1 / 9
第一話
しおりを挟む仕事、仕事、仕事。
この頃、生きるために働いているのか、働くために生きているのかわからなくなる時がある。今日も蜜蜂の如く働いた挙句、ぎりぎり終電に飛び乗った。
「はあ、はあ、なんとか間に合った……」
デスクワークのアラサーにはしては、頑張って走りきったと自分で自分を褒めてあげたい。そして、揺られること三十分。最寄駅を下車し、夜の商店街を早足に歩く。
シャッターが降りた街道は、昼間の賑やかさから打って変わって閑散としていた。そんな道すがら、私は街灯の下に置かれた麻袋の存在に気づいた。
大きさからして、スーパーのレジ袋の中サイズくらいだろうか、かなり使い古した感じがする。
不審物?――にしては、まるで見つけてくださいと言っているような場所に置いてある。誰かの忘れ物だろうか。
どちらにしろ自分の関知するところではない。私は麻袋を横目に、その場から立ち去ることにした。
カツカツとパンプスの音が静まりかえった路地に響く。早く帰って、ゆっくりお風呂に浸かりたい。それなのに、ぴたりと立ち止まる自分がいた。
「…………、っもう!誰がこんな所に置いて行ったのよ、気になるじゃない!」
中を確認するために持ち上げると、ズッシリしていてかなり重たかった。口の部分は、麻紐できつく結ばれている。
何だろう——小さくて硬いものがぎゅうぎゅうに入っている。一旦地面に下ろして紐を解いてみる。すると、中には見たことのないコインがザクザク入っているではないか。
「な、何これ。メダルゲームで使うメダル?それとも外国通貨?」
金や銀、赤茶っぽいのは銅だろうか。それらが袋一杯に収められていた。とりあえず危険なものではないようでホッとする。けれど、コレどうしたらいいの。こういう場合、交番に届けるのが正解だよね。
「でもここから交番まで遠いんだよなぁ」
思考をめぐらせていると、突然、頭上の外灯がぱちぱちと点滅した。おや?と思って見上げると、フッと灯りが消えて、辺りが暗闇に包まれた。
そして、すぐさま異変に気がついた。
「……えっ?」
たった今までいたはずの光景が、いつの間にか変わっていた。土で固めただけの道にポツンと一人。外灯も街道も、消えてしまっていた。雲のない西の空に、夕焼けの名残がわずかに赤く残っている。
——な、何が起こったの!?ここどこ!?
キョロキョロ辺りを見回し、自分が全く知らない場所にいることを知る。
カバンから携帯電話を取り出して、スクリーンをタップすると、やはりと言うべきか圏外だった。
一瞬、異世界転移という言葉が脳裏をかすめたけれど、超常現象に懐疑的な私には、なかなか受け入れがたい状況だった。
呆然と立ち尽くしていると、遠くから車輪の軋む音が聞こえてきた。目を凝らせば、向こうの方から小さな荷馬車が姿をあらわした。
近づくにつれ向こうも私の存在に気づいたようで、荷馬車が目の前で停止した。
「なんとまあ、女神様がこんなところに! 婆さんや、これは夢だろうか!?」
「爺さんや、これは夢じゃなくて、女神様が天から降りて来られたんですよ!」
め、女神様……って、この場合私のことだよね? あのぉ、目は大丈夫ですか!?
二人は本当に驚いているようで、ふくよかな身体をプルプルと震わせている。
「あの、すみません。よく分からないんですけど、道に迷ったみたいなんです」
「婆さんや、この真っ白な肌を見てみろ! それに髪の色も!」
「ええ爺さんや、見えていますとも!女神様で間違いないわ!」
いや本当に恥ずかしいからやめてください。私は必死になって自分は女神などではないと否定した。
すったもんだした挙句やっと分かってくれたようで、二人が住む町まで乗せて行ってもらうことになった。
いつもだったら絶対に知らない人の車(荷馬車)になんて乗らないけれど、今回はそうも言っていられない。人の良さそうな人達だし、まあ大丈夫だろう。
オセとリリンという名の二人は、隣町に住む息子夫婦に会いに行った帰りだったそうだ。先日三人目の孫が生まれたことや、二人が暮らす街のことなどを話してくれた。
私のこともいろいろ聞かれたけれど、答えようがなくてとりあえず記憶喪失ということにした。
ガタゴト揺られていると、やがて町の入り口が見えてきた。私の外見はかなり目立つからと、荷台からフード付きのマントを出したお婆さんに着るようにと言われた。
町の入り口に入った途端、抱いていた疑惑は確信に変わった。行き交う人達の姿が、どう見ても日本人ではないのだ。皆、褐色の肌に、髪は銀髪や金髪など様々だ。着ている服も、まるで歴史の教科書に載っているような異国風のもので、中には鎧を身につけて剣を腰にさしている者までいた。
石が敷き詰められた道を進みながら、人や荷物を乗せた馬車とすれ違う。やっぱりここは異世界なんだ……どうしよう!
言葉は通じるみたいだけど、治安の良し悪しが分からないので安心できない。
「もうすぐわしらの家に着くんだが、行くあてがないんだったら泊まっていくかい?」
よっぽど不安そうに見えたのだろう、私は厚意に甘えて二人が住む家で夜を明かすことにした。
彼らの家は、町の中央から少し外れた所にあった。老夫婦二人で住んでいるので、こぢんまりとした木造の家だった。
出されたパンとスープを食べ、居間のソファーで休ませてもらうことにした。これからのことは明日考えよう。疲れていた私は、古びた二人掛けのソファーに丸まって眠りについた。
69
お気に入りに追加
196
あなたにおすすめの小説

私が美女??美醜逆転世界に転移した私
鍋
恋愛
私の名前は如月美夕。
27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。
私は都内で独り暮らし。
風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。
転移した世界は美醜逆転??
こんな地味な丸顔が絶世の美女。
私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。
このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。
※ゆるゆるな設定です
※ご都合主義
※感想欄はほとんど公開してます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。



【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?


巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる