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5 新しい縁談

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「……は?」

 驚かない自信があったのに、驚いてしまった。
 耳を疑った。
 婚約破棄からたったの三日で新しい縁談なんて、早すぎる。

「お相手はどなたなのですか」

 問うと、父はちらりとルイーズを見た。ルイーズは鼻を鳴らしたが、その茶色の瞳には抑えきれない満足感が浮かんでいた。

「スノウ家だ。ギルベルト・クナウティア・スノウ」

 ルイーズがまた鼻を鳴らした。

(スノウ家ね。最悪じゃない)

 この話が冗談ではないのなら、ミアは今、窮地に立たされている。

 スノウ家は、代々このアシュア国の陸軍を統率してきた由緒ある一族である。
 勇猛さはl大狼《ダイアウルフ》のごとく。その刃は氷迅のごとく。昔からそうささやかれるほどに、スノウ家は指折りの将軍家であり、屈指の強さを誇る一族なのだ。

 ギルベルト・クナウティア・スノウは、そのスノウ家の長男で、わずか二十歳で陸軍大将を務めあげているという。
 彼の眼光に射抜かれれば狼でさえも動けなくなる、敵の戦士は生け捕りにして残虐極まりない拷問を行う、などどこから生まれたのかわからないような噂が流れ、着いた名前は〈氷の将軍〉

 そんな相手に嫁ぐことに対しては、なぜか恐怖心が浮かんでこなかった。
 今置かれている状況よりも最悪になることが、今は考えられなかった。

「でも、どうしてこんなに早く縁談が?」

 素朴な疑問だった。普通、多くても半年に一度である。

 とたん、父の頬が引きつった。

「それは」

 はきはきとしゃべらない父に業を煮やしたのか、いきなりルイーズが割って入って来た。

「最初はティナの縁談だったのよ」

 それだけ聞けば、もう十分だった。
 これまでに起こってきたことが、全て繋がっていく。

 ミアは呆れてため息を漏らした。

(つまり、私はティナの代わりってわけね)

 氷の将軍に嫁ぎたくないティナが考えたことは、手に取るように分かった。
 泣いてだだをこねるティナが目に浮かんだ。

 噂を信じて結婚生活に不安を覚えたティナが思いついたのが、今回の茶番だったのだ。

 あたしは軍人と結婚して不幸になる。でも、お姉さまは幼馴染と結婚出来て、順風満帆。
 そうだ、こうすればいいのよー。

 そして、ミアが婚約破棄されたのだ。

「ティナを遠くにやるなんてかわいそうじゃない。本人も嫌がっているんだからなおさらよ。
 あなたの方が年上なんだし、いい経験になるでしょう?

 氷の将軍さまにとつげば、そのねじ曲がった根性もすこしはまっすぐになるでしょうよ」

 莫迦にした笑いを浮かべるルイーズを無視し、ミアはこれからの未来を考え始めた。
 縁談を断って、ここに残る。将軍家に嫁ぐ。
 どちらかを選ぶなら、答えは火を見るより明らかだ。

 悪い噂の流れる男とはいえ、将軍の妻となれば食うに困らないし、清潔な部屋で眠れる。
 そして何より、このくだらない家族から抜け出すことが出来る。

(なら)

 がぜんやる気がわいてきて、ミアは口元を持ち上げた。

(とことん幸せになってやろうじゃないの……!)

 幸せを奪われた今までの人生とはおさらば。
 幸せが訪れるのを待つのはもうやめて、幸せは自分でつかむ。

 幸せになって、見返してやる。

 ミアは、不敵な笑みを浮かべた。

「その縁談、お受けいたします」
 
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