上 下
2 / 13

第2話 隣国の伯爵令息 エルク・ディオニス

しおりを挟む
 明後日どころか、その日にはもうエスメラルダ家の領地から人が消えていた。
 元から領民の避難は始まっていたので、そこまでの規模にはならなかったようだ。

 移動すること、約二日。
 一行が向かったのは隣国である。
 
「やぁラリッサ。話は聞いたよ。大変だったね」
「えっ? どうしてもう知っているの?」

 隣国の伯爵令息、エルク・ディオニスが出迎えてくれた。
 肩に乗った鷲を指差し、ラリッサに微笑みかける。

「こいつが教えてくれたのさ」

 エルクは動物と対話する魔法を得意としている。
 なるほどそういうことか。ラリッサは納得した。

「さて、このだだっ広い草原を、これから豊かな街へ変えていかないとね……」
「だいぶ進んだみたいだね」
「結構前から、君の領地の領民が手伝ってくれたからね」

 エスメラルダ家の領地の領民は、早くから、隣国のディオニス伯爵家が有する広大な草原に移動していた。
 魔法を駆使して街を作り、そこそこ形にはなり始めている。

「少なくとも、草原で眠る必要はなさそうだね」
「あぁ。今日からはうちの領民も加わって、本格的な街作りを始めていこう」
「ありがとう。エルクがいなかったら、あの土地に嫌々住み続けないといけなかったかも」
「そうかな。どうせわがまま姫様に追い出される運命だったんだろう?」

 エルクが茶化すように言ったので、ラリッサはしかめ面をした。

「土地を守ると決まっていたら、もっと抗ったよ」
「わかってるって。ごめんごめん」

 ラリッサは怒らせると怖い。エルクは古い付き合いなので、それをよく知っていた。

「王都に行こう。国王様にも挨拶してもらわないと」

 エルクがラリッサの手を握った。
 
「……一人で歩けるから」
「あ、はは……」

 ラリッサはぶっきらぼうに言ったが、自分の行いを後悔した。

 領地を守っている間は、結婚はやめておこう。
 両家で決めたことである。
 二人は婚約状態にあった。

 そして……。エスメラルダ家は、守り続けた土地を諦め、隣国に移り住んだ。
 もうあふれ出る毒や、腐る木々との戦いを続ける必要は無い。
 素直になっても……。いいはずなのに。

 ラリッサは、どこかぎこちなかった。

「そういうことなら、乗ってくれよ」

 エルクが指笛を吹くと、大きな熊が駆け寄ってきた。
 
「熊で移動するの……?」
「あぁそうだよ。揺れるから、しっかり掴まってね」
「……わかった」
 
 二人は熊の上に乗り、エルクの指示で熊が走り出した。
 思っていたよりも揺れる。
 ラリッサは、しがみつくように、エルクを抱きしめた。

 エルクの背中は、いつのまにかたくましくなっていて……。

「ラリッサ。もっとくっついても良いんだよ?」
「ばか」
「痛っ」

 エルクの頭を小突いた後、ラリッサはエルクを抱きしめ直した。
 さっきよりも、うんと強く……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

辺境伯令嬢ファウスティナと豪商の公爵

桜井正宗
恋愛
 辺境伯令嬢であり、聖女でもあるファウスティナは家族と婚約の問題に直面していた。  父も母もファウスティナの黄金を求めた。妹さえも。  父・ギャレットは半ば強制的に伯爵・エルズワースと婚約させる。しかし、ファウスティナはそれを拒絶。  婚約破棄を言い渡し、屋敷を飛び出して帝国の街中へ消えた。アテもなく彷徨っていると、あるお店の前で躓く。  そのお店の名は『エル・ドラード』だった。  お店の中から青年が現れ、ファウスティナを助けた。これが運命的な出逢いとなり、一緒にお店を経営していくことになるのだが――。

断罪シーンを自分の夢だと思った悪役令嬢はヒロインに成り代わるべく画策する。

メカ喜楽直人
恋愛
さっきまでやってた18禁乙女ゲームの断罪シーンを夢に見てるっぽい? 「アルテシア・シンクレア公爵令嬢、私はお前との婚約を破棄する。このまま修道院に向かい、これまで自分がやってきた行いを深く考え、その罪を贖う一生を終えるがいい!」 冷たい床に顔を押し付けられた屈辱と、両肩を押さえつけられた痛み。 そして、ちらりと顔を上げれば金髪碧眼のザ王子様なキンキラ衣装を身に着けたイケメンが、聞き覚えのある名前を呼んで、婚約破棄を告げているところだった。 自分が夢の中で悪役令嬢になっていることに気が付いた私は、逆ハーに成功したらしい愛され系ヒロインに対抗して自分がヒロインポジを奪い取るべく行動を開始した。

守護神の加護がもらえなかったので追放されたけど、実は寵愛持ちでした。神様が付いて来たけど、私にはどうにも出来ません。どうか皆様お幸せに!

蒼衣翼
恋愛
千璃(センリ)は、古い巫女の家系の娘で、国の守護神と共に生きる運命を言い聞かされて育った。 しかし、本来なら加護を授かるはずの十四の誕生日に、千璃には加護の兆候が現れず、一族から追放されてしまう。 だがそれは、千璃が幼い頃、そうとは知らぬまま、神の寵愛を約束されていたからだった。 国から追放された千璃に、守護神フォスフォラスは求愛し、へスペラスと改名した後に、人化して共に旅立つことに。 一方、守護神の消えた故国は、全ての加護を失い。衰退の一途を辿ることになるのだった。 ※カクヨムさまにも投稿しています

【完結】小国の王太子に捨てられたけど、大国の王太子に溺愛されています。え?私って聖女なの?

如月ぐるぐる
恋愛
王太子との婚約を一方的に破棄され、王太子は伯爵令嬢マーテリーと婚約してしまう。 留学から帰ってきたマーテリーはすっかりあか抜けており、王太子はマーテリーに夢中。 政略結婚と割り切っていたが納得いかず、必死に説得するも、ありもしない罪をかぶせられ国外追放になる。 家族にも見捨てられ、頼れる人が居ない。 「こんな国、もう知らない!」 そんなある日、とある街で子供が怪我をしたため、術を使って治療を施す。 アトリアは弱いながらも治癒の力がある。 子供の怪我の治癒をした時、ある男性に目撃されて旅に付いて来てしまう。 それ以降も街で見かけた体調の悪い人を治癒の力で回復したが、気が付くとさっきの男性がずっとそばに付いて来る。 「ぜひ我が国へ来てほしい」 男性から誘いを受け、行く当てもないため付いて行く。が、着いた先は祖国ヴァルプールとは比較にならない大国メジェンヌ……の王城。 「……ん!?」

悪役令嬢は、いつでも婚約破棄を受け付けている。

ao_narou
恋愛
 自身の愛する婚約者――ソレイル・ディ・ア・ユースリアと平民の美少女ナナリーの密会を知ってしまった悪役令嬢――エリザベス・ディ・カディアスは、自身の思いに蓋をしてソレイルのため「わたくしはいつでも、あなたからの婚約破棄をお受けいたしますわ」と言葉にする。  その度に困惑を隠せないソレイルはエリザベスの真意に気付くのか……また、ナナリーとの浮気の真相は……。  ちょっとだけ変わった悪役令嬢の恋物語です。

妹に虐げられましたが、今は幸せに暮らしています

絹乃
恋愛
母亡きあと、後妻と妹に、子爵令嬢のエレオノーラは使用人として働かされていた。妹のダニエラに縁談がきたが、粗野で見た目が悪く、子どものいる隣国の侯爵が相手なのが嫌だった。面倒な結婚をエレオノーラに押しつける。街で迷子の女の子を助けたエレオノーラは、麗しく優しい紳士と出会う。彼こそが見苦しいと噂されていたダニエラの結婚相手だった。紳士と娘に慕われたエレオノーラだったが、ダニエラは相手がイケメンと知ると態度を豹変させて、奪いに来た。

お姉様は嘘つきです! ~信じてくれない毒親に期待するのをやめて、私は新しい場所で生きていく! と思ったら、黒の王太子様がお呼びです?

朱音ゆうひ
恋愛
男爵家の令嬢アリシアは、姉ルーミアに「悪魔憑き」のレッテルをはられて家を追い出されようとしていた。 何を言っても信じてくれない毒親には、もう期待しない。私は家族のいない新しい場所で生きていく!   と思ったら、黒の王太子様からの招待状が届いたのだけど? 別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0606ip/)

仕事ができないと王宮を追放されましたが、実は豊穣の加護で王国の財政を回していた私。王国の破滅が残念でなりません

新野乃花(大舟)
恋愛
ミリアは王国の財政を一任されていたものの、国王の無茶な要求を叶えられないことを理由に無能の烙印を押され、挙句王宮を追放されてしまう。…しかし、彼女は豊穣の加護を有しており、その力でかろうじて王国は財政的破綻を免れていた。…しかし彼女が王宮を去った今、ついに王国崩壊の時が着々と訪れつつあった…。 ※カクヨムにも投稿しています! ※アルファポリスには以前、短いSSとして投稿していたものです!

処理中です...