月の目覚めの時

永田 詩織

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4. 故郷からの刺客

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  天上の塔の入り口に近付いたジグルドは、右手を当ててその扉を開こうとした。
「だめだよ。びくともしないだろう?」
  ロベルトが苦笑しながら言うと、彼は怪訝そうに振り返る。
「なんでだよ」
「なんでって、そりゃあ、王族にしか開けられないからだよ。ここは、この国にとって最も重要な場所だぞ。そう簡単に入れないよ」
「ふうん…。意外と…いや、予想以上に念入りだな」
  小さな呟きがして、ロベルトは不思議に思って覗き込んだ。
「何か言ったか?」
「いや、なんでもない。さっさと“国の灯火”とやらを見に行こうぜ」
「…って君、簡単に言うけどね、本当なら、入ってもダメなんだよ?近付く事だって、本当はできない筈なのに…」
  そこまで言って、はたと気がつく。
  ジグルドは、貴族達に連れてきてもらうつもりだと言っていた。だが、王族でもない彼らに、この扉を開ける事が叶うとは思えない。貴族達だって、その事実はよく知っている筈なのだが__。
  そんな彼の懸念をよそに、ジグルドは早く開けろと催促する。
  __今、悩んでも仕方ないか。
  難しい事は、まだよく分からない。後でノルンかヒースに相談してみればいいだろう。その為にも、早く“国の灯火”を点して、彼らの正気を戻さなければ。
  そう結論付けて、ロベルトは扉に近付いた。
「えっと…」
  何かを探すように、視線をさまよわせる。
「あ、あった」
  足元に鍵の形をした窪みを見つけ、彼は手を伸ばす。感触を確かめると、そこは少しだけ生温かった。他の部分はひんやりとしていて心地が良いのに、ここだけが奇妙に温かい。その理由を知るロベルトは満足げに頷いて、そっと両手を当てた。
  目を閉じると、ゆっくりと魔力を注ぎ込んでいく。徐々に窪みは熱を持っていって、とろりとした感触が手に触れるのを感じた。
  __まだだ。
  焦りそうになる自分に言い聞かせ、ロベルトはじっと堪える。
  __今、手を離したら、一からやり直しになる。そう、あれができるまでは…。
  どれくらいそうしていただろうか。不意に、手元の熱が消え失せた。その代わり、固い何かがロベルトの手の中に転がりこんできて、彼は手を引く。
  そこには、鍵があった。ちょうど、あの窪みと同じくらいの大きさだ。
  ジグルドはロベルトの手元を覗き込んで、驚きの声をあげた。
「お前…それ、どうしたんだよ!」
「今、造ったんだよ。この窪みに魔力を注ぎ込んで、鍵の形にしたんだ」
  でも、魔力を固めただけのものだから、時間が経てば、すぐに壊れてしまう。しかも、この窪みの熱は王族の魔力にしか反応しないから、彼らがいなければ、決して入る事は叶わない。
これが、王族にしか天上の搭に入れない理由だった。
「そうか、だから…」
  驚きを隠せない様子のジグルドに、ロベルトはしてやったりの気分になる。嬉しげに顔をあげて、ジグルドの横顔を見た途端、何故か動きを止めてしまった。
  __なんだろう。胸騒ぎがする。
  胸の奥がざわつくような、焦りに似たそんな気持ち。
  気付けば、勝手に口が動いて、ロベルトは彼にこんな事を言っていた。
「ね、ねえ。やっぱり、君は外で待っていてくれないか?」
「はあ?なんでだよ」
  案の定、ジグルドは不機嫌そうに眉をひそめる。
  慌ててロベルトは目を逸らして、謝罪の言葉を口にした。
「ご、ごめん。変な事を言った。気にしないでくれ」
  それでもざわつく胸の奥の何かを振り切るように、ロベルトは扉に向き合う。
「ええっと、鍵穴は…」
「そこだろ」
  間髪いれずに指差され、ロベルトはその先を追う。お陰ですぐに見つかったが、まるで最初から知っていたかのようなジグルドのそれに、疑念を覚える。
「…ジグルド、君、ここに来るのは初めてじゃないのか?」
「はあ?何言っているんだよ。この場所に来るのだって、お前がいなきゃ不可能だっただろうが」
  確かにそうだ。そう納得したいのに、やはり何かが邪魔をする。
  __…きっと、不安になって、疑心暗鬼になっているんだ。ここには、いつも傍にいてくれる兄様達がいないから。
  そう言い聞かせて、鍵穴に鍵を差し込む。
「…開けるよ」
  自身に言い聞かせるように、小さく呟く。そして、ゆっくりと鍵を回すと、扉は音もなく目の前から消え失せた。
「えっ!?」
  予想もしなかった展開にロベルトは思わず声をあげる。そして、気付けば、地面に倒れ込んでいた。


「…まさか、転移魔術式だったとはな」
  そんなジグルドの呻き声に、ロベルトははたと我に返った。
  目を瞬かせて起き上がると、隣でジグルドがこめかみを押さえながら寝転がっている。
「…大丈夫か?」
「あー…平気だ。じっとしてれば、もう少しで治ると思う」
  頭痛が酷いのだろう。話すのも億劫そうで、苦笑したロベルトはしばらく彼を放っておく事にした。
  __それにしても…ジグルドは、転移魔術に慣れてないのか?
  この魔術は、人によっては激しい頭痛を生じさせる。だが、それも始めのうちで、慣れてしまえば、全く支障はなくなる。転移魔術は、日常的には用いられないものだが、月の国の大抵の人間は、少なくとも子供のうちに慣れてしまうものなのだ。
  だが、ジグルドの様子を見る限り、彼のそれはまるで初心者も同然の反応だった。それとも、余程の酷い副作用の持ち主なのか。いずれにしても、彼の調子が治るまで、そっとしておくべきなのだろう。
  ふと、ロベルトは誰かに呼ばれたような気がして、顔をあげた。勿論、その場にいるのは、彼ら二人だけで、他の誰かがいる筈もない。
  だが、その時の彼はどうしても気になって、声の主を捜す事にした。立ち上がった彼は、ぐるりと辺りを見渡す。窓一つない、小さな部屋。あるのは、扉一つだけで、彼はゆっくりと扉を押し開ける。
  その先に現れた螺旋状の階段に、ロベルトは天を振り仰いだ。
「わあ…っ、高いな…」
  どこまでも、どこまでも、階段は続いていそうだった。終わる事のないような路に、不意にその終点を見てみたいという気持ちが沸き上がってきた。
「もしかしたら、あの声の主も、この上にいるかもしれないし…」
  そう口にすると、本当の事のような気がしてくる。思い切って、ロベルトは一歩を踏み出した。
  一段一段、慎重に上っていく。響き渡るのは、彼の足音だけ。心地よい響きに、時折ロベルトは耳を澄ませた。
  __駆け上がってみよう。
  そんな思いが浮かび上がり、少しだけ歩調を早める。最初のうちは落ちないか怖くて慎重な足取りだったけれど、足音を聞いているうちに、そんな恐れもなくなって、彼は勢いよく地面を蹴った。
  テンポの良い音が搭に反響する。その響きは、天まで届いて__。
  __…って、そうだ!
  ここは天上の搭だ。
  今更ながらに現在の事態を思い出して、我ながら恥ずかしくなる。
  足を止めたロベルトは顔を真っ赤にして俯いた。そこで、はたと異変に気付く。
「あれ…?ここ、階段じゃない…」
  戸惑いとともに視線をあげて、彼は言葉をなくした。
「これ、は…」
「そう、“国の灯火”だ」
  ハッとして振り向く。そこにいた影に、ロベルトは声をあげた。
「ジグルド!」
  いつの間に、彼はこんなところに来ていたのだろう。夢中だったせいなのか、傍に来ていた事さえ、全く気付かなかった。
  __夢中…?何に…?
  そこで、ロベルトは思い至る。先程のあれも、魔術だったのだ。恐らく、音を用いたもの。あの時、彼は不思議な声に導かれるがまま、行動した。その結果、彼__彼らはこの場所に導かれ、飛ばされた。
「そうか…そうだったんだ」
  __だったら。
  ロベルトは改めて“国の灯火”に向かい合い、意識を集中させようとする。
「待て」
  突然、聞こえた制止の声に、彼は鬱陶しそうに振り返る。
「なんだよ、今か…」
  ふつりと言葉が途切れる。
  首に当てられているのは、冷たい感触。鋭く光る得物を手にしたジグルドの眼差しは、それと同じくらい冷たかった。
「ジ、グル…」
「動くな。死にたくなければな」
「な、なんの冗談だよ。どういうつもり…っ」
  強く押し当てられて、痛みが走る。視界がぼんやりとぼやける。
「この程度が恐ろしいのか。ははっ、俺とは大違いだな」
  そのまま後ろに突き飛ばされて、ロベルトは呆然とジグルドを見上げる。
  彼はこともなげに指に刃を押しあてると、瞬く間に血が溢れだした。ロベルトと同じ色の赤。ジグルドは不思議そうに自分とロベルトのそれを見比べている。
  震えが止まらない。僅かに流れた血が怖かった。だが、それ以上に、目の前の彼のなんとも感じない表情が恐ろしかった。
「ああ、そうだ。抵抗しても無駄だぜ」
  まるでたった今思い付いたかのように彼は言う。
「お前らの魔術のカラクリは、大体分かっているからな」
  __…え?
  一瞬、ロベルトは耳を疑った。本気で彼の言っている言葉の意味を探した。
  そして。
  ジグルドはロベルトに考える時間を与えてから、真実を口にする。
「俺は地上の人間だ、魔術師の国の王子」
  __“地上”。
  歴史の講義で、聞いた事がある。遥か昔、ロベルトの祖先はその地で暮らしていたのだと。見た事もない、異郷の地。感じた事のない、故郷の香り。
  __ジグルドは…こいつは、そこから来た人?
  では、あの香りは。嗅いだ事のない不思議な匂い。着たこともない不可思議な衣装。あれは、全て地上のものなのだろうか。
  そして、同時に思い出す。彼らは、地上の人間は、ロベルトの祖先を虐げた者達なのだと。
「__…っ!!」
  咄嗟に術を唱えようとしたロベルトの肩を激痛が襲う。それが刃を突き立てられたからなのだという事に気付くのに、大分時間がかかった。
「結構、反応が遅かったな。…けど、結局はそういう顔をするのか」
「…け、きょく…て」
「恐怖にひきつった顔。もしくは憎悪、怒り。皆そうだ。…まあ、それは俺も同じだけどな」
  立ち上がったジグルドは、うんざりしたように息を吐く。
「まあ、これでお前は魔術が使えなくなった。…しかし、魔術師ってのは変わっているよな。まるで、夢遊病みたいだ」
「…!」
「要は、白昼夢を見ているんだろう。精霊だかなんだか知らないが、そんなものを操り、操られ、生きている。確かに俺なら、そんな奴らと付き合うのは御免だね」
  明確に向けられた悪意と嘲り。初めて、ロベルトは心の底からの怒りを覚えた。
  祖先も、こんな思いだったのだろうか。こんな苦しい痛みを味あわされて、同じように涙したのだろうか。けれど、同時に無力感に苛まれる。彼は弱い。これ程に憎い相手が目の前にいるのに、何も出来ない。
「そうだ。最後に話しておこうか。俺がこの国に来た目的だけどな。__これだ」
  ジグルドは自分の背後を指差して、そう言った。
  それの示す物を理解して、ロベルトは顔を青ざめさせる。
  __“国の灯火”…!
  何の為にこれが必要なのかは分からない。だが、それは決して良いものではない事なのは確かだった。
  __…っ!
  力を振り絞って、立ち上がろうとする。けれど、強い激痛に襲われ、膝をついてしまう。
「あんまし、無理に起き上がらない方がいいぜ。出血多量で、人が死ぬ事だってあるんだからな」
  悔しさのあまり、目の前が涙で霞む。それでも、抵抗したい一心で、ジグルドをギッと睨み付け続けた。
  一瞬、驚愕に見開かれた瞳が、愉快そうに細められる。ジグルドは真っ直ぐにロベルトを指差して言った。
「いいな、その目。その顔は、あいつらと同じ顔だよ」
「あい…つら…?」
「お前が怯えていた連中。大好きなお兄様達の事だよ!」
「…!!」
  頭が真っ白になった。
  兄達と同じ。あの時の事が走馬灯のように蘇る。
  断罪者のような言葉。他者を拒絶する背中。何よりも恐ろしかった、憎悪に彩られた兄の横顔。
  __あの時の…兄様と、同じ顔…?
  誰かを憎む。そんな感情に今まで触れた事のなかったロベルトにとって、それは恐怖を抱くものでしかなかった。
  それが今、彼はその感情に支配されている。その事に気付いた途端、己が恐ろしくなり、顔を覆ってうずくまってしまった。
  __怖い…訳の分からない感情が…自分自身が、分からない…!
「何を怯えているんだよ。これから、もっと恐ろしい事を教えてやろうと思ったのに」
「え…」
  これ以上何をと悲鳴をあげる彼の心にも容赦なく、ジグルドは続けた。
「お前の母親を殺したのは、この俺だよ」


  *   *


「母様を…殺した…だって?」
  優しかった母の面影が蘇る。そして、脳裏を過ったのは、血を吐いて倒れ込んだ、生気のない母の横顔。
(__母様…っ!)
「…っ!」
  過去の叫びが、ロベルトの心を深く抉る。
  __…どうして。
  涙が止まらなかった。苦しい。痛い。それよりも遥かに、怒りが彼の心を占めていた。
「なんでだよ…。どうして、母様を殺した!?」
  掴みかかろうと手を伸ばすが、容易く避けられてしまい、ロベルトは床に叩きつけられる。
「…っ!」
「…あっぶねえな。そんな事をしなくたって、教えてやるよ」
  鼻で嘲笑うジグルドは、ロベルトの頭を踏みつけて言った。
「それが、必要だったからさ。この国を動かすのにな」
「…っ、うご…かす…?」
「そうだ。俺は、この呪われた国を滅ぼしたいんだよ。だから、貴族に嘘の事実を教え、俺に依頼させた。勿論、貴族達の親族を殺したのもこの俺だ」
  まるで夢を語るかのように饒舌に話すジグルドに、ロベルトは戦慄を覚えた。
  では。ならば、兄達と貴族が争いをするように仕向けたのも、彼がロベルトの前に姿を現したのも。
「全ては…俺に、ここへ案内させる為に…」
  恐ろしい事実に、ロベルトは愕然とした。そして、己が犯してしまった罪がどれ程に救いようのない事なのかも、理解してしまった。
「そうだ。お前のお陰で、俺はここに辿り着く事ができた。…まあ、目的まではさすがに分からないだろうな」
  ジグルドはゆっくりと“国の灯火”に歩み寄ると、僅かに手を伸ばした。が、まるで何かに弾かれたかのように、パッと手を引く。
「まあ、そうだろうな。…これから破壊しようって奴に、魔術師の道具が反抗しない筈がないか」
  思わぬ言葉に、ロベルトは息を呑む。
「破壊…だって!?」
「なんだ、訳の分からないって顔をしているな。そういえば、お前の兄も言っていたっけか。『何故かは分からないけれど』、年に一度だけ、“灯火”の光が消える時があるってな」
  何処で聞いていたのかも分からないジグルドの言葉にゾッとする。もしや、ずっと彼はロベルト達の事を監視していたのだろうか。
「ああ。俺はずっとお前らの事を見ていたさ」
  ロベルトの心を見透かしたように、ジグルドは嘲笑を浮かべる。
「お前らの平和ボケした様子も、真綿にくるまれて幸せそうなお前も、毎日が楽しそうな街の奴らも全部!全部見てきた!」
「…っ!」
  強く地面に叩きつけられて、ロベルトは息を詰まらせる。そのまま胸元を締め上げられて、息が上手く出来なくなる。
「お前らのせいで、苦しい思いをした人間がどれだけいると思っているんだ!あいつが…どれだけ辛い目にあっていたか…」
「…!」
  __あい…つ…?
  途切れかけていた意識の中で、ぼんやりと言葉を繰り返す。
  その時、右手が何かに触れて、ロベルトはハッと我を取り戻した。
  __これは、“国の灯火”…!
  一縷の願いを込めて、全身全霊で魔力を込める。
  __点れ!!
  次の瞬間、爆風が起こり、ロベルトは大きく吹き飛ばされていた。


「はぁ…はぁ…はぁ…」
  肩で息をしながら、ロベルトは起き上がる。
  急いで辺りを見渡すと、少し離れたところにジグルドが倒れ込んでいた。身動ぎする様子もなく、どうやら気を失っているらしい。
  ホッと息をついてから、顔を上げる。そして、あっと声をあげた。
「灯りが…“国の灯火”に灯りが点っている!成功したんだ!」
  __これなら、兄様達も正気に戻っている筈だ。
  目を閉じて、意識を集中させる。
「この地と彼の地を結ぶ糸は道となり、舞う光は道しるべの鳥になる。鳥達よ、彼らを導け!リウィ、ノルン、ヒース!!」
  眩い光が部屋の中に満ち、ロベルトは思わず目を瞑った。目の前に人の気配が降り立った事を感じ、パッと目を開く。
「兄様!ノルン、ヒース!」
  嬉しさと安堵のあまり飛びつくと、彼らは優しく抱き止めてくれる。それが嬉しくて、ロベルトは一人ずつの顔を覗き込んだ。
「どうした?」
  苦笑いを浮かべながら、ヒースは問いかけてくる。
「よかった。三人共、いつもの顔だ」
「それはどういう意味でしょう」
  今度はノルンだ。いつもの皮肉げな口調とは裏腹に、目はとても優しい。
「だって…あの時の皆の顔は、すごく怖かったから」
「そう…だったようだね」
  不意に優しく抱き締められて、ロベルトは顔を上げる。少し悲しげな表情をした兄と目があって、彼は目を瞬かせた。
「兄様…?どうして、そんな悲しそうな顔をしているんですか…?」
「だって、ロベルトに辛い思いをさせてしまっただろう。それに、あの後すぐ、父上がいらしてね」
「えっ!父様が!?」
  戦場となりかけていたあの場に姿を現した国王は、瞬時にそれが幻惑によるものだと見抜き、霧を晴らす魔術をかけたのだそうだ。しかし、彼らがあの時お互いに告げていた言葉も事実には変わりなく、その場はひとまず収めて、今度語り合いの場を設ける事としたらしい。
「お陰で死傷者が出る事もなかったんだけど、その間もなく、黒ずくめの連中に襲撃されてね。なかなかここに辿り着く事ができなくて、正直困っていたんだ。だから、本当に助かったよ、ロベルト」
「で、ですが、父様達は?残してきたままなのでしょう。無事なのでしょうか?」
  最悪の事態を想定し、自身の犯した間違いに顔を青ざめさせる。そんなロベルトの頭を、ヒースがぽんぽんと叩いた。
「大丈夫だ。護衛もいるし、なにしろ、陛下はこの国で最強の魔術師であられるぞ。そう簡単にやられはしないだろう」
「それに、もうすぐ援軍も参りますしね」
「援軍…そっかあ…。そっかあ…!」
  ようやく安心出来て、体から力が抜けていく。その場に座り込んでしまって、ロベルトは兄達に笑われてしまった。
  __これで…終わったんだ。
  長い悪夢から目が覚めたような気持ちで、ロベルトはゆっくりと目を瞑る。
「本当に、おめでたい連中だな」
  突然聞こえた声に、ロベルトはハッと目を見開く。ドンッと何かが刺さるような音がして、誰かの体が倒れ込んできた。
「え…」
  呆然と顔を上げる。
「ロ…ベ…」
  少しだけ体温の低くなった手が頬に添えられて、ロベルトは言葉を失った。
「リウィ兄様…!!」
  名前を呼ばれた兄は、弱々しく微笑むと、意識を失ってしまった。
「若君!!」
「若っ!!」
  我に返った二人が兄の傍に膝をつく。
「…ノルン、治療を。ヒース、兄様を頼む」
「ロベルト…?お前、何をするつもり__」
  ヒースの問いかけには答えず、ロベルトは歩き出す。
  向かう先は、ただ一つ。“国の灯火”に近付くと、その前に立つジグルドの姿が目に入った。
「なんだ、お前が来たのか。てっきり、“兄様”の傍で震えているもんだと思っていたぜ」
「うるさい!お前は…お前だけは、許さない!!」
  言葉が力となって、ジグルドに向かっていく。間一髪で避けた彼は、驚いた顔をしていた。
「よせ、ロベルト!俺達の…“月の民”の掟を忘れたのか!?」
「…っ」
  __そうだ。俺達は、人を魔術で傷つけてはいけない。
  動きが鈍くなったロベルトに、ジグルドは飛びかかってくる。
  咄嗟にそれを魔術で防ぎながら、彼は思考を振り切った。
「だけど…っ!だけど、こいつだけは…!」
  __絶対に許さない!!
  渾身の力を込めて、ジグルドに放つ。全てがゆっくりとした速さに感じられて、ジグルドに力の塊がぶつかりそうになった瞬間__。
  眩い光が視界を覆い、ロベルトは意識を失った。


『地上の人間が憎いか。殺そうとする程までに、疎ましい存在なのか』

  __そうさ、憎い。あいつは、兄様やノルン、ヒースを苦しめた。兄様達だけじゃない。貴族達だって、辛い思いをしていた。そんな奴を…許せるわけがない。

『だから、頭に血が上るままに、魔力を振るったのか』

  __そうだ、そうだよ。だって…俺…は…。

『…後悔、しているようだな』

  __…。

『貴方には、多くの事を知る義務がある。地上の人間の事を。そして、かの地で何があったのかを』

  __…え?

『さあ、行きなさい。現実の世界へと…地上へと向かうのだ』

  __どうして…お…は……。

  __……。

『眠ってしまったのか。…いや、現実の世界に帰ってしまったのだろうな』

『…』

『我が子孫ロベルトよ…私のこの願いを、貴方に託す…。だから…』
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