私の愛する夫たちへ

エトカ

文字の大きさ
上 下
9 / 10
第一部

ナーガ王国

しおりを挟む


 「ナーガ王国から、ですか?」


 ある日の朝、三人で食事をしていると、近々隣国から王族の者たちが来訪すると話があった。


 「ナーガ王国と我が国は南の国境が隣接していて、昔から友好関係を結んでいるんだ」


 現在、ナーガ王国には王子が三名、そして十六歳を迎えたばかりの王女がいる。可能性として考えられるのは、王女の戴冠式を前にレラージェを王配として迎えるための根回しと思われた。


 「セレナと言うんだけど、彼女とは王族同士というのもあって何度か交流があったんだ。だから結婚相手に僕の名が挙がっていたのは知っていたけど……、まさかこんなに早く動くとは思わなかったな」


 こちらとしては、ソフィアが無事に五歳を迎えるまでは返答のしようがなかった。それに今はもう真希の夫である。


 「どうせ僕の結婚の話を聞いて、セレナが騒いだんだろう」


 レラージェと真希の結婚は、一部の者を除いてまだ公にはされていない。おそらくどこかの筋から得た情報と思われた。

 もとより王族にとって世継ぎの問題は重大だ。男女比の件もさることながら、年齢や立場的にも釣り合いが取れる二人が婚姻を結ぶのは、両国にとって非常に好条件だ。

 そこに身元不明の女性と結婚したなどと聞いたら、黙っていられないのは当然だろう。レラージェはまだ話してくれないが、真希との結婚を押し進めたのには何か理由があってのことだろう。


 「レラージェ、お前が何を企んでいるのか知らないが、マキを巻き込むのだけはしてくれるなよ」

 「分かってるよ。だがこうなった以上、顔合わせは避けられない。まぁ、向こうとしてもことを荒げたくはないだろうから、大きな騒ぎにはならないだろう」


 真希としては出来れば蚊帳の外にいたかったが、どうやらそういうわけにはいかないようだ。ようやくレラージェへの気持ちに気付くことが出来たのに、なかなかすんなりといきそうになかった。


 「とりあえず、マキはソフィアとの時間を一番に考えていてほしい。セレナの問題は僕の方でなんとかするから」


 そう言われてしまえば、真希としては頷く他ない。国と国とのパワーバランスを前に、出来ることなど何もないのだから。



 *



 数日後、ソフィアと真希が勉強をしていると、ナーガ王国の一行が到着したとの知らせがあった。

 国賓を出迎えるのは王族のみと決まっている。レラージェはもちろんのこと、ソフィアも参列するので今日の勉強はお休みだ。騎士団長であるアルマロスも警備に駆り出されているので、この日は珍しく誰も居なかった。

 久しぶりの一人の時間は思った以上に寂しかった。絵画を描く気にもなれず、真希は鬱々とした時間を過ごしていた。その理由の一つに、ナーガ王国から来ているという王女とレラージェのことがあった。

 既にレラージェは真希と結婚している。初めは形だけだったけれど、今ではお互い思い合っている。とは言っても、まだ自分の気持ちを彼に伝えられてはいないが。

 真希は唯一出歩くことを許されている庭に出た。花がこぼれんばかりに咲いているそこは、まるでお伽噺に出てくるような場所だ。テラスに置かれた椅子に座って、ひとりぼーっと景色を眺めていた。

 すると、どこからかガサガサと草をかき分ける音がした。音のする方に目を向けると、剪定された茂みの向こうから一人の少年が現れた。

 褐色の肌に、刈り上げられた銀髪をした彼は、ラベンダー色のゆったりとしたロング丈の服を着ている。腰巻きは黒みがかった深い紫色で、ボトムスは白。首にかけられた煌びやかな首飾りがとてもよく似合っていた。そんな彼は、驚きを隠せない表情で真希を見つめている。


 (ここって確か出入禁止の場所なはずなんだけど……、警備兵じゃなさそうだし誰だろう)


 「「…………」」


 しばらく目が合ったまま固まってしまったが、先に視線を逸らしたのは彼の方だった。


 「ご、ごめん! 駄目だと言われて……いや、そうじゃなくて、ひとめだけでもと……」


 彼はしどろもどろに言いながら、真希に視線を向けては逸らしたりと視線が泳いでいる。見たところ十代半ば頃だろうか、思春期の入り口と青年の間にいる年頃と思われた。

 言動がやや挙動不審だが、暴漢の類いではなさそうなので真希は声をかけてみることにした。


 「もしかして、道に迷われましたか? 誰か人を呼びますので、道案内を……」

 「いや、必要ない。僕はただ……その……」


 モゴモゴ話すせいで、最後の方は聞き取れなかった。いつまでもこうしているわけにもいかず、真希はどうしたものかと考えた。

 肌の色や民族衣装のような出立いでたちからして、国外から来たのかも知れない。


 (もしかして、今来ているナーガ王国の人?)


 そうだとしたら、失礼なことをするわけにはいかない。真希は立ち上がると彼にもう一つの椅子をすすめた。


 「こちらこそ気が利かずにすみません。どうぞこちらにお掛けください」


 少年は一瞬迷う仕草を見せたが、チラチラと真希の方を見ながら近づいて来ると、向かいの椅子に座った。お茶を入れたいところだが、人を呼ばないよう食い気味に言われたので、もてなすものが何もない。


 「マキと申します。失礼ですがお名前を教えていただけますか」

 「あ、僕の名前はラウム、ナーガ王国の第三王子だ。そうか、貴方が……」


 真希の予想どおり、彼は隣国の王子だった。それにしても、来賓客がこんなところで油を売っていて良いのだろうか。確か出迎えの後は、重臣たちとの顔合わせや王室での挨拶などがあったはずだが。しかし真希の方から聞くわけにもいかず、とりあえず外向きの笑顔でこの場を凌ぐことにした。


 「突然こんな形でごめんなさい!この国に稀人が現れたと聞いて、お目通りをお願いしたんだけど、なかなか良い返事がもらえなくて……」

 「稀人って……ナーガ王国にも異世界から来た人がいるんですか?」


 もし同じようにこっちの世界に来た人がいるのなら是非会ってみたい。淡い期待を抱いて聞いてみたが、数百年前にいたという残念なものだった。


 「稀人は必ず女性で、それは美しく、黒い髪と目をしていると伝えられているんだ。眉唾ものと思っていたけど、まさにその通りだ」

 「いえいえ、確かに髪も目も黒いですけど、美しいと言うのには語弊があるかと……」

 「そんなことない!貴方はどの女性よりも綺麗だ」


 彼は本心からそう思っているようで、真希は居た堪れない気持ちになった。確かにここの人たちは皆北欧系の顔立ちをしている。だから東洋系の顔は目新しく見えるのかも知れない。そう考えると納得できた。


 「もし貴方に会えたら、これを渡そうと思っていたんだ」


 そう言って差し出されたのは一通の手紙だった。封には封蝋印が押されている。ラウム殿下は真希が受け取るのを見届けると席を立ち、満面の笑みで来た道を戻って行った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

世間知らずのチョロインが、奴隷にペロリと食べられる話

エトカ
恋愛
社畜女子が異世界で奴隷を買ったら、その奴隷にペロリと食べられてしまう話。 *設定ゆるゆる *Rは予告なく入ります 山も谷もオチもありません。ご都合主義な設定ですので寛容な心でお読みください。

召喚された聖女の苦難

エトカ
恋愛
召喚された聖女が、苦しみながらもやがて希望の光を見つける(かもしれない)……というお話。 ゆる〜い設定ですので頭を空っぽにしてお楽しみください(^^;

二度目の人生は異世界で溺愛されています

ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。 ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。 加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。 おまけに女性が少ない世界のため 夫をたくさん持つことになりー…… 周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。

美醜逆転の世界に間違って召喚されてしまいました!

エトカ
恋愛
続きを書くことを断念した供養ネタ作品です。 間違えて召喚されてしまった倉見舞は、美醜逆転の世界で最強の醜男(イケメン)を救うことができるのか……。よろしくお願いします。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

男女比がおかしい世界にオタクが放り込まれました

かたつむり
恋愛
主人公の本条 まつりはある日目覚めたら男女比が40:1の世界に転生してしまっていた。 「日本」とは似てるようで違う世界。なんてったって私の推しキャラが存在してない。生きていけるのか????私。無理じゃね? 周りの溺愛具合にちょっぴり引きつつ、なんだかんだで楽しく過ごしたが、高校に入学するとそこには前世の推しキャラそっくりの男の子。まじかよやったぜ。 ※この作品の人物および設定は完全フィクションです ※特に内容に影響が無ければサイレント編集しています。 ※一応短編にはしていますがノープランなのでどうなるかわかりません。(2021/8/16 長編に変更しました。) ※処女作ですのでご指摘等頂けると幸いです。 ※作者の好みで出来ておりますのでご都合展開しかないと思われます。ご了承下さい。

気づいたら異世界で、第二の人生始まりそうです

おいも
恋愛
私、橋本凛花は、昼は大学生。夜はキャバ嬢をし、母親の借金の返済をすべく、仕事一筋、恋愛もしないで、一生懸命働いていた。 帰り道、事故に遭い、目を覚ますと、まるで中世の屋敷のような場所にいて、漫画で見たような異世界へと飛ばされてしまったようだ。 加えて、突然現れた見知らぬイケメンは私の父親だという。 父親はある有名な公爵貴族であり、私はずっと前にいなくなった娘に瓜二つのようで、人違いだと言っても全く信じてもらえない、、、! そこからは、なんだかんだ丸め込まれ公爵令嬢リリーとして過ごすこととなった。 不思議なことに、私は10歳の時に一度行方不明になったことがあり、加えて、公爵令嬢であったリリーも10歳の誕生日を迎えた朝、屋敷から忽然といなくなったという。 しかも異世界に来てから、度々何かの記憶が頭の中に流れる。それは、まるでリリーの記憶のようで、私とリリーにはどのようなの関係があるのか。 そして、信じられないことに父によると私には婚約者がいるそうで、大混乱。仕事として男性と喋ることはあっても、恋愛をしたことのない私に突然婚約者だなんて絶対無理! でも、父は婚約者に合わせる気がなく、理由も、「あいつはリリーに会ったら絶対に暴走する。危険だから絶対に会わせない。」と言っていて、意味はわからないが、会わないならそれはそれでラッキー! しかも、この世界は一妻多夫制であり、リリーはその容貌から多くの人に求婚されていたそう!というか、一妻多夫なんて、前の世界でも聞いたことないですが?! そこから多くのハプニングに巻き込まれ、その都度魅力的なイケメン達に出会い、この世界で第二の人生を送ることとなる。 私の第二の人生、どうなるの????

【R18】聖女のお役目【完結済】

ワシ蔵
恋愛
平凡なOLの加賀美紗香は、ある日入浴中に、突然異世界へ転移してしまう。 その国には、聖女が騎士たちに祝福を与えるという伝説があった。 紗香は、その聖女として召喚されたのだと言う。 祭壇に捧げられた聖女は、今日も騎士達に祝福を与える。 ※性描写有りは★マークです。 ※肉体的に複数と触れ合うため「逆ハーレム」タグをつけていますが、精神的にはほとんど1対1です。

処理中です...