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第一話
しおりを挟む仕事、仕事、仕事。
この頃、生きるために働いているのか、働くために生きているのかわからなくなる時がある。今日も蜜蜂の如く働いた挙句、ぎりぎり終電に飛び乗った。
「はあ、はあ、なんとか間に合った……」
デスクワークのアラサーにはしては、頑張って走りきったと自分で自分を褒めてあげたい。そして、揺られること三十分。最寄駅を下車し、夜の商店街を早足に歩く。
シャッターが降りた街道は、昼間の賑やかさから打って変わって閑散としていた。そんな道すがら、私は街灯の下に置かれた麻袋の存在に気づいた。
大きさからして、スーパーのレジ袋の中サイズくらいだろうか、かなり使い古した感じがする。
不審物?――にしては、まるで見つけてくださいと言っているような場所に置いてある。誰かの忘れ物だろうか。
どちらにしろ自分の関知するところではない。私は麻袋を横目に、その場から立ち去ることにした。
カツカツとパンプスの音が静まりかえった路地に響く。早く帰って、ゆっくりお風呂に浸かりたい。それなのに、ぴたりと立ち止まる自分がいた。
「…………、っもう!誰がこんな所に置いて行ったのよ、気になるじゃない!」
中を確認するために持ち上げると、ズッシリしていてかなり重たかった。口の部分は、麻紐できつく結ばれている。
何だろう——小さくて硬いものがぎゅうぎゅうに入っている。一旦地面に下ろして紐を解いてみる。すると、中には見たことのないコインがザクザク入っているではないか。
「な、何これ。メダルゲームで使うメダル?それとも外国通貨?」
金や銀、赤茶っぽいのは銅だろうか。それらが袋一杯に収められていた。とりあえず危険なものではないようでホッとする。けれど、コレどうしたらいいの。こういう場合、交番に届けるのが正解だよね。
「でもここから交番まで遠いんだよなぁ」
思考をめぐらせていると、突然、頭上の外灯がぱちぱちと点滅した。おや?と思って見上げると、フッと灯りが消えて、辺りが暗闇に包まれた。
そして、すぐさま異変に気がついた。
「……えっ?」
たった今までいたはずの光景が、いつの間にか変わっていた。土で固めただけの道にポツンと一人。外灯も街道も、消えてしまっていた。雲のない西の空に、夕焼けの名残がわずかに赤く残っている。
——な、何が起こったの!?ここどこ!?
キョロキョロ辺りを見回し、自分が全く知らない場所にいることを知る。
カバンから携帯電話を取り出して、スクリーンをタップすると、やはりと言うべきか圏外だった。
一瞬、異世界転移という言葉が脳裏をかすめたけれど、超常現象に懐疑的な私には、なかなか受け入れがたい状況だった。
呆然と立ち尽くしていると、遠くから車輪の軋む音が聞こえてきた。目を凝らせば、向こうの方から小さな荷馬車が姿をあらわした。
近づくにつれ向こうも私の存在に気づいたようで、荷馬車が目の前で停止した。
「なんとまあ、女神様がこんなところに! 婆さんや、これは夢だろうか!?」
「爺さんや、これは夢じゃなくて、女神様が天から降りて来られたんですよ!」
め、女神様……って、この場合私のことだよね? あのぉ、目は大丈夫ですか!?
二人は本当に驚いているようで、ふくよかな身体をプルプルと震わせている。
「あの、すみません。よく分からないんですけど、道に迷ったみたいなんです」
「婆さんや、この真っ白な肌を見てみろ! それに髪の色も!」
「ええ爺さんや、見えていますとも!女神様で間違いないわ!」
いや本当に恥ずかしいからやめてください。私は必死になって自分は女神などではないと否定した。
すったもんだした挙句やっと分かってくれたようで、二人が住む町まで乗せて行ってもらうことになった。
いつもだったら絶対に知らない人の車(荷馬車)になんて乗らないけれど、今回はそうも言っていられない。人の良さそうな人達だし、まあ大丈夫だろう。
オセとリリンという名の二人は、隣町に住む息子夫婦に会いに行った帰りだったそうだ。先日三人目の孫が生まれたことや、二人が暮らす街のことなどを話してくれた。
私のこともいろいろ聞かれたけれど、答えようがなくてとりあえず記憶喪失ということにした。
ガタゴト揺られていると、やがて町の入り口が見えてきた。私の外見はかなり目立つからと、荷台からフード付きのマントを出したお婆さんに着るようにと言われた。
町の入り口に入った途端、抱いていた疑惑は確信に変わった。行き交う人達の姿が、どう見ても日本人ではないのだ。皆、褐色の肌に、髪は銀髪や金髪など様々だ。着ている服も、まるで歴史の教科書に載っているような異国風のもので、中には鎧を身につけて剣を腰にさしている者までいた。
石が敷き詰められた道を進みながら、人や荷物を乗せた馬車とすれ違う。やっぱりここは異世界なんだ……どうしよう!
言葉は通じるみたいだけど、治安の良し悪しが分からないので安心できない。
「もうすぐわしらの家に着くんだが、行くあてがないんだったら泊まっていくかい?」
よっぽど不安そうに見えたのだろう、私は厚意に甘えて二人が住む家で夜を明かすことにした。
彼らの家は、町の中央から少し外れた所にあった。老夫婦二人で住んでいるので、こぢんまりとした木造の家だった。
出されたパンとスープを食べ、居間のソファーで休ませてもらうことにした。これからのことは明日考えよう。疲れていた私は、古びた二人掛けのソファーに丸まって眠りについた。
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