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第二話

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 いよいよ当日。私は白シャツの上に茶色のベストを着て、下も同色のフレアスカートという、こっちの世界でいう一般的な出立いでたちで宰相さんの邸宅を訪れた。ロングストレートの髪は、ハーフアップにして清楚な感じにまとめた。

 普段パンツスーツばかりだったので、フェミニンな格好は少し恥ずかしい。でも第一印象は大事だから、今日はこれで行くことにした。

 ドキドキしながら馬車から下りた私を、宰相さんが出迎えてくれた。

 「マイ様、お越しくださり本当にありがとうございます」
 「いえ、こちらこそお出迎えありがとうございます」

 エスコートされて屋敷に入ると、妻のエリザベスさんを紹介された。

 「はじめまして、マイ様。息子のためにわざわざ足を運んでくださり心から感謝致します」

 歳は宰相さんと同じくらいだろうか、ふくよかなマダムだった。笑顔で私を出迎えた。

 「早速ですが、今回マイ様にお越し頂いた理由についてです。私たちの息子であるフェイリムは、容姿少々に……いえかなり問題がありまして。そのせいでもう十年以上屋敷から出ないのです」

 重度の引きこもりか……。確か、日本でも問題になっていたよね。

 「……容姿に問題、ですか。それが原因で何かあったのでしょうか」

 その質問に、婦人は涙で喉を詰まらせる。すると、宰相さんが、婦人の背をさすりながら口をひらいた。

 「息子の容姿を見て顔をしかめない者はおりません。女性子供はショックのあまり泣き叫び、中には失神する者までおります。道を歩けば罵詈雑言を吐かれ、たとえ紳士であろうとあからさまに視線をそらす始末。このような出来事に、息子は追い詰められていったのでしょう」

 正直、そこまで酷いとは思わなかった。薄々気がついてはいたけれど、この世界の人たちは容姿に関してとても敏感だ。城内で仕事を得る基準が、容姿なところなんかがまさにそうだ。

 だから、美の基準にそぐわない者に対して辛辣なのだろう。だからって、不細工なだけで相手を蔑んで良いわけがない。こっちの倫理観てどうなってるの!?

 「事情は分かりました。まずは息子さんと会わせてください。そこから何が出来るかを模索していきたいと思います」

 執事の案内で、私は彼が居る部屋へ案内された。今回は初対面ということで、ご両親も同席する。
 両開きの扉の前に到着すると、六つの目が心配げに私を見た。

 「マイ様、お心の準備はよろしいでしょうか」

 執事の質問に「はい」と答えて、ご両親に向かって微笑んだ。

 「彼を傷つけるようなことは、絶対にしないと約束します」

 それを聞いた彼らは、安堵してうなずいた。

 扉を開けると、そこは応接間の様だった。アンティーク調の洒落たソファセット。その中央には、ローテーブルが置かれている。壁にかけられた金縁の絵は肖像画だろうか。そして部屋奥の窓際に、一人の男性がこちらを向いて立っていた。私は執事に続いて中に入るが、その男性を見た瞬間から目が離せないでいた。

 スラリとした体躯の持ち主で、身長はおそらく百八十は優に超えている。白い仮面を付けているので、顔が見えないのが非常に残念だ。窓から差し込む日差しで黄金色の髪がキラキラと輝いていた。

 「フェイリム、こちらはマイ殿だ。おまえの専属メイドとして、働いてもらうことになった」

 すると知らされていなかったのか、フェイリムは狼狽た様子で声をあげた。

 「父上、何度も申し上げていますが、私には必要ありません!どうかお引き取りいただいで下さい」
 「ならん。これは命令だ」
 「父上!」

 父子が睨み合うなか、張り詰めた空気が部屋を満たしていった。

 「……あの、少しだけで構いませんので、二人だけでお話しさせていただけないでしょうか」
 「マイ殿!?しかし……」

 「お時間は取らせません。お願いします」

 頭を下げると、宰相さんは渋々といった感じで了承してくれた。全員が退席し、部屋には彼と二人きりになった。

 「フェイリム様、はじめまして。マイと申します」
 「…………」
 「本日は貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございます」

 ニッコリと彼に笑顔を向けたが、仮面をつけているので相手の表情はわからなかった。突っ立ったまま無反応な様子に、これは一筋縄ではいかなさそうだと頭を抱えたくなる。

 「よろしかったら座ってお話ししませんか」
 「……嫌じゃないのか」
 「え?」

 ボソリと低く小さな声で彼が呟いた。

 「あなたは……その、私といて不快にはならないのか。こんな醜い私と……」

 ああ。なんて残酷な世界なんだろう。不細工というだけで蔑まれ、悪意を込めた目で睨まれる。今までどれだけ傷つけられてきたのか。

 「嫌じゃないです。それに、あなたは醜くなどありません」
 「……その言葉を鵜呑みにするほど私は愚かではない」

 でも私を部屋から追い出そうとはしない。何故なら、その言葉にすがりたい気持ちもあるからだ。私はそこに小さな希望を見出した。彼の様子をうかがいながら、ゆっくりと近づいていく。

 「本当です。私にはあなたが醜くは見えないと誓います」

 二人の距離が、手を伸ばせば届くところまで近づいたところで足を止めた。仮面越しにこちらを見つめる青い瞳には、驚きと不安、猜疑心。そしてわずかな希望が混じり合っている。

 「フェイリム様のお顔を見せていただけませんか」
 「……それは、出来ない」
 「絶対にあなたを失望させないと約束します」

 そう言って、彼の左手をやさしく両手で包み込んだ。すると、彼がハッと息を呑んだのが聞こえた。日本の平均身長しかない私は、至近距離からだと見上げないと彼の顔が視界に入らない。

 「どうか仮面を外して、あなたの顔を見せてください」

 期待半分、諦めも半分。これで断られたら無理強いせずに引き下がろう。急ぐことは無いんだし。
 食い入るように見つめる彼の眼差しに、私は微笑みを浮かべて見つめ返した。それでも微動だにしない様子に、今日はここで終わりと思った。

 ちょうどその時、部屋をノックする音がした。……タイムオーバーか。私は彼の手を離して距離を取ると、にこりと笑顔でお辞儀をした。

 「無理なお願いを言ってすみませんでした。今日はこれで失礼します」

 部屋を出る前にもう一度お辞儀をしてからドアを開けると、心配そうな様子でいるご両親がいた。

 「宰相様、奥様。今日はお時間をくださりありがとうございました」
 「いや、こちらこそありがとう。それより、その……。マイ殿は大丈夫なのだろうか。息子と会ってみて、不快にさせてしまったのでは……」
 「いいえ。不快になんてなりません。私で良ければ力になりたいと思っています。ですが強制はしたくありませんので、あとはフェイリム様に決めていただきたいと思っています」

 彼の傷ついた心を癒して自尊心を取り戻す作業は、彼が望まない限り私に出来ることはない。そもそも心療内科やセラピーの専門的知識は全くもってないので、私に務まるのか分からないけれど。

 美醜が逆転したこの世界では、フェイリム様のような容姿の人間が、平民・貴族に関係なくごく稀に生まれるらしい。

 特徴として、皆背が高く細マッチョ。顔は彫りが深くスッと通った鼻筋と薄い唇なのだとか。めちゃくちゃ美男美女じゃん!!これが不細工って本当理解できないわ。

 帰りの馬車の中で、私はガタガタ揺られながら考える。

 こっちの人たちが抱える容姿への偏見は、とても厳しい。
 私だって好みの顔や理想的な体型はあるから人のこと言えないけどさ、でも先入観をおくびにも出さずに接するのが人としてのマナーじゃない?こっちの世界の人ってそこのところのモラルが著しく欠落しているんだろう。

 「はぁ~、なんだかおかしな世界に来ちゃったなぁ……」

 馬車から下りて自室に戻ると、部屋の窓からは西陽が差していた。
 今日は、いろんな意味で疲れた。こういう時は、さっさと寝てしまうに限る。私は城の調理場から軽食をもらって食べると、歯を磨いて長湯せずにベッドに入ったのだった。



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