悪役令息の取り巻きになっても、音楽はできますか?!

ユパンキ

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第1章

因縁の相手

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 しばらく、僕たちは2人だけでお茶菓子を楽しんだ。その間、ずっと痛い視線が刺さりまくり、耐えられなくなったところで、お手洗いに行くと言って足早に逃げた。僕がいなくなった瞬間からイルに人がワッと集まり、やっぱり僕が邪魔だったのか、と改めて理解する。しかし、思ったより赤い目について言及している人が居なかったので、シュタインとの会話があまり聞こえていなかったか、差別的な考えを持っている人が少なかったのかもしれない。その点では、少し安心した。
 
 お手洗いに行く気はなかったので、1人になるために庭園の方へ歩く。サクスム家の庭園は種類豊富な花で埋め尽くされており、奥へ進むと花の良い香りがして心が落ち着く。庭園の中に、ベンチがあったので座って休憩する。
 誰も僕に話しかけることはなかったので、疲れてないと言えばそうだけど、痛い視線の中で平然とできるわけじゃないし、精神的には結構疲れた。やっぱり、侯爵家やシュタインが珍しいだけで、赤い目は普通忌避されるものなのだろうか。でも、エウテルは赤い目の持ち主のくせに魔力は平均よりも低いから恐怖の対象ではないはずなのに。今まで社交場に出てこなかったのが問題なのかもしれない。悶々と考え続ける。

 ガサッ

 「!!」
 誰かの足音がした。寝たふりをすれば赤い目を見られずに済むが、人様の家で眠るなんて貴族としてあるまじき行為だ。とりあえず、俯いておく。
 足音が、だんだんと近づいてくる。なんで僕の方に来るんだ?こっちに来るな!恐怖で手の震えが止まらない。イルの可能性を考えたが、イルは僕を見つけた瞬間に声をかけるだろう。
 その人は、僕の目の前で止まった。僕に用でもあるのか。膝の上に乗せている手を見つめる事しかできないでいたが、目の前の人は一向に動く気配がない。
 
 「顔を上げるつもりはないようだな」
 喋り出したと思えば、氷のように冷たい声でそれ相応の言葉をかけられた。
 急に声がしたことに驚いて、思わず顔を上げてしまった。目の前で立ち止まっていた人と目が合う。
 「っ...」
 冷たい空気を纏った彼は、静かに僕を見下ろしていた。サラサラとした白銀の髪に、オレンジが混ざったような暖かい黒色の瞳。どこかで、見たことがある。小説に出てきていたっけ?見下ろす瞳は、暖かい色のはずなのにどこまでも冷たい。背筋が凍る。

 「やはり、エウテル・キタラか」
 僕の名前を知っている。何故顔と名前が一致していると分かるのか?今まで殆ど社交場に出たことがないのに。頭に疑問符を浮かべる僕に気づいた彼は、顔を歪ませて嘲笑した。

 「なんだ、初対面だとでも言うような表情だな」

 やっぱり初対面ではなかったみたいだ。しかし、転生する前のエウテルの記憶がない僕は、何も思い出すことができない。肝心の小説の内容も、所々記憶が抜けている。役立たずな僕め。
 何も答えられないまま固まっていると、痺れを切らした彼は、急に服のボタンを外し始めた。
 
 「え...あの」
 何をしているんだこの人は。もしかして露出狂なのか?
 戸惑っている僕を横目に、彼は鎖骨付近の肌を僕に見せた。...太い傷が色濃く残っている。
  
 「見えるか?これはお前がつけた傷だ」
 「っ!!」
 エウテルが...つけた傷...?その傷は、大きさや色から結構深いことがわかる。エウテルにそんな力があったのかはともかく、何故こんなことをしたのか。これは外伝に載っていたのだろうか。イルに聞こうとするが、隣にイルがいないことを思い出す。どうすればいい?独りでは、こんなに無力だ。僕には、謝る事しかできない。
 「ご...ごめんなさい、ごめんなさい..」

 手が、体全体が震える。僕自身が傷つけたわけではないとはいえ、僕の体はそれを覚えているはず。それが怖くて、なんで傷つけてしまったんだろうって...今すぐこの場から逃げたいけど、加害者にそんな資格はない。もう前を見れない。
 そんな僕を見て彼はため息を吐き、
  
 「謝らせにきたわけではない。しかし、随分と昔の威勢がなくなったものだな。確か、ヴァディエ家の養子になったとか。何かあったのか?」

 なんて答えれば怒らない?だって、自分を傷つけた奴が、侯爵家の養子入りって許せないよね、怒るよね.. 
 本当のことを言ったとしても、どうせ信じてくれないか、使用人の味方をするだろう。
 「い...いえ、勉強のために....」  

 「....」

 とうとう何も言ってくれなくなった。やっぱり怒ったのかな。
 そこからずっと沈黙が続く。そして、彼がまた何か話そうとした瞬間

 「ルテー!!!」
 イルの声だ。イルが庭園の向こうから走ってくる。僕の前に立つ彼に気づいた時、イルの顔から血の気が引いた。
 
 「イル・ヴァディエか..」
 と、彼は呟く。
 
 イルが僕たちの前に着いて早々、
 「グラン・ヴィオローネ様、ご機嫌麗しゅう。急用ができたため、私たちは帰らせていただきたく、ご無礼をお許しください。」
 グラン・ヴィオローネ...?聞いたことがあるようなないような..あるとしても、どこで聞いたか全然思い出せない。
 グラン・ヴィオローネという彼は、少し考えて
 「...わかった」
 と答えた。

 「ありがとうございます。...ほらルテ、行くよ」
 と、イルに引っ張られ、庭園を抜ける。
 別れの挨拶もできなかった。僕みたいな奴にされたくもないだろうけど、益々無礼なやつだって思われてしまった。
 
 そのまま僕たちは馬車に乗る。...本当に用事があったのか?
 イルが珍しく、怖い顔をしていることに気づき、急に冷や汗が出てくる。やっぱり僕はやらかしたのか。侯爵家に相応しい人間になりたいのに、逆に相応しくない人間に成り下がっていっている気がする。今回もイルを困らせて、何をやっているんだ僕は。
 しばらくして、イルが口を開いた。

 「ルテ、ごめんなさい!!」
 「...え?」
 なんでイルは謝ったの?謝るべきは僕の方なのに.. 

 「今日グランが来るとは思ってなくて、油断してた。ルテはこの前、結構小説の記憶が抜けているって言っていたから、もしかしたらグランのことも覚えていないかもって注意してたのに...本当にごめん!!」
  
 「そ、そんな..謝らないで!謝らなきゃなのは、僕の方だよ。僕が勝手に庭園の方に行って、あんなことになっちゃったんだから..」
 でも、やっぱり彼は小説に出てきてたんだ。それを思い出せないのも僕が悪い。イルは謝る必要なんてないのに、

 「グランからどのくらい聞いたのか分からないけど、ルテは以前、グランの体を傷つけてしまったんだ。」
 「...それは、なんで?」
 
 「ルテ9歳のときに魔法に目覚めたんだけど、緑魔法と土魔法だったのを使用人に笑われて、悲しくなって家出をしたんだ。」

 その日にちょうどキタラ家でパーティーを開いていたらしく、裏庭で同じく9歳のグランと出会したそうだ。ルテが泣いていたから、グランは話しかけた。しかし、ルテはそれを突っぱねて、心配してくるグランを罵倒した。グランもそれに口答えをしていたが、遂にルテが切れ散らかし、そばにあった木の枝でグランを傷つけた...

 なんて酷い話なんだ。

 
 
 
 
 
 
 
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