102 / 158
【百一話】時を戻して。
しおりを挟むナイフは彼女の手に、水平に握られていた。
普通、ナイフというのは水平には握らない。
手と柄の作りから、刃は直角になるように持たれるのだ。
当たり前の話だが、まな板などに向かって、直角に立てるように切るから、物は切れる。
水平とは即ち。
不自然な持ち方。
不自然とは、そこに明確な理由が発生する。
ーーつまり
目的が有り。
目的を果たす為には、水平である必要がある。
腹部をナイフで刺しても、即死はしない。
しかし、腹部以外の内臓というものは、肋骨で守られているのだ。
臓器を守るのが肋骨の役割。
刃物は肉には刺さりやすいが、骨には刺さらない。
果物ナイフは剣ではないのだ。
そして持ち手も素人。
それが故に、肋骨には弾かれやすい。
ーーだから、露骨を掻い潜りやすい水平持ち。
私は肌が粟立った。
私の心臓をひと突きにする気なの?
しかも、転ぶのを装って向けたナイフだ。
彼女の全体重が掛かっている。
拳台の心臓にストライクにいけるか分からないが、行ったら死ぬだろう。
心臓なんて血液と血管の塊だ。
臓器の中では脳の次に大切なのではないだろうか?
脳裏にイヤなものが蘇る。
夜中に私を絞殺しに来た人間は何をした?
体重は軽かったが、関節を拘束するように、両足を使っていた。
結構えげつない方法だった。
そっくりよね?
思考回路がそっくりなのよ。
関節の殺し方と。
ナイフを水平に持つその手口が。
でもーー
私の体は金縛りに合ったように、固まっていた。
十センチのヒールなんて履いてたのが悪いの?
ロングドレスだから悪いの?
人目のない所にいたのが悪いの?
反省点は多々有ったが、あったとて、今はどうこう出来ない。
避けなさい。
ミシェール。
避けないと死ぬわ。
左胸を狙っているのだから、右に一歩動くのよ?
そうすれば、左手を擦る程度だわ。
私は銀色のナイフに釘付けになったまま、殺意を向けるシンデレラという少女に憎悪を感じた。
人を殺そうと考える人間。
夜中の公爵家で首を絞められ。
今また、ナイフを向けられている。
随分と舐められたものなのだなと思う。
オリヴィアお姉様はシンデレラを徹底的に虐めていた。
怖い姉だと思っていたけれど。
お姉様は考えが有って、シンデレラを受け入れなかったのかも知れない。
本能ではなくて、理詰めで?
もしくは両方で?
オリヴィアお姉様の勘は動物並みだ。
誤解を招きそうな言葉だが、褒め言葉。
私は彼女のように、勘が鋭くない。
今の今までシンデレラはノーマークだったのだ。
キースは何でシンデレラと踊らなかった?
彼はシンデレラを避けていたのだ。
オリヴィアお姉様ほどではないにしても、それなりに本質に辿り着いていた。
私はどうだろう?
彼女の愛しの王子様を探して、右往左往していたのだ。
何というみっともなさ。
お節介にも、お気に入りの硝子の靴まで渡して。
私の気の強い性格上、このままでは済ませられない。
ーーだから
右に動くのよ。
そして百倍返しだ。
けれどーー
私の目の前に、人影が覆った。
黄色い髪の少年。
背中はまだ、そんなに大きくない。
背だって、私とどっこいどっこい。
私とシンデレラの間に入り、私を刃物から遮ってくれた。
私の優しい優しい弟。
0
お気に入りに追加
166
あなたにおすすめの小説
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!
蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」
「「……は?」」
どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。
しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。
前世での最期の記憶から、男性が苦手。
初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。
リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。
当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。
おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……?
攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。
ファンタジー要素も多めです。
※なろう様にも掲載中
※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜
晴行
恋愛
乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。
見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。
これは主人公であるアリシアの物語。
わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。
窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。
「つまらないわ」
わたしはいつも不機嫌。
どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。
あーあ、もうやめた。
なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。
このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。
仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。
__それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。
頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。
の、はずだったのだけれど。
アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。
ストーリーがなかなか始まらない。
これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。
カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?
それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?
わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?
毎日つくれ? ふざけるな。
……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました! でもそこはすでに断罪後の世界でした
ひなクラゲ
恋愛
突然ですが私は転生者…
ここは乙女ゲームの世界
そして私は悪役令嬢でした…
出来ればこんな時に思い出したくなかった
だってここは全てが終わった世界…
悪役令嬢が断罪された後の世界なんですもの……
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
悪役令嬢に転生したら溺愛された。(なぜだろうか)
どくりんご
恋愛
公爵令嬢ソフィア・スイートには前世の記憶がある。
ある日この世界が乙女ゲームの世界ということに気づく。しかも自分が悪役令嬢!?
悪役令嬢みたいな結末は嫌だ……って、え!?
王子様は何故か溺愛!?なんかのバグ!?恥ずかしい台詞をペラペラと言うのはやめてください!推しにそんなことを言われると照れちゃいます!
でも、シナリオは変えられるみたいだから王子様と幸せになります!
強い悪役令嬢がさらに強い王子様や家族に溺愛されるお話。
HOT1/10 1位ありがとうございます!(*´∇`*)
恋愛24h1/10 4位ありがとうございます!(*´∇`*)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる