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第1章
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社会人一年目の時、私のお財布事情や通勤時間を考慮して選んだのがこのマンションだった。当時満員だったのが、角部屋がちょうど空くという事も手伝って、ここしかないと即決したのだ。
(今日は、会いたくないな……)
だけど、そんなことを思っている時に限って会ってしまうというのはよくある事で。部屋を出て一階に降り通路を歩いてすぐ、エントランス付近でホウキを片手に掃除をしている中年女性と出くわす。
「平田さん。おはようございます」
何か言われる前に、自分からそう声をかける。
「あら。大川さん。今日は早いのね」
床を掃く手を止めて、かがめていた上半身をむくりと起こすと、丸メガネを一度押し上げてから彼女はそう言ってきた。
平田さんはこのマンションの管理人で、一階のエントランスにある管理事務室に早朝から22時ごろまで常駐している。こうして鉢合わせてしまえば、挨拶しないわけにはいかない。
「今日は金曜日ね…。気をつけて行ってらっしゃいね~」
強調されたようなその言葉に、私は誤魔化すように笑って、「いってきます」とだけ返した。
以前は平田さんの滞在時間は9時から17時までと割と短かった。それが少し前、別の階の若い女性が男の人を連れ込んで、ちょっとしたトラブルを起こしてから、彼女の滞在時間が長くなった。そしてそのせいか、平田さんは、特に若い女性が男性を連れ込むことをよく思っていないみたいだ。
彼女は私が優斗と付き合っていることも知っている。優斗が一緒に居る時は管理室の窓越しにじろじろと無遠慮に見てくる。その目がちょと監視されているようで苦手だった。それくらいならまだ気のせいだと思えたのだけど、以前に一度呼び止められて、
「あまり遅くまで男の人を部屋に入れるのは感心しないわね」
とハッキリと言われてしまってからは、優斗には平田さんがいない時を見計らって出入りしてもらうようにしている。だけど彼女の朝は早く、夜も22時と遅いので、目下、私の中で悩みとなっているのは、必然的に優斗と一緒にいられる時間が減ってしまうということだった。
とはいえ、実家暮らしの優斗の家に行く訳にもいかない。
平田さんが心配してくれているのはなんとなく分かる。だけど、正直あまり会いたくないなと思ってしまう。もしかしたら平田さんにそのつもりはないのかもしれないけれど、さっきのことだって、「分かってるわよね?」と、変な圧をかけられているように感じてしまうのだ。
家賃は安めだし、やっと住み慣れたところなのに、いまさら引越しもしたくない。なのでそこは、仕方がない事だと諦めている。
(……朝から少し疲れた)
今日も優斗とは外で会うしかないかもしれない。と考えながら、駅に向かう歩調を早めた。
(今日は、会いたくないな……)
だけど、そんなことを思っている時に限って会ってしまうというのはよくある事で。部屋を出て一階に降り通路を歩いてすぐ、エントランス付近でホウキを片手に掃除をしている中年女性と出くわす。
「平田さん。おはようございます」
何か言われる前に、自分からそう声をかける。
「あら。大川さん。今日は早いのね」
床を掃く手を止めて、かがめていた上半身をむくりと起こすと、丸メガネを一度押し上げてから彼女はそう言ってきた。
平田さんはこのマンションの管理人で、一階のエントランスにある管理事務室に早朝から22時ごろまで常駐している。こうして鉢合わせてしまえば、挨拶しないわけにはいかない。
「今日は金曜日ね…。気をつけて行ってらっしゃいね~」
強調されたようなその言葉に、私は誤魔化すように笑って、「いってきます」とだけ返した。
以前は平田さんの滞在時間は9時から17時までと割と短かった。それが少し前、別の階の若い女性が男の人を連れ込んで、ちょっとしたトラブルを起こしてから、彼女の滞在時間が長くなった。そしてそのせいか、平田さんは、特に若い女性が男性を連れ込むことをよく思っていないみたいだ。
彼女は私が優斗と付き合っていることも知っている。優斗が一緒に居る時は管理室の窓越しにじろじろと無遠慮に見てくる。その目がちょと監視されているようで苦手だった。それくらいならまだ気のせいだと思えたのだけど、以前に一度呼び止められて、
「あまり遅くまで男の人を部屋に入れるのは感心しないわね」
とハッキリと言われてしまってからは、優斗には平田さんがいない時を見計らって出入りしてもらうようにしている。だけど彼女の朝は早く、夜も22時と遅いので、目下、私の中で悩みとなっているのは、必然的に優斗と一緒にいられる時間が減ってしまうということだった。
とはいえ、実家暮らしの優斗の家に行く訳にもいかない。
平田さんが心配してくれているのはなんとなく分かる。だけど、正直あまり会いたくないなと思ってしまう。もしかしたら平田さんにそのつもりはないのかもしれないけれど、さっきのことだって、「分かってるわよね?」と、変な圧をかけられているように感じてしまうのだ。
家賃は安めだし、やっと住み慣れたところなのに、いまさら引越しもしたくない。なのでそこは、仕方がない事だと諦めている。
(……朝から少し疲れた)
今日も優斗とは外で会うしかないかもしれない。と考えながら、駅に向かう歩調を早めた。
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