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8 スノウ家
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「……すごいわ」
馬車の扉が開いて、その先に広大な庭が現れた。
十分すぎるほど広いと思っていた実家の庭とは比べ物にならない広さだ。
庭園には花が咲き乱れ、噴水のしぶきには虹が浮かんでいる。
夢のような景色の中を歩いて辿り着いた正面玄関は見上げるほど高い。
早速中に案内され、目を輝かせながら周囲を見回す。
真っ白な大理石に、赤いバラの花が飾られ、品のいいクリスタルシャンデリアが吊るされている。
おそらくここがエントランスなのだろうが、くらくらするほどの大きさだ。
その中央にそびえる、緩くアーチを描いた階段は、天国への道のように輝いて見えた。
目が眩むほどキラキラした、華やかな空間だが、実家とは異なる豪華さだ。何が違うのだろう、と考えてわかる。
ただ、高価なものを詰め込んだだけの空間と、細部までこだわりぬかれた空間との違いだ。
ここは、芸術品のように美しい。
トランクを握りしめ、呆然と突っ立っていると、突然声を掛けられた。
「アルテミシア・ハウエル嬢?」
はっとして背筋を伸ばしてきょろきょろすると、階段の下に人がいた。
「はい」
あわててうなずくと、その人はぺこりと頭を下げた。
「ようこそおこしくださいました。イザベラと申します」
彼女は長身で細面のメイドのようだ。ミアよりも四つか五つ年上だと思われる。
麦わら色の髪を顎の下で切りそろえ、大きな青い瞳は思慮深げな光をたたえている。
気の強そうな印象を受けるが、仕草は折り目正しく礼儀正しい。
「今日からアルテミシアさまのお世話をさせていただきます」
丁寧な言葉遣いだったけれど、その目には冷たい光が浮かんでいた。
じろりとアルテミシアを眺め、くるりと踵を返す。
(何か無礼があったかしら)
不安になって自分の行いを振り返っていると、イザベラは大きく咳払いした。
「お荷物はそれだけですか? でしたら、私がお運びいたします」
ああ、とミアはトランクを持ち上げた。首を振り、やんわりと笑顔を浮かべてみせる。
「いえ、お気になさらず。自分で運びます。お部屋があるのでしたら案内していただけますか?」
そう言うと、イザベラは反応に困ったように口を半ば開けたまま固まった。
不思議なものを見るような目でミアを見下ろすとつぶやいた。
「これが仕事ですから。お気遣いありがとうございます」
ミアも頭を下げる。
「そうですか。ではお願いします」
頭を上げると、イザベラがトランクの持ち手をむんずとつかんだ。慌てて手を放す。
「私の後についてきてください」
すたすたと歩き出したイザベラの後に続いてミアも歩き出す。
階段をのぼり、突き当りの廊下を左に曲がる。
廊下の壁は茶色のレンガがむき出しになっている。ところどころに置かれた置物や花瓶には繊細な彫刻が施され、ミアの目を奪った。
階段をいくつか上り、廊下を曲がったところでイザベラが止まった。
目の前にあるのは、かわいらしい小ぶりのドアだった。
「ここが、奥さまのお部屋でございます」
イザベラが振り返り、ドアノブを回した。
かちゃり、という小さな音と共にドアがなめらかに動き、ミアの前にその姿を見せた。
「なんて、きれいなの」
おそるおそる一歩踏み出し、ふかふかの絨毯が敷き詰められた部屋に入る。
部屋の突き当りは半円を描く窓になっており、桃色のカーテンがゆわえてある。
窓からは突き抜けるような青空と、眼下に広がる庭が見えた。
部屋の中央に据えられているのは巨大なベッドで、四人は一緒に眠れそうだ。
高い天井から天蓋がつけられ、頭のあたりを覆っている。
暖炉も据えられていることに、ミアは感動を覚えた。
冬になると凍えそうになりながら夜を過ごすことが多かったミアにとっては、それだけで踊り出したいほどだ。
これまで過ごしてきた部屋とはあまりに違い過ぎて、気後れしてしまう。
これからミアは、ここで暮らすのだ。
馬車の扉が開いて、その先に広大な庭が現れた。
十分すぎるほど広いと思っていた実家の庭とは比べ物にならない広さだ。
庭園には花が咲き乱れ、噴水のしぶきには虹が浮かんでいる。
夢のような景色の中を歩いて辿り着いた正面玄関は見上げるほど高い。
早速中に案内され、目を輝かせながら周囲を見回す。
真っ白な大理石に、赤いバラの花が飾られ、品のいいクリスタルシャンデリアが吊るされている。
おそらくここがエントランスなのだろうが、くらくらするほどの大きさだ。
その中央にそびえる、緩くアーチを描いた階段は、天国への道のように輝いて見えた。
目が眩むほどキラキラした、華やかな空間だが、実家とは異なる豪華さだ。何が違うのだろう、と考えてわかる。
ただ、高価なものを詰め込んだだけの空間と、細部までこだわりぬかれた空間との違いだ。
ここは、芸術品のように美しい。
トランクを握りしめ、呆然と突っ立っていると、突然声を掛けられた。
「アルテミシア・ハウエル嬢?」
はっとして背筋を伸ばしてきょろきょろすると、階段の下に人がいた。
「はい」
あわててうなずくと、その人はぺこりと頭を下げた。
「ようこそおこしくださいました。イザベラと申します」
彼女は長身で細面のメイドのようだ。ミアよりも四つか五つ年上だと思われる。
麦わら色の髪を顎の下で切りそろえ、大きな青い瞳は思慮深げな光をたたえている。
気の強そうな印象を受けるが、仕草は折り目正しく礼儀正しい。
「今日からアルテミシアさまのお世話をさせていただきます」
丁寧な言葉遣いだったけれど、その目には冷たい光が浮かんでいた。
じろりとアルテミシアを眺め、くるりと踵を返す。
(何か無礼があったかしら)
不安になって自分の行いを振り返っていると、イザベラは大きく咳払いした。
「お荷物はそれだけですか? でしたら、私がお運びいたします」
ああ、とミアはトランクを持ち上げた。首を振り、やんわりと笑顔を浮かべてみせる。
「いえ、お気になさらず。自分で運びます。お部屋があるのでしたら案内していただけますか?」
そう言うと、イザベラは反応に困ったように口を半ば開けたまま固まった。
不思議なものを見るような目でミアを見下ろすとつぶやいた。
「これが仕事ですから。お気遣いありがとうございます」
ミアも頭を下げる。
「そうですか。ではお願いします」
頭を上げると、イザベラがトランクの持ち手をむんずとつかんだ。慌てて手を放す。
「私の後についてきてください」
すたすたと歩き出したイザベラの後に続いてミアも歩き出す。
階段をのぼり、突き当りの廊下を左に曲がる。
廊下の壁は茶色のレンガがむき出しになっている。ところどころに置かれた置物や花瓶には繊細な彫刻が施され、ミアの目を奪った。
階段をいくつか上り、廊下を曲がったところでイザベラが止まった。
目の前にあるのは、かわいらしい小ぶりのドアだった。
「ここが、奥さまのお部屋でございます」
イザベラが振り返り、ドアノブを回した。
かちゃり、という小さな音と共にドアがなめらかに動き、ミアの前にその姿を見せた。
「なんて、きれいなの」
おそるおそる一歩踏み出し、ふかふかの絨毯が敷き詰められた部屋に入る。
部屋の突き当りは半円を描く窓になっており、桃色のカーテンがゆわえてある。
窓からは突き抜けるような青空と、眼下に広がる庭が見えた。
部屋の中央に据えられているのは巨大なベッドで、四人は一緒に眠れそうだ。
高い天井から天蓋がつけられ、頭のあたりを覆っている。
暖炉も据えられていることに、ミアは感動を覚えた。
冬になると凍えそうになりながら夜を過ごすことが多かったミアにとっては、それだけで踊り出したいほどだ。
これまで過ごしてきた部屋とはあまりに違い過ぎて、気後れしてしまう。
これからミアは、ここで暮らすのだ。
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