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私を殺した竜人に復讐を
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私が前世の記憶を取り戻したのは、十四歳の時だった。
人口百人ほどの小さな村に住む私は、母一人子一人で慎ましく寄り添って暮らしていた。
この日は、窯でパンを焼くため、家の裏手にある薪置き場へ行くと、薪を抱えてもと来た道を小走りで戻った。ところが、運んでいた薪で前がよく見えなかったせいで、足元の石に躓き派手に転んでしまった。
カランカランッ!
薪が落ちた音で、母が家の中から飛び出てきた。
「アンジェ!」
駆け寄ってくる母を見て、“大丈夫よ”と言おうとした時だった。
ガツンッ、と頭を鈍器か何かで殴られたかのような痛みが走った。
「うっ!」
猛烈な痛みに、私はその場で吐いた。
その間も膨大な情報が脳に流れ込んで来る。
杉山妙子、独身、日本、オフィス、車、一人暮らし、異世界転移、レイプ、監禁……………………。
胃が空になると胃液を吐いた。その上にポタポタと鼻血が垂れ落ちる。頭が割れるように痛い。私が私でなくなってしまう感覚。思い出したくないのに、思い出せともう一人の私が言っている。
次の瞬間、アンジェリカとしての私は消えた。
そして、前世の私が蘇る。
それと同時に、私の視界は真っ暗闇に閉ざされた。
*
私はかつて、ここではない地球という星の、日本という国で、杉山妙子という名のひとりの女性だった。
大学卒業と同時に東京に出て就職。
恋人いない歴=歳の数という、恋愛下手なアラサー女子。そんな私の唯一の楽しみが映画鑑賞だった。
ある日のこと、突然眩い光に包まれたかと思ったら、私は異世界に転移していた。
奥深い森を彷徨う私の前に姿を現した一人の男。
この出会いが地獄の始まりだった。
男は私を“番”と呼んで何度も犯した。嫌だと言っても止めてもらえず、やがて私は卵を産んだ。男はそれを愛しげに抱えて部屋から出ていった。
なかなか一人にさせてくれない彼が自分から離れた瞬間だった。
私は今しかないと思い、出産直後の身体に鞭を打って起き上がると、裸足のまま窓から逃げた。胎に激痛がはしる。それでも私は歩みを止めなかった。とにかく、ここではない遠くに行きたかった。
けれども、決死の逃避行はあっさりと終わりを告げる。
偶然道を通りかかった夫妻に助けを求めた私は、追われている身なので匿ってほしいと頼んだ。
夫婦は必死の形相の私を憐れんで、自宅へと連れていってくれた。
しかし、それが大きな間違いだった。
二人は私の目の前で無惨に殺された。怒り狂った竜人が、四肢を引きちぎって殺したのだ。
返り血を浴びた彼は、全身血だらけで私に近づくとこう言った。
「わたし以外、誰も見るな、触れるな、口をきくな」
お前は俺のものだ、と。
それ以降、男は私を窓のない部屋に閉じ込めた。
この状況で狂わない人間などいるのだろうか。
私は日に日に衰弱していった。男は泣いて食事をとるよう言ってきたけれど、食べても全て吐いてしまうのだ。
弱りきった私は、やがて水さえも飲め無くなった。そして、数日後に息を引きとった。あっけない死だった。
そして、死の瀬戸際に思ったのは“復讐”だった。
たとえそれが自身の首を絞めることになろうとも、男から受けた雪辱を果たしてやる。
死よりも辛い目に合わせてやるという誓いを胸に、杉山妙子は異界の地でその命を閉じたのだった。
*
番が死んだ。
わたしの唯一、魂の片割れ。
こんなにも愛しているのに、彼女は壊れて死んでしまった。
何がいけなかったのだろう。
大切に大切に、真綿で包むように慈しんできたつもりだったのに。
わたしは番の亡骸を抱き寄せると、絶望の咆哮をあげた。
何故、何故なんだ!!
番を求めて千年、ようやく出会えたというのに、命の灯火は儚く消えてしまった。
まるで今までの千年を嘲笑うかのように。
諦められない、諦め切れるわけがない。
誰よりも、何よりも愛しい存在を、過去の思い出になどできるはずがなかった。
その晩、わたしは番の亡骸を喰った。
頭のてっぺんから足の先まで、全てを喰らう。そうすることで彼女とひとつになれるのだ。これ以上の愛情表現があるだろうか。
わたしは恍惚とした中で考えた。
愛している、愛している、愛しているんだ!!!
何がいけなかったのか、一体何が彼女を死に急がせたのか。
わからないのであれば学べば良い。彼女が再び生まれ変わるその時のために。
その日から、わたしは人間の生と死を観察した。赤子として生まれ、老いて死ぬ。時には病で、あるいは事故で死ぬ者もいた。
わたしはある程度の知識を得ると、今度は我が身をもって経験を積むことにした。
ある国では貴族として、また別の国では旅人として。肉体の老若を自在に操れたわたしは、様々な人生を試して過ごした。再び番を我が胸に抱くことを夢見て。
*
ひとりの若い女が、涙を流してわたしに縋っている。
「ああ、愛しい貴方。なぜ私ではないのでしょう、こんなにもお慕いしているのに」
「愛してくださらなくても構いません」
「番が見つかるまでで良いのです。どうか私を貴方様の妻にしてください」
「人間の一生など、永くを生きる貴方様には瞬き程度のものでしょう。それでも良いので抱いて欲しいのです」
「あぁっ……、はぁっ、あ、あっ、ぁあ……っ!」
どちゅん、どちゅん、どちゅん
背後から最奥を思い切り何度も叩きつける。蕩けてうねる媚肉を、ミチミチとかき分けて勢いよく自身を突き入れた。
「あんっ!あっあっ……ど、どうか口づけをっ」
かりそめだが妻にした女の要望に応えるべく、繋がったままの状態でくるりとひっくり返すと、噛み付くように唇を重ねる。
そこにあるのは、苛立ちと焦り、そして満たされることのない空虚感があるだけだった。
番でもない女を抱いたところで、満たされるわけがないというのに。
しかしながら、わたしはこれからもこの女を抱くだろう。妻として、何度も。
「はっ、あぁ、お慕いしておりま……っ、ひんっ!あああぁぁ!!」
感じる場所を抉るように穿てば、女は簡単に絶頂を極めた。
陸に打ち上げられた魚のように、ビクビクと痙攣しながら嬌声を上げ続けている。
極めたのを見届けると、これ以上続ける意味がなくなったので、わたしは数度大きく穿ってから女の胎に性を放った。
ーー虚しい。ただただ虚しいだけの行為。
それでも、わたしは学ばなければならない。人間の女と過ごすことで、どうすれば番が懐に飛び込んで来てくれるのか、どうすれば幸福にしてやれるのかを模索する。
その為には夫婦という形が一番手っ取り早かった。所詮、番以外の女などどれも同じこと。
再び出逢う番のため、ただそれだけの為にこの女を妻にした。
今夜もわたしは妻を抱く。大量の白濁を、実ることのない空の胎に射す。何度も、何度も。
全ては再び出逢う番のために。
*
アンジェリカから杉山妙子にすげ替わった私は、十五歳の春、母に別れを告げて村を出た。
表面上はアンジェリカのままだけれど、中身は前世の妙子なわけなのだから、母との別れは必然的な結果だった。私にしてみれば、こんなところで燻っているわけにはいかない。
あの男を見つけて復讐を果たす。
私は各地を転々としながら、あの男を探した。
路銀を得るために身体を売る。何人もの男達が、身体の上を通り過ぎていった。
不幸な命を生み出さないよう、避妊効果のある草の根を自ら煎じて飲んだ。この草は別名“わすれ草”とも呼ばれ、用量を守れば安全な避妊薬になるが、摂り過ぎると子供ができない身体になってしまう毒だった。
けれども、それはまさに私が望んだことで、願ったり叶ったりだった。
とある町に滞在中、私は竜人と人間の娘が共にいるのを見かけた。聞けば二人は番ではないという。しかし二人はどう見ても仲睦まじい夫婦にしか見えなかった。いや、人間の娘は明らかに男に惚れ込んでいるが、その一方、男の方はどうだろう。
言葉や仕草に優しさはあれど、男は娘を通して他の誰か……まだ見ぬ番を見ているように感じられた。
二人に接近することができた私は、この竜人から様々なことを学んだ。
竜という種族は、ただひたすら番を求める種族らしい。
そして、永遠とも言える時の流れに耐えきれず、狂ってしまう竜人も多くいた。
孤独だったこの竜人は、娘を偽りの番として擬態化させることによって、泡沫の夢を見ているようだった。
私は人間の娘を哀れに思った。竜人の夢見事に利用され、意味のない生涯を送るだなんて私には耐えられない。
そう思い、あることに気がついて自笑した。目的は違えど、自分だって同じじゃないか。憎しみに支配され、アンジェリカとしての人生を棒に振っているのだから。
「生涯、番と出会えないことを祈っていますね」
私は、この竜人に捨て台詞を残して二人のもとから立ち去った。
人の一生は短い。時の流れは速く、巻き戻すことはできない。だからこそ、魂は光り輝き美しいのだ。
しかし永遠ともいえる時間を過ごす彼等には、到底理解できないことなのかもしれない。
私の復讐の旅は続いた。竜人がいると聞けばそこへ向かい、別人と知って失望する。そんな繰り返しをしているうちに、気づけば五年の月日が経っていた。
私は一年ほど前から、北の国の中程にある町で娼婦として働いていた。
来る日も来る日もセックス三昧。どうも私は名器らしく、一度でも私を抱いた男は、例にもれず太客になった。
でもそんなことなど、心底どうでも良かった。あいつが目の前に姿を現すまでは。
「やっと……やっと見つけた、わたしの番!ああぁ、わたしの全て、わたしの伴侶!!」
男は滂沱の涙を流してその場にうずくまった。私はその様子を無言で見下ろした。
前世でも今世でも、私の人生を狂わせた相手を前に、表現し難い感情が沸々と湧き上がってくる。
やっと会えたね。私もずっと探していたよ。
私は、咽び泣く彼の顎を掴んで上を向かせると、手を振り上げて平手打ちした。呆然とする彼を前に、反対側の頬も渾身の力で叩く。
そして今度は乱暴に口付けた。唾液を飲ませ、自分の舌を噛むと溢れ出る血も飲ませた。
男はそれを嬉々として受け入れる。どちらも目を開けたまま、ギラギラした瞳を互いに向けて貪り合った。
唇を離した私は、涙を流す男に言った。
「あんたの妻のところまで連れていって」
彼は、言葉の意味がわからないといった表情で私を見返した。
妙子が死んだあの日から三百年。愚かな彼は、何も学んでいないようだった。もしかすると、人と竜人は決して分かり合えない種族なのかも知れないと思った。
竜人はそっと私を抱き上げると、偽りで塗り固められた巣に連れて行った。
「おかえりなさいませ、旦那さま。今日はずいぶんと早いおかえ……っ」
黒髪の美しい女性が出迎えた。けれど私の存在に気がつくと、ハッとして凍りついた。
「別れを告げにきた」
「だ、だんな……さま?」
「今まで世話になった。その礼ではないが、この家も財産も全部お前のものだ」
男が言うと、女性は悲痛な叫び声をあげた。
「嫌です!行ってしまわないでください!!あんなにも激しく情熱的に、何度も抱いて下さったではありませんか!!」
「あれのどこに情熱を感じたのか知らないが、愛さなくても良い、番が見つかるまでの間で良いと言ったのはお前だ」
愕然とした様子の女性だったけれど、すぐさま憎しみを込めた目を私に向けてきた。それもそうだろう。私が現れなければ、彼女の平穏は今でも守られていたのだから。
男は女性の視線から私を守るように前に出ると、別れの言葉を述べた。
「嫌です、行かないでください旦那さま、だんなさまぁ!!いやぁぁぁぁっ」
男は泣き喚く女性を一瞥すると、私の肩を抱き寄せて立ち去ろうとした。
つくづく酷い男だ。
私と再び出会うまでの間に、一体何人の人生を狂わせてきたんだか。
後ろを振り返ると、女性はまだ泣いていた。しかし、男は一度も振り返ることはなかった。
かわりにうっとりとした表情で私を見つめている。目が合うと、とろけるような笑顔で「愛してる」と囁いた。そんな彼に向かって、私は小さく鼻を鳴らすと顔を顰めた。
私達は、その日のうちに彼が住んでいた町を出た。その先にあるのは、先日まで働いていた娼館。私はそこで男に命令する。
「目の前で私が抱かれるのを見ていて。動くのも、声を出すのも許さない。あんたは償わなきゃいけない、そうでしょう?」
男は駄目だと言って涙を流した。お願いだからやめてくれと縋りつく。
妻だった女性をこっぴどく振っておいてよく言えたものだ。
私は変わった性癖のある客を数人呼ぶと、彼の前で代わる代わる犯された。
喘ぐ私の膣内に、男達は大量の精を吐き出していく。
見られながらのセックスに興奮する男達を、竜人は殺さんとばかりに睨みつけていた。
怒りに身体を小刻みに震わせ、強く握られた拳からは血が滲んでいる。
私の身体を好き放題貪った客達は、体液まみれの私を残して去っていった。
静まり返った部屋にいるのは私と男だけ。
彼は何も言わずに、ただ涙を流していた。そしてゆっくりと立ち上がると、部屋の隅に用意されていた濡れタオルを使って私の身体を清めていった。
「ねえ、あんたもヤりたい?」
「愛してる」
「うん、知ってる」
「では何故こんな……っ」
「わかんない?これは復讐なんだよ、私を殺した!」
男の顔がくしゃりと歪む。
それなのに、私の心はちっとも晴れなかった。悔しくて憎らしくて、心底嫌いなはずなのに。
私は大きく股を開くと、人差し指と親指で陰部を開いて彼に膣内を見せた。ごぽりと白濁が溢れ出てきてシーツにまで伝い落ちる。
「いいよ、きて?」
こんな、薄汚れた肉体を抱けるものならね。
*
わたしは、彼女を愛してさえいればそれで良いのだと思っていた。
愛することで、立ちはだかる障壁は全て乗り越えられると信じていた。
その結果、わたしはかけがえの無いものを失った。それでもなお、理解できなかったわたしは正真正銘の愚か者だ。
他者を個人として認識せず、相手の感情の機微を理解しようともしなかった。
一方的な愛欲と執着に取り憑かれ、「感情」という朧げなものに気づこうともせず、相手を理解することも理解される努力も放棄していたのだった。
「愛してる」
この五文字に、ありたっけの想いをのせて彼女に伝える。
他の男どもが放った精にまみれたぬかるみに、わたしは躊躇することなく自身を沈ませた。傷つかないようにそっと、愛のある情交にするためにゆっくりと。
「わたしは、貴方に愛されたい」
「都合の良いこと言ってんじゃないわよ。愛の押し売りをして私を壊したくせに!」
その通りだと思った。かつてのわたしは、相手を慮ることよりも、自分の愛欲を優先させたのだから。
有無を言わせぬ勢いで毎日抱き続け、監禁して孕ませた。悔やんでも悔やみきれない過去の過ちだった。
「すまなかった……、本当に悪かったと思っている」
「……ゆるさない。絶対に許さないんだから!」
包み込むように抱きしめると、背中に爪を立てられた。彼女から与えられる痛みのなんと甘美なこと。
「すまなかった」「ゆるしてほしい」まるで呪文のように繰り返した。
わたしは愛情を込めて、優しく抽挿を繰り返す。すると鳥の囀のような嬌声がわたしの耳をくすぐった。
「ねえ、もっと強くしなくて、あぁん、いいの?」
「貴方を傷つけるようなことは絶対にしないと誓ったんだ」
「ばっかじゃないの」
「激しくされたいのか?」
こんなふうに、と言ってガツンと穿った。すると膣の中がぐねぐねとうねり、精を求めて吸い付いてきた。
「……くっ」
あまりの気持ち良さに持っていかれそうになる。なまじこの快感の先にあるものを知っているだけに、このまま貪るように抱けないのは辛いものがあった。
それでももう、同じ過ちは繰り返さないと決めたのだ。
視界の隅に、鋭利に光るものを捉えた。彼女がわたしを殺そうとしている。その事実に、わたしは感動さえ覚えた。
彼女が望むように膣中を鋭く繰り返し突いた。男どもの射液で隘路はぐずぐずに濡れている。
愛している。この愛は不変であり、枯れることなく永遠に彼女へと向かうだろう。
前世も今世も、そして来世でも。
愛しい番、わたしの全て。
【完】
人口百人ほどの小さな村に住む私は、母一人子一人で慎ましく寄り添って暮らしていた。
この日は、窯でパンを焼くため、家の裏手にある薪置き場へ行くと、薪を抱えてもと来た道を小走りで戻った。ところが、運んでいた薪で前がよく見えなかったせいで、足元の石に躓き派手に転んでしまった。
カランカランッ!
薪が落ちた音で、母が家の中から飛び出てきた。
「アンジェ!」
駆け寄ってくる母を見て、“大丈夫よ”と言おうとした時だった。
ガツンッ、と頭を鈍器か何かで殴られたかのような痛みが走った。
「うっ!」
猛烈な痛みに、私はその場で吐いた。
その間も膨大な情報が脳に流れ込んで来る。
杉山妙子、独身、日本、オフィス、車、一人暮らし、異世界転移、レイプ、監禁……………………。
胃が空になると胃液を吐いた。その上にポタポタと鼻血が垂れ落ちる。頭が割れるように痛い。私が私でなくなってしまう感覚。思い出したくないのに、思い出せともう一人の私が言っている。
次の瞬間、アンジェリカとしての私は消えた。
そして、前世の私が蘇る。
それと同時に、私の視界は真っ暗闇に閉ざされた。
*
私はかつて、ここではない地球という星の、日本という国で、杉山妙子という名のひとりの女性だった。
大学卒業と同時に東京に出て就職。
恋人いない歴=歳の数という、恋愛下手なアラサー女子。そんな私の唯一の楽しみが映画鑑賞だった。
ある日のこと、突然眩い光に包まれたかと思ったら、私は異世界に転移していた。
奥深い森を彷徨う私の前に姿を現した一人の男。
この出会いが地獄の始まりだった。
男は私を“番”と呼んで何度も犯した。嫌だと言っても止めてもらえず、やがて私は卵を産んだ。男はそれを愛しげに抱えて部屋から出ていった。
なかなか一人にさせてくれない彼が自分から離れた瞬間だった。
私は今しかないと思い、出産直後の身体に鞭を打って起き上がると、裸足のまま窓から逃げた。胎に激痛がはしる。それでも私は歩みを止めなかった。とにかく、ここではない遠くに行きたかった。
けれども、決死の逃避行はあっさりと終わりを告げる。
偶然道を通りかかった夫妻に助けを求めた私は、追われている身なので匿ってほしいと頼んだ。
夫婦は必死の形相の私を憐れんで、自宅へと連れていってくれた。
しかし、それが大きな間違いだった。
二人は私の目の前で無惨に殺された。怒り狂った竜人が、四肢を引きちぎって殺したのだ。
返り血を浴びた彼は、全身血だらけで私に近づくとこう言った。
「わたし以外、誰も見るな、触れるな、口をきくな」
お前は俺のものだ、と。
それ以降、男は私を窓のない部屋に閉じ込めた。
この状況で狂わない人間などいるのだろうか。
私は日に日に衰弱していった。男は泣いて食事をとるよう言ってきたけれど、食べても全て吐いてしまうのだ。
弱りきった私は、やがて水さえも飲め無くなった。そして、数日後に息を引きとった。あっけない死だった。
そして、死の瀬戸際に思ったのは“復讐”だった。
たとえそれが自身の首を絞めることになろうとも、男から受けた雪辱を果たしてやる。
死よりも辛い目に合わせてやるという誓いを胸に、杉山妙子は異界の地でその命を閉じたのだった。
*
番が死んだ。
わたしの唯一、魂の片割れ。
こんなにも愛しているのに、彼女は壊れて死んでしまった。
何がいけなかったのだろう。
大切に大切に、真綿で包むように慈しんできたつもりだったのに。
わたしは番の亡骸を抱き寄せると、絶望の咆哮をあげた。
何故、何故なんだ!!
番を求めて千年、ようやく出会えたというのに、命の灯火は儚く消えてしまった。
まるで今までの千年を嘲笑うかのように。
諦められない、諦め切れるわけがない。
誰よりも、何よりも愛しい存在を、過去の思い出になどできるはずがなかった。
その晩、わたしは番の亡骸を喰った。
頭のてっぺんから足の先まで、全てを喰らう。そうすることで彼女とひとつになれるのだ。これ以上の愛情表現があるだろうか。
わたしは恍惚とした中で考えた。
愛している、愛している、愛しているんだ!!!
何がいけなかったのか、一体何が彼女を死に急がせたのか。
わからないのであれば学べば良い。彼女が再び生まれ変わるその時のために。
その日から、わたしは人間の生と死を観察した。赤子として生まれ、老いて死ぬ。時には病で、あるいは事故で死ぬ者もいた。
わたしはある程度の知識を得ると、今度は我が身をもって経験を積むことにした。
ある国では貴族として、また別の国では旅人として。肉体の老若を自在に操れたわたしは、様々な人生を試して過ごした。再び番を我が胸に抱くことを夢見て。
*
ひとりの若い女が、涙を流してわたしに縋っている。
「ああ、愛しい貴方。なぜ私ではないのでしょう、こんなにもお慕いしているのに」
「愛してくださらなくても構いません」
「番が見つかるまでで良いのです。どうか私を貴方様の妻にしてください」
「人間の一生など、永くを生きる貴方様には瞬き程度のものでしょう。それでも良いので抱いて欲しいのです」
「あぁっ……、はぁっ、あ、あっ、ぁあ……っ!」
どちゅん、どちゅん、どちゅん
背後から最奥を思い切り何度も叩きつける。蕩けてうねる媚肉を、ミチミチとかき分けて勢いよく自身を突き入れた。
「あんっ!あっあっ……ど、どうか口づけをっ」
かりそめだが妻にした女の要望に応えるべく、繋がったままの状態でくるりとひっくり返すと、噛み付くように唇を重ねる。
そこにあるのは、苛立ちと焦り、そして満たされることのない空虚感があるだけだった。
番でもない女を抱いたところで、満たされるわけがないというのに。
しかしながら、わたしはこれからもこの女を抱くだろう。妻として、何度も。
「はっ、あぁ、お慕いしておりま……っ、ひんっ!あああぁぁ!!」
感じる場所を抉るように穿てば、女は簡単に絶頂を極めた。
陸に打ち上げられた魚のように、ビクビクと痙攣しながら嬌声を上げ続けている。
極めたのを見届けると、これ以上続ける意味がなくなったので、わたしは数度大きく穿ってから女の胎に性を放った。
ーー虚しい。ただただ虚しいだけの行為。
それでも、わたしは学ばなければならない。人間の女と過ごすことで、どうすれば番が懐に飛び込んで来てくれるのか、どうすれば幸福にしてやれるのかを模索する。
その為には夫婦という形が一番手っ取り早かった。所詮、番以外の女などどれも同じこと。
再び出逢う番のため、ただそれだけの為にこの女を妻にした。
今夜もわたしは妻を抱く。大量の白濁を、実ることのない空の胎に射す。何度も、何度も。
全ては再び出逢う番のために。
*
アンジェリカから杉山妙子にすげ替わった私は、十五歳の春、母に別れを告げて村を出た。
表面上はアンジェリカのままだけれど、中身は前世の妙子なわけなのだから、母との別れは必然的な結果だった。私にしてみれば、こんなところで燻っているわけにはいかない。
あの男を見つけて復讐を果たす。
私は各地を転々としながら、あの男を探した。
路銀を得るために身体を売る。何人もの男達が、身体の上を通り過ぎていった。
不幸な命を生み出さないよう、避妊効果のある草の根を自ら煎じて飲んだ。この草は別名“わすれ草”とも呼ばれ、用量を守れば安全な避妊薬になるが、摂り過ぎると子供ができない身体になってしまう毒だった。
けれども、それはまさに私が望んだことで、願ったり叶ったりだった。
とある町に滞在中、私は竜人と人間の娘が共にいるのを見かけた。聞けば二人は番ではないという。しかし二人はどう見ても仲睦まじい夫婦にしか見えなかった。いや、人間の娘は明らかに男に惚れ込んでいるが、その一方、男の方はどうだろう。
言葉や仕草に優しさはあれど、男は娘を通して他の誰か……まだ見ぬ番を見ているように感じられた。
二人に接近することができた私は、この竜人から様々なことを学んだ。
竜という種族は、ただひたすら番を求める種族らしい。
そして、永遠とも言える時の流れに耐えきれず、狂ってしまう竜人も多くいた。
孤独だったこの竜人は、娘を偽りの番として擬態化させることによって、泡沫の夢を見ているようだった。
私は人間の娘を哀れに思った。竜人の夢見事に利用され、意味のない生涯を送るだなんて私には耐えられない。
そう思い、あることに気がついて自笑した。目的は違えど、自分だって同じじゃないか。憎しみに支配され、アンジェリカとしての人生を棒に振っているのだから。
「生涯、番と出会えないことを祈っていますね」
私は、この竜人に捨て台詞を残して二人のもとから立ち去った。
人の一生は短い。時の流れは速く、巻き戻すことはできない。だからこそ、魂は光り輝き美しいのだ。
しかし永遠ともいえる時間を過ごす彼等には、到底理解できないことなのかもしれない。
私の復讐の旅は続いた。竜人がいると聞けばそこへ向かい、別人と知って失望する。そんな繰り返しをしているうちに、気づけば五年の月日が経っていた。
私は一年ほど前から、北の国の中程にある町で娼婦として働いていた。
来る日も来る日もセックス三昧。どうも私は名器らしく、一度でも私を抱いた男は、例にもれず太客になった。
でもそんなことなど、心底どうでも良かった。あいつが目の前に姿を現すまでは。
「やっと……やっと見つけた、わたしの番!ああぁ、わたしの全て、わたしの伴侶!!」
男は滂沱の涙を流してその場にうずくまった。私はその様子を無言で見下ろした。
前世でも今世でも、私の人生を狂わせた相手を前に、表現し難い感情が沸々と湧き上がってくる。
やっと会えたね。私もずっと探していたよ。
私は、咽び泣く彼の顎を掴んで上を向かせると、手を振り上げて平手打ちした。呆然とする彼を前に、反対側の頬も渾身の力で叩く。
そして今度は乱暴に口付けた。唾液を飲ませ、自分の舌を噛むと溢れ出る血も飲ませた。
男はそれを嬉々として受け入れる。どちらも目を開けたまま、ギラギラした瞳を互いに向けて貪り合った。
唇を離した私は、涙を流す男に言った。
「あんたの妻のところまで連れていって」
彼は、言葉の意味がわからないといった表情で私を見返した。
妙子が死んだあの日から三百年。愚かな彼は、何も学んでいないようだった。もしかすると、人と竜人は決して分かり合えない種族なのかも知れないと思った。
竜人はそっと私を抱き上げると、偽りで塗り固められた巣に連れて行った。
「おかえりなさいませ、旦那さま。今日はずいぶんと早いおかえ……っ」
黒髪の美しい女性が出迎えた。けれど私の存在に気がつくと、ハッとして凍りついた。
「別れを告げにきた」
「だ、だんな……さま?」
「今まで世話になった。その礼ではないが、この家も財産も全部お前のものだ」
男が言うと、女性は悲痛な叫び声をあげた。
「嫌です!行ってしまわないでください!!あんなにも激しく情熱的に、何度も抱いて下さったではありませんか!!」
「あれのどこに情熱を感じたのか知らないが、愛さなくても良い、番が見つかるまでの間で良いと言ったのはお前だ」
愕然とした様子の女性だったけれど、すぐさま憎しみを込めた目を私に向けてきた。それもそうだろう。私が現れなければ、彼女の平穏は今でも守られていたのだから。
男は女性の視線から私を守るように前に出ると、別れの言葉を述べた。
「嫌です、行かないでください旦那さま、だんなさまぁ!!いやぁぁぁぁっ」
男は泣き喚く女性を一瞥すると、私の肩を抱き寄せて立ち去ろうとした。
つくづく酷い男だ。
私と再び出会うまでの間に、一体何人の人生を狂わせてきたんだか。
後ろを振り返ると、女性はまだ泣いていた。しかし、男は一度も振り返ることはなかった。
かわりにうっとりとした表情で私を見つめている。目が合うと、とろけるような笑顔で「愛してる」と囁いた。そんな彼に向かって、私は小さく鼻を鳴らすと顔を顰めた。
私達は、その日のうちに彼が住んでいた町を出た。その先にあるのは、先日まで働いていた娼館。私はそこで男に命令する。
「目の前で私が抱かれるのを見ていて。動くのも、声を出すのも許さない。あんたは償わなきゃいけない、そうでしょう?」
男は駄目だと言って涙を流した。お願いだからやめてくれと縋りつく。
妻だった女性をこっぴどく振っておいてよく言えたものだ。
私は変わった性癖のある客を数人呼ぶと、彼の前で代わる代わる犯された。
喘ぐ私の膣内に、男達は大量の精を吐き出していく。
見られながらのセックスに興奮する男達を、竜人は殺さんとばかりに睨みつけていた。
怒りに身体を小刻みに震わせ、強く握られた拳からは血が滲んでいる。
私の身体を好き放題貪った客達は、体液まみれの私を残して去っていった。
静まり返った部屋にいるのは私と男だけ。
彼は何も言わずに、ただ涙を流していた。そしてゆっくりと立ち上がると、部屋の隅に用意されていた濡れタオルを使って私の身体を清めていった。
「ねえ、あんたもヤりたい?」
「愛してる」
「うん、知ってる」
「では何故こんな……っ」
「わかんない?これは復讐なんだよ、私を殺した!」
男の顔がくしゃりと歪む。
それなのに、私の心はちっとも晴れなかった。悔しくて憎らしくて、心底嫌いなはずなのに。
私は大きく股を開くと、人差し指と親指で陰部を開いて彼に膣内を見せた。ごぽりと白濁が溢れ出てきてシーツにまで伝い落ちる。
「いいよ、きて?」
こんな、薄汚れた肉体を抱けるものならね。
*
わたしは、彼女を愛してさえいればそれで良いのだと思っていた。
愛することで、立ちはだかる障壁は全て乗り越えられると信じていた。
その結果、わたしはかけがえの無いものを失った。それでもなお、理解できなかったわたしは正真正銘の愚か者だ。
他者を個人として認識せず、相手の感情の機微を理解しようともしなかった。
一方的な愛欲と執着に取り憑かれ、「感情」という朧げなものに気づこうともせず、相手を理解することも理解される努力も放棄していたのだった。
「愛してる」
この五文字に、ありたっけの想いをのせて彼女に伝える。
他の男どもが放った精にまみれたぬかるみに、わたしは躊躇することなく自身を沈ませた。傷つかないようにそっと、愛のある情交にするためにゆっくりと。
「わたしは、貴方に愛されたい」
「都合の良いこと言ってんじゃないわよ。愛の押し売りをして私を壊したくせに!」
その通りだと思った。かつてのわたしは、相手を慮ることよりも、自分の愛欲を優先させたのだから。
有無を言わせぬ勢いで毎日抱き続け、監禁して孕ませた。悔やんでも悔やみきれない過去の過ちだった。
「すまなかった……、本当に悪かったと思っている」
「……ゆるさない。絶対に許さないんだから!」
包み込むように抱きしめると、背中に爪を立てられた。彼女から与えられる痛みのなんと甘美なこと。
「すまなかった」「ゆるしてほしい」まるで呪文のように繰り返した。
わたしは愛情を込めて、優しく抽挿を繰り返す。すると鳥の囀のような嬌声がわたしの耳をくすぐった。
「ねえ、もっと強くしなくて、あぁん、いいの?」
「貴方を傷つけるようなことは絶対にしないと誓ったんだ」
「ばっかじゃないの」
「激しくされたいのか?」
こんなふうに、と言ってガツンと穿った。すると膣の中がぐねぐねとうねり、精を求めて吸い付いてきた。
「……くっ」
あまりの気持ち良さに持っていかれそうになる。なまじこの快感の先にあるものを知っているだけに、このまま貪るように抱けないのは辛いものがあった。
それでももう、同じ過ちは繰り返さないと決めたのだ。
視界の隅に、鋭利に光るものを捉えた。彼女がわたしを殺そうとしている。その事実に、わたしは感動さえ覚えた。
彼女が望むように膣中を鋭く繰り返し突いた。男どもの射液で隘路はぐずぐずに濡れている。
愛している。この愛は不変であり、枯れることなく永遠に彼女へと向かうだろう。
前世も今世も、そして来世でも。
愛しい番、わたしの全て。
【完】
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