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序章
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季節は三月。
わずかに開けた窓からはまだ少し肌寒い風が吹きこんでいる。でも、眠い時にはこれくらいの風がちょうどいい。日当たりの良い窓辺の席で、橘琉璃はぼんやりとそんな事を考えていた。教壇では、担任の堺先生がなにやら話しているが、今の琉璃の耳にはほとんどといっていいほど届いていない。担任の話を軽く聞き流しながら、ぼんやりと斜め後ろに座っている友人の大川ほのかの横顔に目をやると、彼女の瞼が半分閉じかかっているのが見えた。
「……ですから、事故には十分に気をつけて下さい。では、皆さん。良い春休みを」
担任の締めの言葉を聞くや否や、閉じかかっていたほのかの瞼が完全に開き、待ってましたとばかりにすばやく号令をかける。
(まったく、現金なんだから……)
そう思う琉璃だったが、自分だって人の話を聞かず、ぼんやりしていたのだから人の事は言えないなと慌てて考え直した。
担任が出て行った後の教室は、春休みの前日というだけあっていつもよりざわついている。それだけ学生にとって長期の休みというのは心躍るイベントであるということだ。琉璃は大きなあくびをかみ殺しながら机の上の筆記用具を片付け始めた。
「るり~、帰ろう」
名前を呼ばれ、顔を上げるとほのかが満面の笑みで目の前に立っている。
「片づけ早いね~。ちょっと待ってて。まだ教科書とか鞄に全部いれてない」
そう言いながら、大急ぎで片づける。
「おまたせ」
「よし! じゃあ早く帰ろう」
明日から春休みなのもあってか、ほのかはこの世の春とばかりに上機嫌だ。琉璃もつられて顔が緩んでしまう。その時、
「おい、大川! ちょっと待て」
少し低めの声が教室に響いた。すでに教室の後ろのドアから一歩足を踏み出していたほのかは、かなり面倒くさそうに振り返った。
「……何よ? 野田」
迷惑そうな顔で答えるほのかに、彼はちょっと呆れ気味に言った。
「何か忘れてないか?」
彼は大きくため息をつきながらそう言うと、ほのかの机を指さした。いや、正確にはほのかの机の横のフックに引っかけてある……。
「あ~! 週番日誌!!」
「さっき号令かけてたくせに、なんで忘れる? 鳥頭だな」
「…理解不能」とさらに続ける。
この学校では週番は週の最後に日誌を書き、担任に提出しなくてはいけない。ほのかはそれをすっかり忘れていたようだ。
「た、確かに日誌の事を忘れてたのは悪かったけど……。なによ! その言いぐさは! ちょっと自分が頭がいいからって偉そうに!」
「事実を言っただけだけどな。ちなみに、これって頭がいいとか悪いとか、そういう問題じゃないと思うんだけど。……え? なに? もしかして僻み?」
琉璃から見ると相変わらず仲良くじゃれているようにしか見えない二人だが、ほのか曰く野田君は、何度席替えをしてもなぜか前後左右のどこかになって、やたらと一緒に行動しなくてはいけないイヤミな奴なのだそうだ。「これは野田の陰謀に違いない」挙げ句の果てにはそんなことを言い出すしまつ。野田君も大変だと思いつつ、でも、ほのかにしかこんな態度を取っていない気がするので、それだけ相性がいいと言うことではないかと思うのだが……。
余計な事は言うまい。ほのかが怒ってしまう。まだ、なんだかんだと言い合っている二人に、
「じゃあ、私先に行ってるね」
と声をかける。
「ええっ!! 待っててくれないの!?」
ちょっと泣きそうな顔をしてほのかが言う。
(うん。待ってたら長そうだから)
心の中でそう思いながら、
「大丈夫、大丈夫。いつもの所で待ってるから」
と、答える。そう言うとほのかは少し元気を取り戻したらしく、
「分かった! 出来る限り急ぐから!」
そう言って、大急ぎで日誌に取り掛かり始める。そんなほのかを見ながら、琉璃は教室を後にした。
わずかに開けた窓からはまだ少し肌寒い風が吹きこんでいる。でも、眠い時にはこれくらいの風がちょうどいい。日当たりの良い窓辺の席で、橘琉璃はぼんやりとそんな事を考えていた。教壇では、担任の堺先生がなにやら話しているが、今の琉璃の耳にはほとんどといっていいほど届いていない。担任の話を軽く聞き流しながら、ぼんやりと斜め後ろに座っている友人の大川ほのかの横顔に目をやると、彼女の瞼が半分閉じかかっているのが見えた。
「……ですから、事故には十分に気をつけて下さい。では、皆さん。良い春休みを」
担任の締めの言葉を聞くや否や、閉じかかっていたほのかの瞼が完全に開き、待ってましたとばかりにすばやく号令をかける。
(まったく、現金なんだから……)
そう思う琉璃だったが、自分だって人の話を聞かず、ぼんやりしていたのだから人の事は言えないなと慌てて考え直した。
担任が出て行った後の教室は、春休みの前日というだけあっていつもよりざわついている。それだけ学生にとって長期の休みというのは心躍るイベントであるということだ。琉璃は大きなあくびをかみ殺しながら机の上の筆記用具を片付け始めた。
「るり~、帰ろう」
名前を呼ばれ、顔を上げるとほのかが満面の笑みで目の前に立っている。
「片づけ早いね~。ちょっと待ってて。まだ教科書とか鞄に全部いれてない」
そう言いながら、大急ぎで片づける。
「おまたせ」
「よし! じゃあ早く帰ろう」
明日から春休みなのもあってか、ほのかはこの世の春とばかりに上機嫌だ。琉璃もつられて顔が緩んでしまう。その時、
「おい、大川! ちょっと待て」
少し低めの声が教室に響いた。すでに教室の後ろのドアから一歩足を踏み出していたほのかは、かなり面倒くさそうに振り返った。
「……何よ? 野田」
迷惑そうな顔で答えるほのかに、彼はちょっと呆れ気味に言った。
「何か忘れてないか?」
彼は大きくため息をつきながらそう言うと、ほのかの机を指さした。いや、正確にはほのかの机の横のフックに引っかけてある……。
「あ~! 週番日誌!!」
「さっき号令かけてたくせに、なんで忘れる? 鳥頭だな」
「…理解不能」とさらに続ける。
この学校では週番は週の最後に日誌を書き、担任に提出しなくてはいけない。ほのかはそれをすっかり忘れていたようだ。
「た、確かに日誌の事を忘れてたのは悪かったけど……。なによ! その言いぐさは! ちょっと自分が頭がいいからって偉そうに!」
「事実を言っただけだけどな。ちなみに、これって頭がいいとか悪いとか、そういう問題じゃないと思うんだけど。……え? なに? もしかして僻み?」
琉璃から見ると相変わらず仲良くじゃれているようにしか見えない二人だが、ほのか曰く野田君は、何度席替えをしてもなぜか前後左右のどこかになって、やたらと一緒に行動しなくてはいけないイヤミな奴なのだそうだ。「これは野田の陰謀に違いない」挙げ句の果てにはそんなことを言い出すしまつ。野田君も大変だと思いつつ、でも、ほのかにしかこんな態度を取っていない気がするので、それだけ相性がいいと言うことではないかと思うのだが……。
余計な事は言うまい。ほのかが怒ってしまう。まだ、なんだかんだと言い合っている二人に、
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「ええっ!! 待っててくれないの!?」
ちょっと泣きそうな顔をしてほのかが言う。
(うん。待ってたら長そうだから)
心の中でそう思いながら、
「大丈夫、大丈夫。いつもの所で待ってるから」
と、答える。そう言うとほのかは少し元気を取り戻したらしく、
「分かった! 出来る限り急ぐから!」
そう言って、大急ぎで日誌に取り掛かり始める。そんなほのかを見ながら、琉璃は教室を後にした。
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