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【二十話】王立図書館

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 陽が燦々と差し込んでいた。

 昨日の夜の出来事が嘘みたいに明るい。







 私は病み上がりと寝不足の体を引き摺って王立図書館に来ていた。

 柄にもなく落ち込んでいたので、いの一番にやって来たのだ。







 眠い。

 とんでもなく眠い。

 尋常じゃないわ。





 鏡を見たらきっと濃い隈が出来ているに違いない。

 というか二週間昏々と寝続けた人間に昨日の夜の出来事はなー。

 心身共に堪えたわ。





 その上、食べ物が全く喉を通らない。

 食べる事が出来ないのだ。

 主に二つの理由で。





 一つ目は安全性。

 こう言っちゃあ何だが、使用人の誰が信用出来て誰が信用出来ないかが分からない。つまりは犯人が分からない。



 情けない事だが分からないのだ。

 逆に聞きたい?

 どうすれば分かるの? と。





 全員が怪しくなくとも、怪しい人間が一人居れば毒は混入する。

 そして、公爵家は安全とは言い難い。



 エポルにクスリを盛る事が出来る人間。

 夜中に令嬢の部屋に侵入出来る人間。





 もちろん影で暗躍する組織なら、そんなことは朝飯前だろう。

 けれど、昨日の事を思い返してみても組織的な何かが動いている感じはしないのだ。

 暗殺のプロともなると、基本は一人で動かないはず。

 セオリーだから勿論例外はあるだろうし、単独で動くタイプのソロも居るだろう。





 けど、ソロは自己保身と仕事の精度から考えて、公爵家の屋敷に入って殺しをするだろうか? 仕事は仕事だ。退路を失って死んでしまったら話にならないし、失敗してもやはり信用問題に発展する。





 昨日だって二人で来ていたら、私は確実に死んでいたのだ。

 だからあの日の敵は単独犯。

 そう考えて大丈夫だと思う。





 図書館に来る前に、厩舎に寄ったが、エポルの馬房は空だった。

 あの子は帰って来ていない。

 あのまま何処かへ走って行ってしまったのだろうか?

 馬というのは犬程知られてはいないが、とても帰巣本能が強い生き物で、何キロ先にいても自分の馬房に帰ってくる事が出来る。





 口の聞けない馬をわざわざ処分するだろうか?

 死体は目立つし扱いにくい。

 きっと殺されてはいない。





 いつかまた会える。







 王立図書館の読書スペースはサンルームになっていて、全面がガラス張り。

 陽が後から後から零れ落ちて、大理石の床を透過していた。



 なんて贅を尽くした作りなんだろう。

 アッシュベリーという国は、図書館にこれ程までにお金を掛けるのかと思う。





 他国に見せる部分でもないので、牽制の為にしている訳ではないのだろうから、文化への尊重か、敬意。





 文化とは一代継続が抜けると、高い確率で滅びに向かう。

 祖父が話す言語を子が話さなければ、孫は話せない。

 親の代で終わってしまうのだ。





 一代抜けた文化が、また一線に戻って来ることは稀である。

 殆どの場合が失われる。





 小さな事で言えば、職人の技術。

 大きな事で言えば、民族の言語。





 けれど、それを悲しいと思う人間もまたいるから、失われる寸前に本の中に残すのだ。老舗の味ならレシピにして、技術は工程にして、そして言語は辞書になる。





 前世でもラテン語は死語といわれる執念の言語である。

 日常的に話す人がいない言語を死語というのだけれど、ラテン語は権威があるので学術的に残って行く言語だ。正に執念。







 つまりは言語が死語になったとしても、辞書があれば紐解ける。

 ファンタジー世界でいうと、失われた原語で書かれた魔術書とかあってもおかしくない。それを読む為には辞書が必要。つまり蔵書の保存場所、図書館は大切。と繋がる訳だ。





 まあ、そんな古文書は一般書架にはないですがね。
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