔してますよ? 







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