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『ヒール100』

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『ヒール100』



 冒険者と思われる人を先に倒しておくべきか。
 俺の意識があるうちに。
 立っているだけでもキツい。
 数人の冒険者を剣で切った。
 一人。
 また一人と。
 
「な、な、こいつやっぱり強えぞ。ムジカと戦い、もう剣も振れねえと説明しただろ」
「そうだ、話が違う!」
「凄え剣使うぞ」

 剣で切ったら、急に顔色が変化した。
 俺が戦えないと言われていたらしい。
 舐めすぎでしょ。
 しかしキツいのひと言。
 とりあえず強そうなのは軽症程度に切っておいたが、弱そうのは来るか来ないかだ。

「何をうろたえている。金が欲しくないのか。あいつを切った者には二倍の金を約束する。早く切れ」
「二倍、二倍だってよ」
「二倍か、早いもん勝ちだぜ」

 商人が金額を釣り上げると、一気に俺へ敵意を出す。
 わかりやすい連中だな。
 金でこうも人は動くものかな。
 ナイフや金属製の棒で迫ってくるのを、普段なら軽く相手にできるけど、残念ながらそうはいきそうにない。
 俺の体は限界にきていて、まず足が前に出ないし、腕も上がらないので剣を振るのも困難だった。
 魔王竜の加護が及んでいるとしか考えられない辛さだ。
 大勢の攻撃に対して防御すらままならないとは。
 体の一部を切られる。
 棍棒で殴られる。
 痛みが激痛になる。
 まさに袋叩き。
 床に沈んでしまうと袋叩きはエスカレートした。
 俺の防御力と体力はレベル2072の値であるから、すぐに致命的な傷には至らないが、殴られるのを耐えるのは嫌なもの。

「こいつもう動けないぜ。このまま殴ったら死んじまう」
「みんなで殴って殺せば全員に金が入る。このまま殴れ!」
「殴れ殴れ殴れ!」

 俺が動けないのを見て攻勢してくる。
 魔王竜リフレインの影響がここまで強いと、俺は本当に殺されるのかもだ。








 死ぬのを考えた時に、闘技場の方から歓声があった。
 魔物に応戦している声。

「おおお、女冒険者もやるぞ。猫人は素早い」
「エルフの魔法はリザードマンに効きだしてる」
「ドワーフ族の女のパワーはバカにできない。魔物も怯えている」
「兎人の子もかなりやる。ジャンプばかりしてるわけじゃない」

 魔物を応援する声しかなかったのに、歓声が変わっていた。
 みんなを応援する声も出始めていたのには嬉しくなる。
 ローズからは商人を逃がすなと言われたのは決して忘れないていない。
 みんな頑張っているんだな。
 魔物は強いが負けずに戦っていて、俺が商人を必ず捕まえると信じているからだろう。
 それなのに俺は冒険者や雇われた人にボコボコにされて、動けずにいるのは情けないよな。
 こんなんじゃパピアナにバカって言われる。
 まだやれるはずだ。
 俺はまだ戦える。
 魔王竜に支配されるのを自分で変えるしかない。
 異様な支配される感覚から解き放れたい。
 今やるしかない!

「退けよ退けよ、退けよ」
「なんだ、こいつ、まだ立ち上がるのか!」
「早く倒してしまえよ、殴れ蹴れ!」

 立ち上がるのを見た俺を殴る奴らは、驚いていて、焦りもあった。
 普通の人間なら死んでいるのに立ち上がるからだ。
 体力は問題ないし、問題は精神的な面だった。

「だめだ、だめだ、だめだ、トレイルは不死身だよ、ムジカと戦えたのは偶然じゃない、めちゃくちゃ強いんだよ!」
「逃げる!!!」

 一人が俺を殴るのを止めて逃げていった。
 俺が化け物に思えたからだろうな。
 しかし他の奴らはまだ殴る。
 邪魔くさいから剣で切る。
 一人を切る。
 隣の者を切る。
 また隣の者を切る。

「うう」
「ううっ、切られた」

 切るとしても軽く切っただけだが、大袈裟に騒いでいた。

「化け物だ、トレイルは化け物だ。逃げろ!」
「殺されるぞ!」

 3人切ったところで金を諦めて逃げていった。
 その方が俺も助かるし、早くから逃げてほしかった。
 もう俺の周りには誰も居ない。
 たったひとり商人だけ残される。

「な、な、な、な、なぜ逃げる。逃げるな、金をやる。2倍、いや3倍の金をやる。トレイルを殺せ」

 商人はまた金を釣り上げて俺をを殺すのを要求したが、今度は誰も納得しなかった。
 ていうか、商人しか居ないし、囲んでいるのは観客人だった。
 俺が殴れているのを見ていただけの。

「もう誰も金の話は聞いていない。つまりはあなたひとりだ商人さん。逃げるのはあきらめな」
「うう化け物かお前は。ムジカと戦った後にまだこれだけ戦えるとは。何者なんだ」
「知らなくていい。どうせ騎士団に差し出す身。騎士団があなたの身柄を欲しがっていて、俺は身柄を確保してくれと依頼されたわけです。そういうことなので、ちょっと気絶してもらうがいいですね」
「待て待て、あっ」

 首のあたりを軽く叩いた。
 商人に一応断っておき、気絶させておくとした。
 商人は訓練経験もないみたいだから、本当に軽くやった。
 軽くとは言え俺も限界であった。
 商人を寝かせておくのがやっと。
 ここで終わりじゃなくて、闘技場内で戦うローズ達の所に向かいたい。
 足を無理やりでも動かして歩いた。
 観客席に行くとまだ戦いの最中だった。
 見た感じはみんなは大丈夫そうだったから安心し、誰か倒れていたらと不安だった。

「良かった。みんな戦えているな」

 パピアナが魔法を放つところで、強烈な魔力がリザードマンに。
 リザードマンもパピアナと同じくらい疲労感が見えた。
 たぶん立っていられる限界だろう。
 ホーリーサークルとリザードマンの剣がかち合う。
 剣で防ぎながら対抗しているが、防ぎきれない。
 ホーリーサークルが押し切った。

「リザードマンが負けた!」

 観客席がまさかと言う声に。
 リザードマンは剣を離してしまい、その場に倒れていった。
 パピアナの勝ちだ!
 俺は苦しみながらも、パピアナの勝利を喜んだ。
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