68 / 72
1年目夏
68 俺と花火大会(3)
しおりを挟む色々な花火が上がり、空をカラフルに染め上げていく。小春の隣で空を見上げ同じ花火を見て感嘆の声が出る。スマホのバイブは鳴り続いていたけど、確認するつもりはなかった。
「本当はみんなで花火見たかったのに。ごめんね。」
花火を見上げる目は切なかった。まだ自分を責めているんだと分かった。正直今回の事は誰のせいでもないし、こんな人混みじゃはぐれるのも無理はないと思う。
「まぁ、そんな時もあるよな。俺は小春と一緒に見れて、よかったって……思ってるけどな。」
「ふふ、私も。1人じゃなくて安心した。」
少しだけ意味を込めて伝えた言葉もあまり伝わっていなかった。やっぱり猫宮ぐらいストレートに気持ちを言葉にしないと伝わらないのか。そう思うが、言葉にしようとしてもどう伝えていいのか分からない。そのままの気持ちを伝えるなら今しかない。
「ーーきだ。」
心臓の音か花火の音か分からない。ドンドンと大きな音以外聞こえない。囁くようにやっと言えた言葉は小春に届いていなくて、俺はもう一度言葉にしてみる。
「好きだーー」
はっきりと大きな声で言えた。しかしそのタイミングで今日一番大きな花火が打ち上がり、周りの歓声にかき消されてしまった。自分のタイミングの悪さに嫌気がさす。やっぱりこの気持ちを伝えるのは今度にしよう。伝わらなかったけど、初めて自分の気持ちを口に出して言ってみて分かった。もし拒絶されたら、俺は2度と小春と一緒に居られないかもしれない。そう思うと怖くなった。
「何が?」
「えっ。」
花火に集中していたと思ってた小春が急にこっちを振り返って、俺の顔を覗き込んで聞いてきた。聞こえていないと思って油断した所だったから、つい誤魔化してしまう。
「あー、花火!俺花火好きだなって!」
「私も好きだよ。」
一瞬俺の好きに答えてくれたみたいに聞こえて、一気に顔に熱が昇った。小春はまた花火を見上げて続ける。
「花火って、一緒に見る人で感想変わるっていうよね。今日颯太と一緒に見れてよかった。」
「俺もこはーー」
「猫宮くんと見たら、どんな風に見えたんだろう……。」
俺は言いかけた言葉を飲み込んだ。そうだよな、今の小春の彼氏は猫宮だ。一緒に見たかったはずだよな。今日だって、あいつのためにオシャレして、一緒に歩く祭りを楽しみにしていたはずだ。そう思うとどうしようもなく悔しくなった。絶対俺の方が先に小春を好きだったのに。
花火が終わり見ていた人々が散り始めた。
「そろそろ猫宮くん達と合流できるかな?」
「そうだな。」
俺達は道の端にあったベンチに座って猫宮と里奈が通るのを待った。大体の場所を連絡したからそのうち向こうから俺らを見つけてくれるはずだ。隣に座る浴衣姿の小春を見て俺は言った。
「小春、今日の浴衣すごく似合ってる。」
「え、急にどうしたの颯太!いつもそんな事言わないじゃん!」
駅で見た時から思っていた。今日の浴衣はとても似合ってて可愛かった。猫宮と里奈の前でそれを口にする勇気もなくて、別に言わなくてもいいだろうと思っていた。だけど、猫宮に綺麗だと言われて照れながら喜んでいた小春を見ると、先に言えば良かったと後悔した。
「ありがとう、颯太もその浴衣すごく似合ってるよ。」
猫宮が言った時はあんなに照れていたのに、俺が言ってもなんともない感じで返されて少しショックだった。俺の言葉では小春の気持ちは動かせないって事に気付かされたような気がした。
今になって鼻緒で擦れた足がまたジンジンと痛み出す。足が痛いのか心が痛いのか、考えるのも疲れてしまった。
「颯太?」
「ちょっと疲れた。」
「えぇ、大丈夫っ!?」
はぁ、と大きなため息をついて膝に肘をおいて項垂れる。具合が悪いのかと勘違いして俺の背中に手を回し、さすってくれる小春の優しさにずるいとは思いつつ甘えてしまう。構ってちゃんかよ俺は。
「何か飲み物買ってくる?」
「何もいらない。傍にいて欲しい。」
「分かった。」
弱ったフリをしないと素直に気持ちも伝えられない。背中をさすり続けている小春の手が優しくて涙が出そうになった。俺はそれを隠すために下を向いて前髪で顔を隠す。
「私を見つけてくれてありがとね。」
ゆっくりなだめるように俺に声をかけてくれる小春。そんなのーー
「あたりまえじゃん。どこに居ても見つけるって言ったろ。」
「あーー。」
今思い出しましたみたいな顔をしてる小春に思わず笑ってしまう。こいつはなんで俺との思い出をなんでも忘れてしまうんだろう。小春との思い出は大体覚えている。それは俺が小春の事をずっと想ってるからなんだけど。
「あの時は、お世話になりました。」
「覚えてるの俺だけかよ。あんなに苦労して探したのに。」
「ごめんって!小さい頃の思い出って、あんま覚えてなくて……。」
「別にいいけど。」
こうやって何気ない会話をしている時が幸せだった。小春が隣で笑ってくれるだけでよかったのに。小春の顔を見つめていると、不思議そうに聞いてくる。
「私の顔に何かついてる?」
「俺は全部覚えてるのに。」
あの時の約束もーー。
「ご、ごめんて!頑張って思い出すから!」
あれを思い出したら小春はどんな顔するんだろう。小さい頃の約束だから無効にしよう!とか言いそうだな。その時はちょっとぐらい俺を意識してくれたりするのかな。
「小春ちゃん!!!!」
「あ、猫宮くん!」
「こはるんごめん!私が勝手に動いたからあ!」
猫宮と里奈が俺達に小走りで近寄ってくる。小春はぱっと俺から離れて立ち上がり2人の方へゆっくり向かう。猫宮は我先にと小春に駆け寄り抱きしめる。そして小春越しに俺のことを睨みつけてきた。
「里奈本当ごめんっ!私のせいで……。」
「そんな事気にしないで!私が勝手にはぐれちゃったし……、それより猫宮くんと花火見れなくなっちゃって、ごめん……。」
俺もゆっくり立ち上がって3人が集まる所へ向かう。足は痛いけど、普通に歩けなくはない。だけど、小春は大丈夫なのかな。猫宮に抱きしめられたままの小春に声をかける。
「小春、歩けるか?またおぶってもいいんだぜ?」
「だ、大丈夫だよ!もう歩けるから!」
「それ、どういうこと?」
わざと猫宮の嫉妬を煽るような言い方をする。案の定猫宮は俺に厳しい視線を向けてくる。俺に出来る精一杯の対抗だった。猫宮の知らない時間を俺は小春と過ごして来たし、今日も小春を見つけたのは俺だった。
「鼻緒で靴擦れ起こしちゃって、颯太におんぶしてもらったの。」
「こはるん大丈夫なの!?うわぁ、痛そうじゃん!!バンドエイド持ってるよ!」
「ありがとう里奈。まだ痛いけど、ゆっくり歩けば我慢できるから!」
俺を睨みつけて一言も話さない猫宮に、小春は不安そうな顔をして見上げる。いつも涼しい顔をしている猫宮にも一泡吹かせた気持ちになれて清々しかった。猫宮が少しでも隙を見せるなら俺はいつでも小春をもらう。初めは小春が猫宮の事を好きならと、猫宮が小春の事を好きならと、思っていた。だけど、それだと今までの俺の気持ちはどうなる。ずっと一緒に居たのは俺だったのに。
猫宮の親父が言っていたように、俺は俺の気持ちを大切にする。小春の事は困らせない。だけど、猫宮の事は困らせてやる。
「小春ちゃん歩ける?痛かったら、次は『僕が』おぶって行くからね?」
「ゆっくり歩いてたら大丈夫だから。心配かけてごめんね?」
小春が猫宮の腕に捕まりながらゆっくり歩くのを後ろからついて行く。俺におぶってもらってた事がよほど嫌だったのか、猫宮は俺に警戒しているのが分かる。猫宮にぴったりくっついて歩く姿を見てモヤモヤしながら俺は後ろを歩く。そんな俺の隣には里奈が歩いてて、こっそり話かけてきた。
「ねえ、颯太?もしかして足痛い?」
「よく分かったな?実は靴擦れしてて……。」
気づかれないように歩いていたつもりだったけど、さすがマネージャー。里奈はこう言う細かい所によく気づいてくれて、マネージャーを勧めて良かったと思っている。バスケ部の連中も里奈にいい所見せようとして頑張るし、里奈もマネージャーの仕事をテキパキとこなしてくれてるし、正直とても助かってる。
「うわっ、颯太も赤くなってるじゃん!ちょっとだけ止まって!」
「よくそんなの持ってたな?さすがマネージャー!」
里奈は巾着からバンドエイドを取り出して俺の親指の付け根につけてくれた。鼻緒が直接傷口に当たらない事で歩くのがだいぶ楽になった。妹みたいに思っていた里奈が意外と面倒見が良いって事を最近知って感慨深いものがある。こうやって人は大人になって行くんだな。
「ありがとう、すっげえ楽だ。」
「もう、我慢しないで言ってよね!」
「家すぐそこだし、大丈夫かなって。」
ふと前を見ると、小春達はだいぶ先を歩いていた。俺は里奈とその後をゆっくりと歩いて追った。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない
みずがめ
恋愛
宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。
葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。
なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。
その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。
そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。
幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。
……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる