87 / 158
【八十六話】硝子の破片
しおりを挟む私の足元には、粉々に散ったワイングラスの破片が落ちていた。
令嬢のくせに、ここまで叩き付けるかな? と思う。
これじゃあ、出陣前の兵士だ。
勝利に乾杯!
みたいなさ……。
「おい、危ないぞ。下がれよ」
セイが後ろから声を掛ける。
彼は私達より、一歩引いて、事の成り行きを見守っていた。
しかし、アレね。
セイもすっかり元通りと言うか……。
手の甲に口づけした紳士は誰?
みたいなさ。
きっと幻なのねー。
格好良かったけどさ。
影というよりはナイトだったわよね。
格好もそんな感じだし。
ティアナは私からワイングラスを受け取ると、一気に飲み干したのだ。
迷わずに。
笑ってさえいた。
一滴も残さず飲み干すと、床に思い切り叩き付けた。
さすがに大きな音が鳴ったわよね。
「お気遣い、ありがたく頂くわ。ミシェール様」
ふてぶてしい態度で、それだけ言うと、シミだらけになったドレスを翻して。
優雅に扉から出て行ったのだ。
衛兵にも全て伝えてあったから、誰にも邪魔される事なく。
彼女は振り返りもせず、出て行った。
もう、どこに行くか決めたのかしらね?
「何人付けたの?」
私はセイを振り返りながら聞いた。
もちろん、ティアナの見張りだ。
「影が三人。衛兵が遠巻きから五人。結構な数字だろ」
そうね。
結構な数字よね。
逃げ切れるものじゃない。
むしろ、彼女は逃げないのでしょうけど。
「どちらと接触するのかしら?」
私はポツリと呟いた。
「…………」
「愚問だったかしら?」
どちらに接触するかなんて、分からない。
彼女の性格から行動原理を割り出したとて。
それはあくまで推測なのだ。
彼女は最後に誰と会う?
自分を陥れた人物か?
それともーー
自分の愛しい人。
もしも、第二王子様に会いに行くのなら、泳がせた事はまるで意味がない。
本当にただの末期のプレゼントになってしまう。
そんな無駄な結果になって欲しくはないけれど。
でもーー
彼女の性格だから。
第二王子様に会いに行くかも知れないわね。
真っ直ぐな子だから。
自分の全てを捨てて、愛した人。
それ程、愛しい人ならば。
犯した罪はなくならないから。
過去は変わりはしないから。
彼女は、もう救われない。
だから、最後に会いに行くのかしら?
もし、そうだったら。
彼女は最後に絶望するかもしれない。
私は、犯人を殺すと言っていた、ルーファスの暗い声を思い出す。
あの人、そういう部分では甘くない気がするのよ。
だからどうかーー
ティアナに入れ知恵をして。
全てを押し付けた人物に。
会いに行って欲しいと思う。
心から。
私は西塔の小さな窓から、外を見る。
夕焼けだ。
眩しいほどの夕焼けが、塔をオレンジ色に染めていく。
もう直ぐ、ダンスパーティーが始まる時間。
私は、第二王子様にエスコートされ、衆人環視の元に踊るのだ。
覚悟を決めよう。
0
お気に入りに追加
168
あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う
ひなクラゲ
ファンタジー
ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…
主人公と王子の幸せそうな笑顔で…
でも転生者であるモブは思う
きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい
斯波@ジゼルの錬金飴②発売中
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。
※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。
※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。

このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる