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前編

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 【美人は三日で飽きるけど、ブスは三日で慣れる】



 はい、それ嘘だから。
 付き合って四日目に振られた私が生き証人でーす。
 しかも、元カレの現彼女は超美人で、付き合い始めて四日以上経ってるからね。
 だから美人が三日で飽きるというのも大嘘。

 まあ、告白してオーケーもらえたこと自体が奇跡だったし。
 四日間だけでも良い夢を見れたと思えば良い……



 わけあるか、バカヤローーーー!!!



***



 目が覚めたら、目の前にミイラのお化けがいた。


 「ギャーーーーッ!!!」


 私は驚きと恐怖で飛び起きた。そして後退した結果、ベッドから転げ落ちた。


 「痛ったぁ~」

 「キヒヒッ、元気そうじゃのぉ」


 お化けが喋った!! 


 「あばばばばばばば」

 「かしましい女子おなごじゃのう。ほれ、腹が減ってるじゃろ、キヒヒッ」



 そう言うと、ミイラのお化けは私をテーブルに連れて行く。チラッと辺りを見回すと、こぢんまりとした印象の部屋にいるようだった。

 パン粥を出してくれた人は、お化けではなく人間だった。名をアウエルと言い、御年百二歳のお爺さんだった。お化けと間違えてごめんなさい。

 アウエル爺さんによると、昨夜小用を足しに行くと、トイレの前に倒れている私を見つけたらしい。このままでは風邪をひいてしまうと思ったお爺さんは、私を引きずって寝かせたそうだ。……いろいろ突っ込み所があるけれど、助けられたわけだからちゃんとお礼はしなくちゃね。


 「助けてくださってありがとうございました。鶴間橙子つるまとうこです、えーと、トウコ・ツルマです」

 「トンコとはまた変わった名前じゃのう」

 「いえ、トンコじゃなくて ト ウ コ です!」

 「そうかい。で? それはそうと、何でトンコは便所の前にいたんじゃ?」


 軽く流された挙句にまた間違えられて一瞬殺気が湧いた。けれど、相手はお年寄り。命の恩人だと言う事を忘れてはならない。


 「……こほん。トウコです。それが、よく覚えてなくて」


 最後に覚えているのは、大学の構内で運悪く元カレとかち合ってしまった事だった。居心地悪そうな顔の元彼とすれ違いざまに、一緒にいた現彼女に小声で「ブス」と言われたのだ。
 今思うと一発殴ってやれば良かったんだけど、咄嗟に私はその場から逃げ出した。

 そう、逃げたのだ。

 どこに逃げたんだっけ? そうそう、女子トイレに逃げたんだった!……って、まさか……。

 ある可能性に辿り着いた私は、お爺さんにいくつか質問をしてみた。すると、やはりというべきか、私は大学の女子トイレから異世界転移(トリップ?)したようだった。しかもトイレからトイレに異世界転移ってちょっと酷くね? 鉄板の異世界転移っていったら森だよね? なぜにトイレ!? これもブスが成せる技なのか……。
 うーんと唸っていると、お爺さんがおかしなことを言い出した。


 「ところでお前さんほどの別嬪べっぴんさんにもなると、どこかお貴族様の娘さんかのう、キヒヒ」

 「ーーーーは?」


 べっぴん? なにそれ美味しいの? じゃなくてお爺さん、もしかして老眼でよく見えていない? それともボケかけてる? 私が別嬪だなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない話だ。

 そんな事はさておき。今更だけど、私ってばどこも行くあてがない!!
 恐ろしい事実に行きついた私は、記憶喪失で何も思い出せないと言って、しばらくの間お爺さんのところでお世話になることになった。



 一緒に暮らすようになって分かったけれど、アウエル爺さんはとても良い人だった。しかもご高齢にもかかわらず元気も元気。自分の身の回りのことは何でも一人で出来るし、記憶喪失(という設定)の私を不憫に思って世の中のことをいろいろ教えてくれた。そして何より驚いたのは、この世界は美醜が逆転しているってこと。

 にわかに信じられなかったけれど、ある日お爺さんの言いつけで買い物で出た際、はずみでフードが取れてしまった。すると周囲にいた人たちが私の顔を見て騒ぎ出したのだ。

 特に男性陣は頬を染めてうっとり見つめて来るし、驚愕の表情で固まる人もいて。たまたま近くにいた男性なんて、目の前にいる恋人に渡すはずであっただろう花束を、私に差し出したものだから修羅場だ。

 今まで珍獣であるかのように観察されたり、汚物を見るような目で睨まれたことはあったけど、真逆の反応をされたことは一度もなかった。そのため、パニックに陥った私は一目散に逃げ帰った。
 その話をすると、お爺さんに「じゃから言っただろう、キヒヒ」と笑われた。その笑い方、何とかなりませんかね?

 そんなわけで、私は異世界転移したことによって絶世の美女になったというわけだ。
 正直なところ、嬉しいよりも戸惑いの方が大きい。だって、大騒ぎにならないよう外出の際は毎回フードを被らなくちゃいけないんだよ? まさかこの私が、パパラッチに追われるハリウッドスターの気持ちが分かる日が来るなんて思いもしなかったわ。

 幸いにもどこに住んでいるのかはバレなかったので、以降外出の際は徹底して気をつけるようになった。

 アウエル爺さんは、もともと王都の近衛騎士団で働いていたらしい。その時に知り合った女性と結婚したけれど子宝には恵まれず、長年連れ添った奥さんは二十年ほど前に亡くなられたと話してくれた。それを機に、お爺さんは王都を去ってこの町の外れに居を構えた。

 以来、細々と暮らしていたのだけど、そんなある日、トイレの前に倒れている美女(笑)を見つけたからビックリ。まさかこの年になって孫ができるとは思わなかった、と言って笑っていた。



 そんなお爺さんだったが、ある日突然何の前触れもなくポックリ逝ってしまった。まさにピンピンコロリと言うやつだ。

 私は、悲しくて悲しくてしゃくり上げながら泣いた。
 一月にも満たない短い間だったけれど、私にとってお爺さんは異世界で生きて行くための道しるべだった。
 私は町の住人と共にお爺さんの墓を建てた。その際、顔を見られてしまい求婚者が殺到する事件が起きたけれど、私は全てお断りした。

 まずは、これからの事だ。

 実はお爺さんの家を整理している時に、私に宛てた手紙を見つけた。そこには、自分の死後は全ての財産を私に渡すこと、そして出来るなら思い出の指輪をお婆さんの墓に届けて欲しいと、書かれた手紙と一緒に銀の指輪が同封されていた。

 正直、お爺さんの遺産を貰うのには躊躇ためらいがあった。ましてや、出会ってそれほど時間が経っていない相手に渡すには、あまりにも大き過ぎる金額だった。
 けれどお爺さんの願いを叶えてあげるためには先立つ物が必要だし、身一つで異世界に来た私には何もない。悩みに悩んだ結果、私はお爺さんの厚意に甘えることにしたのだった。



 ***



 質素な生活をしていたお爺さんだったけれど、実はちょっとした小金持ちだった。以前、王都で近衛騎士をしていた話を聞いていたので、退職する時に結構な退職金が貰えたのかもしれない。

 私は身支度を終えると、王都に向かうためアウエルお爺さんと暮らした家を後にした。

 町から王都までは、馬車で三日程の距離だった。異世界で、しかも女の一人旅は不安しかなく、しかも絶世の美女(笑)なものだから、道中は常にフードを目深に被って目立たないようにして過ごした。

 賃金を払って乗り込んだ馬車には、私以外にも人がいて、その中には家族連れもいたので、馬車での移動は安全だった。

 私は途中の町で乗ってきた女性と意気投合し、馬車の中でいろんな話をした。
 彼女は旦那さんと二人王都で雑貨屋を開いて暮らしていて、隣町に暮らす親に会った帰りなんだとか。私が一人だと知ると、それは大変! と、ある事を勧められた。


 「貴方みたいな美女が一人で王都だなんて危険過ぎるわ。治安の良し悪しもわからないだろうし、着いたらまず奴隷を買うことをお勧めするわ」


 ——そう。この世界には奴隷が存在したのだ。


 「奴隷には安全のために制約が付けられるけど、それでもやっぱり犯罪奴隷よりも借金奴隷がお勧めね。見目の良い高級奴隷なんかは高額すぎてお貴族様くらいにしか手が届かないけど、物流の盛んな王都なら貴方の役に立ちそうな奴隷がきっと見つかるはずよ」


 あっけらかんと話す彼女は、ミーアと名乗った。奴隷を買ったらいろいろ入り用になるだろうから、その時はうちのお店に来てね! と宣伝までして王都に到着後に別れた。


 ——奴隷かぁ。


 ちょっとどころか、かなり抵抗がある。学校で奴隷の歴史を学んだけど、実際に自分が奴隷を買うとなると罪悪感が半端ない。

 うん、無理だわ。私には奴隷を買うなんて出来そうにない。よし、何か別の方法を探そう。

 そう思い至った私は、まず腹ごしらえをするために大通りを歩いた。しばらく行くと、アットホームな雰囲気の食事処が目に入ったので、そこに入ることにした。


 「いらっしゃ~い、おひとり様かしら? 端のカウンターだったら直ぐ座れるよ」


 目立ちたくない私としては助かった。ちょうど昼時だったのもあって、混雑した店内は活気に溢れている。案内された隅のカウンター席に座ると、女将おかみさんみたいな人におすすめと書かれたメニューを注文した。

 グラスの水をちびちび飲みながら、私はいろんな人の会話に耳を傾けていた。何か催しものがあるのか、多くの人が騒がしく喋っている。

 やがて食事が運ばれて来たので、私は食べることに集中した。野菜とお肉がゴロゴロ入ったシチューと、こんがり焼かれた丸いパンが二つ。見た目を裏切らない美味しさに、思わず舌鼓を打った。
 チラッと別のテーブルを見れば、他にも美味しそうな食べ物がたくさんあって、みんな美味しそうに食べていた。

 はい、リピ決定~。王都に来て早々アタリなんてラッキー!

 食事を終えて一息ついていると、女将さんが近くを通ったので、安全でお手頃価格の宿屋を探していることを話した。すると、この食事処は二階が宿泊施設になっていて、空きがあるから泊まれるよと言ってくれた。今日はラッキーデーなのか!?

 赤毛のボブカットで盛大に笑う女将さんの姿が、某アニメのキャラクターにそっくりなのもあり、親しみを感じた私は彼女が営む宿屋に決めた。

 階段を上がって廊下の突き当たりが、私が宿泊する部屋だった。一人部屋なので、シングルベッドと、部屋の中央に小さな丸テーブルと椅子が置かれてあるだけ。かなり狭いけれど浴室があるのはありがたかった。


 「ふぅ。さて、これからどうしようかな……、お墓参りは明日にでもするとして、ずっと部屋にいるのも勿体無いし。そうだ、せっかくだから観光でもしよう!」


 思い立ったら吉日、荷解きもそこそこにマントのフードをしっかり被って部屋を後にした。

 階段を降りて食堂に出ると、先ほどとは打て変わって閑散としていた。昼時が過ぎたので人が引けたのだろう。ちょうどカウンターに女将さんがいたので、これから観光に行くことを伝えた。すると、おかみさんは顔をしかめて私を止めた。話を聞くと、今日は半年に一度の祭り日で、ちょうどこれから犯罪奴隷の公開処刑が行われるらしい。

 頭の中で、公開処刑という文字がぐるぐる回る。お祭りで、公開処刑? 二つの言葉が結びつかないんですけど。


 「余興みたいなもんさ。王都に来たばっかりのお嬢さんには、ちょっと刺激が強過ぎるかもしれないからね。観光したいなら、花園がある南地区がお勧めだよ」


 お祭りを盛り上げるために人を殺すの!? 今更だけど、私を保護してくれた人がアウエル爺さんで本当に良かったと思った。一歩間違えれば私が奴隷になっていた可能性だってある。

 そんなわけで、私は勧められた花園を訪れることに決めて南地区へと向かった。


 ——はずだったのに、現在私は公開処刑が行われる会場の人混みに埋もれているのは何故!?



 そう、自慢じゃないが私は極度の方向音痴なのだ!! それはもう救いようのないほどに。
 だから南に向かった結果、北にたどり着いてしまったとしてもおかしくはなかった。失念していた事を悔やんでも今更だ。私のバカバカ!!

 おしくらまんじゅうのような状況で背中や肩を押し合っていたけれど、ついにイベントが始まったようで大きな歓声があがった。

 すると二重の柵で囲われた円形の広場に、縄で捕らえられた男がガチムチ男の手で引きずり出されて来た。

 肋骨が浮かぶほどに痩せ細った身体にはいくつもの傷があり、汚れた布で局部が隠されているだけでほぼ全裸の状態だった。伸ばしっぱなしの髪は栄養状態が悪いからだろう、ほとんど抜けてしまってパサパサだ。よくこれで生きていると思うほど酷い有様だった。

 一体、彼は何の罪でここにいるんだろう。どんな罪を犯せば、こんな辱めを受けるに値するの? それが分かんないのは、私が異世界人だから!?

 人混みに押されながら、私はやり場のない悲しみに襲われた。人権を尊重する国で生まれ育った私には、たぶん一生受け入れらないんだと思う。私は濡れた目元を袖で拭くと、大きな声を上げた。


 「彼を買います!」


 その途端、辺りはシーンと静まり返った。虚な表情で空を見ていた奴隷と視線が合った。夏空を切り取ったような澄んだ瞳に、一瞬希望の光が差したかのように見えた。


 「お嬢さん、本気で言ってるのかい? こいつは重罪人だぜ?」

 「罪人だからって、こんなの酷すぎます!」


 すると、ガチムチ男は大声で笑って私を見下ろした。


 「こいつをよーく見てみな。その顔にくっついてる二つの目は節穴か? こいつは醜い。それがこいつの罪だ!!」


 それと同時に大きな歓声が上がった。

 いやいやいや、醜いから処刑ってどう考えたっておかしいだろ!!

 私は怒りでワナワナ震えながら、ニヤニヤ顔のガチムチ男と交渉し、目の前の奴隷を買い取った。相場なんて分からないから、言われた金額を渡した。たぶんぼったくられたと思うけど、正直そんなのどうでも良かった。
 興を削がれた群集からブーイングが起きたが、そんなの私の知ったこっちゃない。

 私は着ていたマントを脱ぐと、たった今買った奴隷に被せた。マントを脱いだ私を見て周囲が騒がしくなったけれど、私はそれを無視してゆっくり男を立たせるとその場を後にした。


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