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1 悲劇は突然に
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「そういうことだから、お姉さま」
濃い緑色の瞳に冷たい色を浮かべ、妹は笑った。
艶やかな口紅が塗られた桃色の唇が、ゆるやかな弧を描く。
「意味が解らないのだけれど、ティナ。お父さまがそうおっしゃったの?」
ミアの問いに、ティナは薄く笑ったまま答えなかった。
仕方なく、ミアはティナの隣に座ったヘンリーを見やった。一瞬、視線が絡み合う。しかし、彼は黙って目をそらした。淡い水色の瞳に、いつもの明るさはひとかけらもなく、ただ重い澱みだけがあった。
ティナはヘンリーの腕に、ほっそりと白い腕を絡ませる。
「お父さまも、お母さまも、みーんな認めてくださったわ。もちろん、ヘンリーもね」
軽やかな鈴の音のような声に、子供じみた甘えが滲んでいる。ため息をついて目を閉じると、暗闇の中にちかちかと光が散った。
(……疲れたわ)
ねっとりと絡みつくような倦怠感に襲われ、ミアはゆっくりと目を開ける。
目の前の腰かけるティナの、スパンコールとレースが散りばめられたドレスをぼんやりと眺める。そして、視線を落とし、自分のドレスを見る。目立つ飾りはどこにもない、地味でさえない着古したドレス。
深いため息をつく。
「わかったわ」
ティナの隣でヘンリーが顔を上げたのを、目の端でとらえる。彼の方を一度も見ることなく、ミアは話し続けた。
「つまり、婚約破棄ってわけね」
ティナが頷いた横で、ヘンリーは一言も口を利かない。されるがままに腕を組まれ、婚約者であるミアを見ようともしない。
ヘンリーは、有力貴族であるラシェル家の傍系で、幼い頃からミアと親しかった。やっとよちよち歩きが出来るようになるころから、婚約が交わされていた。
同じゆりかごで眠り、同じ乳母の乳を飲み、同じ玩具で遊んだ。
彼への怒りはない。
彼のことをよく知っているのは、間違いなくミアだ。彼がどんな性格をしているのか、知り尽くしているのもミアだ。彼が、ティナの誘いを断り切れなかったことも、父の命令に歯向かうことが出来なかったことも、容易に想像できた。
ふわふわした栗色の髪に、いつもきらきらとうるんでいる瞳。笑い声は鈴のようで、こぼれる笑みは天使のよう。
とてもかなわない。
彼女が持つ美点に及ぶものは、ミアにはひとつとしてない。
―ーだから、仕方ない。
「これで失礼させていただくわ」
ミアは立ち上がり、裾を翻してドアに向かう。
胸のうちにくすぶっている感情を、決して面に出さないように。屈辱を押し殺し、震えそうな唇をかみしめる。
ノブを回し、廊下に出た。
芯と静まり返ったろうかには、ミアの息遣いだけが響いている。
大切だから、欲しいのではない。
ミアのものだから、欲しいのだ。
(あの子は、いつだってそう)
お姉さまのものだから。
私にはないものだから。
ティナは、ずっとそうだった。
母が死んでから、十二年がたった。
ずっと、耐えてきた。
耐えて、耐えて、耐えて―ー。
その結果が、今自分が置かれている状況だと思ったら、悔しくて悔しくて、気が狂いそうだった。
奪われてしまった。
とうとう、婚約者まで。
濃い緑色の瞳に冷たい色を浮かべ、妹は笑った。
艶やかな口紅が塗られた桃色の唇が、ゆるやかな弧を描く。
「意味が解らないのだけれど、ティナ。お父さまがそうおっしゃったの?」
ミアの問いに、ティナは薄く笑ったまま答えなかった。
仕方なく、ミアはティナの隣に座ったヘンリーを見やった。一瞬、視線が絡み合う。しかし、彼は黙って目をそらした。淡い水色の瞳に、いつもの明るさはひとかけらもなく、ただ重い澱みだけがあった。
ティナはヘンリーの腕に、ほっそりと白い腕を絡ませる。
「お父さまも、お母さまも、みーんな認めてくださったわ。もちろん、ヘンリーもね」
軽やかな鈴の音のような声に、子供じみた甘えが滲んでいる。ため息をついて目を閉じると、暗闇の中にちかちかと光が散った。
(……疲れたわ)
ねっとりと絡みつくような倦怠感に襲われ、ミアはゆっくりと目を開ける。
目の前の腰かけるティナの、スパンコールとレースが散りばめられたドレスをぼんやりと眺める。そして、視線を落とし、自分のドレスを見る。目立つ飾りはどこにもない、地味でさえない着古したドレス。
深いため息をつく。
「わかったわ」
ティナの隣でヘンリーが顔を上げたのを、目の端でとらえる。彼の方を一度も見ることなく、ミアは話し続けた。
「つまり、婚約破棄ってわけね」
ティナが頷いた横で、ヘンリーは一言も口を利かない。されるがままに腕を組まれ、婚約者であるミアを見ようともしない。
ヘンリーは、有力貴族であるラシェル家の傍系で、幼い頃からミアと親しかった。やっとよちよち歩きが出来るようになるころから、婚約が交わされていた。
同じゆりかごで眠り、同じ乳母の乳を飲み、同じ玩具で遊んだ。
彼への怒りはない。
彼のことをよく知っているのは、間違いなくミアだ。彼がどんな性格をしているのか、知り尽くしているのもミアだ。彼が、ティナの誘いを断り切れなかったことも、父の命令に歯向かうことが出来なかったことも、容易に想像できた。
ふわふわした栗色の髪に、いつもきらきらとうるんでいる瞳。笑い声は鈴のようで、こぼれる笑みは天使のよう。
とてもかなわない。
彼女が持つ美点に及ぶものは、ミアにはひとつとしてない。
―ーだから、仕方ない。
「これで失礼させていただくわ」
ミアは立ち上がり、裾を翻してドアに向かう。
胸のうちにくすぶっている感情を、決して面に出さないように。屈辱を押し殺し、震えそうな唇をかみしめる。
ノブを回し、廊下に出た。
芯と静まり返ったろうかには、ミアの息遣いだけが響いている。
大切だから、欲しいのではない。
ミアのものだから、欲しいのだ。
(あの子は、いつだってそう)
お姉さまのものだから。
私にはないものだから。
ティナは、ずっとそうだった。
母が死んでから、十二年がたった。
ずっと、耐えてきた。
耐えて、耐えて、耐えて―ー。
その結果が、今自分が置かれている状況だと思ったら、悔しくて悔しくて、気が狂いそうだった。
奪われてしまった。
とうとう、婚約者まで。
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