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第1章
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仕事終わりに更衣室で軽くメイクを直してから、通信アプリで送ってもらった地図を頼りに店へと向かう。
仕事が押したせいで、言われていた時間よりも1時間ほど遅くなってしまった。
迷う事なくすんなりとお店に辿り着き、入り口の暖簾をくぐると、「いらっしゃいませ!」と、快活な声が飛んできた。予約の名前を告げると、おしゃれな造りの半個室に通される。
「大川さん!」
と紗恵ちゃんが私にいち早く気づき立ち上がった。
その手招きに誘われるがままに、二つ並んでいるテーブルの隙間を通ると、彼女がいる側のテーブルへ。そして空いている席に座った。
「来てくれて嬉しいです!」
にこりと微笑む紗恵ちゃんの頬は、お酒のせいか薄く染まっていた。いつもより少し子供っぽい彼女の表情や態度から、お酒の席ならではの適度な気安さを感じる。
その時、逆側のテーブルから声が上がった。
「紗恵ちゃん!こっちにおいでよ!」
その聞き覚えのある、男性にしては高い声に
思わずギョっとして声の主を見る。
(そう言えば、紗恵ちゃん、今朝、更衣室で赤羽さんがどうとかって言ってたような……)
失敗した。来るんじゃなかった。
と一瞬そう思ったけれど、よく見ると赤羽さんの顔は真っ赤で、すっかり酔っぱらっていて、私の事など特に気にもしていないというか、ちゃんと認識されているかも怪しい。その事にほっと胸を撫で下ろした。
紗恵ちゃんは彼の声に応えて、周辺の人に「ちょっと失礼しますね」と断りながら、赤羽さんのいる隣のテーブルへと移動した。
紗恵ちゃんがいなくなってしまうとこちらのテーブルにはよく知らない男性が1人とその隣に紗恵ちゃんとよく一緒に居る子が1人。テーブルは二つあるのに基本みんな赤羽さんのいる席に集まっている。
私は、急いでメニュー表を開くと、とりあえずカクテルを注文した。すると、
「お疲れ様。これも食べてよ」
そう言って目の前に座っている男性が惣菜の載ったお皿を差し出してくれる。
「ありがとうございます」
そう返すと、
「ちょっと、本岡さん!」
また、隣のテーブルから赤羽さんの声がかかり、彼は、「はいはい~」と返事をして立ち上がった。
「じゃあ、私もちょっとお手洗いに……。大川さんはゆっくり食べてくださいね」
そう言うと、最後の1人も席を立った。
周りに誰もいなくなってしまったけれど、それは私にとって好都合だった。目の前に差し出されたお皿の中にお刺身の盛り合わせを見つけ、途端に嬉しくなる。急にお腹が空腹を訴えた。
(普段はお刺身は買わないようにしてるから、これは絶対に食べておかないと!)
注文していたカシスオレンジが来ると、それを飲みながら、目の前に並んだお皿の上の料理を取り皿に取り、順番に箸をつけていく。
(はぁ~。美味しい!幸せ……)
そんな事を思っていると、
「紗恵ちゃんはねぇ~。すごいんだよぉ~」
隣のテーブルから、赤羽さんが紗恵ちゃんをほめている声が聞こえてきた。
やっぱり彼は私のことなど特に気にしてないようだ。そう確信を得て、気が緩んでさらにワインを注文する。
美味しい料理の数々。楽しくなって、お酒も進む。
しばらくそうして飲んでいたところに、ザワッと急に周囲がどよめいた。
「うそ、……マジで?」
「あれって、うちの企画部の野田さんよね……」
「私、初めて見たかも……」
そんな声が聞こえて思わず皆の視線の先を追う。
赤羽さんや、紗恵ちゃんは営業課で、その上に企画営業部がある。そこに所属している時点で、エリートで出世コースに乗っているという事。それはうちの会社では誰もが知っている。話には聞いてるけど、私は普段仕事で接する事もない人達だ。今騒いでいる彼女達もきっとそうなのだろう。
視線の先にはスーツ姿でメガネをかけてる長身の男性がいた。
(ふーん。みんな騒いでるし、社内では結構有名な人なのかな~)
一人のんきにそんな事を思いながら、
(……まあ、なんでもいいか)
今度はサワーを頼んでみようとメニュー表を手に取った。
「野田先輩!来てくれたんですね!」
と赤羽さんの声。
「いや、帰るついでにちょっと様子見に寄っただけ──」
と、その後に少し低めの落ち着いた硬質な声が響いた。
「こっち座ってくださいよ!」
「……俺の事は気にするな。好きな所に座るから」
声の主はそう言うと、私の目の前に座る。
「……え?なんで?」
頭の中で思っただけのつもりが、思わず声が出た。
「なに?なんか文句ある?」
返って来たセリフの違和感に、ぼやけていた視界が少しずつ定まっていく。
「……あ、あれ?もしかして野田?」
「久しぶり。お前、この会社に居たんだな」
「なんで野田がいんの?」
ぼんやりした頭でそう言うと、
「大川。お前どんだけ飲んだんだよ……」
呆れたようにため息混じりに言われてしまう。
「先輩、大川さんと知り合いっすか?」
「ああ、高校の時の同級だ」
*
*
*
仕事が押したせいで、言われていた時間よりも1時間ほど遅くなってしまった。
迷う事なくすんなりとお店に辿り着き、入り口の暖簾をくぐると、「いらっしゃいませ!」と、快活な声が飛んできた。予約の名前を告げると、おしゃれな造りの半個室に通される。
「大川さん!」
と紗恵ちゃんが私にいち早く気づき立ち上がった。
その手招きに誘われるがままに、二つ並んでいるテーブルの隙間を通ると、彼女がいる側のテーブルへ。そして空いている席に座った。
「来てくれて嬉しいです!」
にこりと微笑む紗恵ちゃんの頬は、お酒のせいか薄く染まっていた。いつもより少し子供っぽい彼女の表情や態度から、お酒の席ならではの適度な気安さを感じる。
その時、逆側のテーブルから声が上がった。
「紗恵ちゃん!こっちにおいでよ!」
その聞き覚えのある、男性にしては高い声に
思わずギョっとして声の主を見る。
(そう言えば、紗恵ちゃん、今朝、更衣室で赤羽さんがどうとかって言ってたような……)
失敗した。来るんじゃなかった。
と一瞬そう思ったけれど、よく見ると赤羽さんの顔は真っ赤で、すっかり酔っぱらっていて、私の事など特に気にもしていないというか、ちゃんと認識されているかも怪しい。その事にほっと胸を撫で下ろした。
紗恵ちゃんは彼の声に応えて、周辺の人に「ちょっと失礼しますね」と断りながら、赤羽さんのいる隣のテーブルへと移動した。
紗恵ちゃんがいなくなってしまうとこちらのテーブルにはよく知らない男性が1人とその隣に紗恵ちゃんとよく一緒に居る子が1人。テーブルは二つあるのに基本みんな赤羽さんのいる席に集まっている。
私は、急いでメニュー表を開くと、とりあえずカクテルを注文した。すると、
「お疲れ様。これも食べてよ」
そう言って目の前に座っている男性が惣菜の載ったお皿を差し出してくれる。
「ありがとうございます」
そう返すと、
「ちょっと、本岡さん!」
また、隣のテーブルから赤羽さんの声がかかり、彼は、「はいはい~」と返事をして立ち上がった。
「じゃあ、私もちょっとお手洗いに……。大川さんはゆっくり食べてくださいね」
そう言うと、最後の1人も席を立った。
周りに誰もいなくなってしまったけれど、それは私にとって好都合だった。目の前に差し出されたお皿の中にお刺身の盛り合わせを見つけ、途端に嬉しくなる。急にお腹が空腹を訴えた。
(普段はお刺身は買わないようにしてるから、これは絶対に食べておかないと!)
注文していたカシスオレンジが来ると、それを飲みながら、目の前に並んだお皿の上の料理を取り皿に取り、順番に箸をつけていく。
(はぁ~。美味しい!幸せ……)
そんな事を思っていると、
「紗恵ちゃんはねぇ~。すごいんだよぉ~」
隣のテーブルから、赤羽さんが紗恵ちゃんをほめている声が聞こえてきた。
やっぱり彼は私のことなど特に気にしてないようだ。そう確信を得て、気が緩んでさらにワインを注文する。
美味しい料理の数々。楽しくなって、お酒も進む。
しばらくそうして飲んでいたところに、ザワッと急に周囲がどよめいた。
「うそ、……マジで?」
「あれって、うちの企画部の野田さんよね……」
「私、初めて見たかも……」
そんな声が聞こえて思わず皆の視線の先を追う。
赤羽さんや、紗恵ちゃんは営業課で、その上に企画営業部がある。そこに所属している時点で、エリートで出世コースに乗っているという事。それはうちの会社では誰もが知っている。話には聞いてるけど、私は普段仕事で接する事もない人達だ。今騒いでいる彼女達もきっとそうなのだろう。
視線の先にはスーツ姿でメガネをかけてる長身の男性がいた。
(ふーん。みんな騒いでるし、社内では結構有名な人なのかな~)
一人のんきにそんな事を思いながら、
(……まあ、なんでもいいか)
今度はサワーを頼んでみようとメニュー表を手に取った。
「野田先輩!来てくれたんですね!」
と赤羽さんの声。
「いや、帰るついでにちょっと様子見に寄っただけ──」
と、その後に少し低めの落ち着いた硬質な声が響いた。
「こっち座ってくださいよ!」
「……俺の事は気にするな。好きな所に座るから」
声の主はそう言うと、私の目の前に座る。
「……え?なんで?」
頭の中で思っただけのつもりが、思わず声が出た。
「なに?なんか文句ある?」
返って来たセリフの違和感に、ぼやけていた視界が少しずつ定まっていく。
「……あ、あれ?もしかして野田?」
「久しぶり。お前、この会社に居たんだな」
「なんで野田がいんの?」
ぼんやりした頭でそう言うと、
「大川。お前どんだけ飲んだんだよ……」
呆れたようにため息混じりに言われてしまう。
「先輩、大川さんと知り合いっすか?」
「ああ、高校の時の同級だ」
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