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第1章
初めての感情
しおりを挟む侯爵邸に来てまず驚いたのは、イルのお母さんであるホルニエ様が、キタラ伯爵家の三男のお披露目パーティーの時に、気絶していた僕を起こしてくれた女性だったこと。
「その節は、本当にありがとうございました!」
「いいのよ。あれからどう?記憶は戻ったかしら?」
「まあ、なんとなく...」
エウテルとしての記憶はないけど、小説の展開なら思い出したから今後なんとかやっていけるだろう。
「そう。あなたの境遇は、息子から聞いたわ。今までよく耐えたわね。これからは、ここで自由に過ごしていいのよ。みんな貴方の味方なのだから。」
「っ...ありがとうございます!」
正直、今もちょっぴり不安だ。僕が本当にここの人たちに嫌われていないのかが。でも、ホルニエ様や、侯爵様、侯爵家の使用人たちの優しい表情を見ると、少し心があったかくなる。もちろんイルも。僕は、ここにいていいのかな...なんて、自惚れてしまう。
「じゃあ部屋は僕が案内するよ!」
一通り挨拶も終わったら、イルが僕の部屋を案内してくれるらしい。侯爵邸は伯爵邸に比べて、大分大きい。中も広く、初めは迷いそうだ。
「その前に、エウテルには護衛騎士と、専属メイドを付けるよ。」
と、侯爵様が2人を紹介した。
「護衛騎士...?専属メイド...?」
そんなシステムがあるのか?たしかエウテルにはどっちもいなかったような...。いたら裏庭で倒れてるままってこともないよなまず。やっぱり、侯爵家はすごいなー。
と、首を傾げたり、感心したりしていたが、
侯爵御一家とその使用人たちは、みんな驚いた顔でこちらを見ていた。
「貴方..もしかして誰も付いていなかったの?」
「?はい...」
何かおかしかっただろうか、もしかして、普通は伯爵家にも護衛は付くのか?
「普通は貴族はどの階級でも護衛を付けるものだよ...」
僕の疑問を読み取ったのか、侯爵様が驚きながら言う。そうなんだ。初めて知ったよ。
「想像以上にエウテルの放置状態は凄まじかったのね...。許せないわ!」
ホルニエ様は怒っているみたいだ。....なんで?別にホルニエ様の事でもないのに...もしかして、僕のために怒ってくれてるの?なんでここまで....
この感情はなんなんだろう。胸が、ポカポカするような、心臓が、キュッてするような。
ポロッ
「「エウテル?!」」「ルテ?!」
いつの間にか、涙が出ていた。こんな感情、初めてで。
「ごめんなさい。すごく、嬉しくて。」
「え?」
「ここまで、僕のために怒ってもらえたこと、初めてで...」
嬉し泣きさえも、初めてだ。いつも、すぐに期待しちゃうくせに、毎回裏切られて、勝手に悲しんで。こんな暖かい人たちと一緒に、いる資格が僕にはあるのだろうか。
ギュッ
「?!」
突然、体が拘束された。
...ハグ?誰にされているのか、よく見えないのでわからない。
「今まで、本当に独りで、頑張ったね」
声の主は、イルだった。
「...イル様?」
「もう、独りじゃないよ。ずっと僕が隣にいるよ。もちろん、僕だけじゃない。この家のみんながルテのそばにいるよ。」
「...うぅぅぅ」
涙が、溢れてきて、嗚咽が止まらない。
ホルニエ様と、侯爵様も、抱きしめにきてくれた。抱きしめられることって、こんなに幸せなんだ。こんなにあったかいんだ。
僕も、イルの背中に手をまわし、抱きしめた。
「お恥ずかしい姿を見せてしまい、申し訳ございませんでした....」
しばらく続いた嗚咽が止まった後、急に羞恥心が込み上げてきた。なんてことをしてしまったのだろう。しかも、目上の人の前で...!!
「ううん。やっと僕の前で、素を出してくれて嬉しかったよ。」
「...」
そうか。あれは僕の素なんだ。今まであまり本気で泣くと言うことがなかったから、僕自身も驚いた。
あたたかい目で僕たちを見ていた侯爵様が、口を開いた。
「さて、エウテルがうちの一員になったということで、護衛騎士と専属メイドを紹介しよう。
シンと、リファーだ。」
侯爵様がそう言うと、短髪で茶褐色の髪と瞳の騎士の格好をした男性と、栗色の髪と瞳のメイドの女性が前に出てきた。
「「エウテル様。これからよろしくお願い致します。」」
2人ともきっちりとしたお辞儀で、挨拶をしてくれた。なんだか、初対面だけど、すごく安心する。心強いってこういうことか。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
僕も礼儀をしっかりしなければと、少し緊張しながら挨拶をすると、2人は少し驚いた後、ニコリ(ヘニャリ?)と笑い、
「「はい!よろしくお願い致します!!」」
と、返してくれた。挨拶を返してくれるの、めっちゃ嬉しい!と、僕は思わず満面の笑みで喜んでしまった。
「ねえシン、見た?エウテル様の満面の笑み。可愛すぎて食べちゃいたい~!!!」
「リファー、さすがにその発言はヤバいぞ。しかし、エウテル様の笑みは周りの人を幸せにする効果があるな。絶対に。」
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