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第一部
これからについて
しおりを挟む「貴方の身元は我がコカビエル家が保証する。今日はもう疲れただろうからゆっくり休んで、今後については明日の朝にでも話をしよう」
真希は、アルマロスの言葉に甘えて今夜は休むことにした。案内されたゲストルームは、天蓋つきのベッドが置かれたクラシックなデザインで、まるで中世にタイムスリップしたような気持ちにさせた。
「セバスチャンと申します。ここの執事を任されております。どうぞセバスとお呼びください」
「真希です。突然お世話になることになってしまい申し訳ありません。一晩お世話になります」
詫びの言葉を伝えるととても驚かれた。そして一晩と言わず、ずっとここに居て下さいとお願いされてしまう。流石にずっとは無理だが、真希は彼の厚意にお礼を伝えた。
セバスが持って来てくれた軽食をありがたくいただき、浴室を使わせてもらってさっぱりした。そして、用意されていたワンピースタイプのネグリジェを着ると、倒れるようにベッドにダイブした。肩下まである髪はまだ湿っていたが、一日歩き通しでクタクタだった真希は、そのまま眠りの世界に漂い込んだ。
*
翌朝。
鳥の囀りで目を覚ました真希は、一瞬自分がどこにいるのか分からず混乱した。すぐに昨日の出来事を思い出したが、夢ではなかったのだと奇妙な気持ちになった。
顔を洗って軽く化粧をし、替えの服をスーツケースから出してそれに着替えた。姿見の前で髪をハーフアップに整え、身だしなみのチェックをする。膝下丈のグレーのフレアスカートに、トップスは黒のハイネックセーター。目的が墓参りだったので少々華やかさに欠けるコーディネートだが、こちらの世界の服事情が分からないので無難な格好ではないだろうか。
ノックする音を聞いてドアを開けると、セバスが笑顔で挨拶をしてくれた。彼の主であるアルマロスが、真希を待っているらしい。セバスの案内で向かった先は、ガラス張りの優雅な空間が広がるサロンだった。咲き誇る花々が、柔らかい朝の日差しを受けて活き活きしている。
「おはよう。昨夜は良く休めただろうか」
「はい。お陰様で疲れが取れました。ありがとうございます」
アルマロスは、目を細めて真希の姿を見ている。今朝の彼は、ダークグレーのボトムスに、上はシンプルな白シャツ。その上から刺繍の入ったベストを着ていた。明るいところで見ると、彼の瞳はルビーのような鮮やかな色をしていて、真希はとても綺麗だと思った。
「今着ているのは向こうの世界の服なのか? とても良く似合っている」
「は、はい。ありがとうございます」
まずは食事にしようとサロンの中を進むと、テーブルには既に食事が用意されていた。半熟の目玉焼きにカリッと焼かれたベーコン。バスケットには焼きたてのパン。とろっとしたポタージュもどれもとても美味しそうだ。
食べることが好きな真希は、全部綺麗に食べきった。そして食後の紅茶を飲みながら、これからについての話し合いが始まった。
*
「まだ混乱していると思うが、貴方はまず王都の役所で市民権を発行してもらう必要がある。そして登録後は別の窓口で最低でも三人、夫を選ぶことになるだろう」
「ちょ、ちょっと待ってください。市民権って、私は元の世界に戻れないって事ですか? それに三人の男性と結婚なんて……」
「異世界人が元の世界に戻ったという記録はないので、今後こちらで生きていくことになる可能性が高い。そうなると貴方を守る夫が必要になる」
(でも、恋人の時間をすっ飛ばして結婚なんて私には絶対無理! それに複数の夫を持つなんて道徳的に見てどうなの!?)
平然と言ってのける彼を見て、こちらの世界では当然のことなのだと理解する。真希はとんでもない事態に頭を抱えた。最低でも三人というワードに不吉な予感がする。逆ハーなんて言葉があるが、フィクションだから楽しめるわけで実際には軋轢が生じるのは必然だ。
「私が生まれ育ったところは一夫一妻制なんです。だから急にそんなこと言われても……それに愛のない結婚はしたくありません」
「……それなら、落ち着くまでここに居てくれて構わない。屋敷の外に出ることは出来ないが、必要なものはこちらで揃えるから困ることはないだろう」
本来であれば女性を保護したらすぐに届を出さなければならない。けれど悩み苦しむ彼女を前に、強制させることなどアルマロスには出来なかった。
真希はホッとした表情でアルマロスにお礼をした。彼は今日これから執務があるので、部屋の前まで送ってもらい一旦そこで別れた。昼食の時間になったら迎えに来るそうなので、それまでの時間はこちらの世界に来た時に持っていた物を確認をすることにした。
「バッグの中は、ハンカチとポケットティッシュ。化粧ポーチにキシリトールガム、後は電池切れしたスマホ、か」
小型のスーツケースには、着替え数着と旅行用のアメニティ。それと、趣味で風景画を描くのに使っているスケッチブック。今頃、本当なら自宅に帰って失業保険の手続きをしていただろう。
「はぁ。随分遠くまで来たもんだ」
正直、元の世界に未練はない。心配されるような身内はいないし、恋人はもう何年もいなかった。とはいえ、こちらの世界に果たして慣れることが出来るのかと聞かれたら答えに窮する。
真希は心を落ち着かせるため、窓から見える外の景色を描くことにした。
絵を描くのは幼い頃から好きだった。一度集中すると、白昼夢の幻想のように周囲の雑音が遮断され、心の表面ではなく心の奥の奥に眠っている感覚を呼び起こす。細胞を以てして、頭が追いつくよりも先に、息つく間も無く気づいたら絵が完成しているのだ。
真希は窓辺に椅子を移動させると、鉛筆を手に取って空白の世界に黒鉛を乗せていった。
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