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本当に負けを認めた子爵令嬢

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「……こりゃあ大変だ」

 男爵家に到着した二人は、思いもよらない光景を目にしていた。
 屋敷全体を覆い尽くさんばかりの、びっしりと張り巡らされた魔法陣……。
 少し魔力を注げば、間違いなく屋敷は破壊されてしまう。

「キ、キリス様!?」

 王族の馬車がやってきたので、何事かと思ったバンナが、慌てて駆け寄ってきた。
 キリスのすぐ後ろにエメラが見えて、足が止まる。

「なんであいつが……」

 舌打ちをした後、無理矢理笑みを浮かべキリスの元へ向かう。

「実はですね? 男爵家に悪い魔物が住み着いていて……。屋敷ごとぶっ飛ばそうっていう話なんですわよ?」
「そうかい。それにして、よくこれだけの数の魔法使いを集めたね」
「子爵家自慢の魔法部隊ですの!」
「……エメラ。もう手加減する必要はないよ」
「そうですね……」

 ため息をつくエメラを、バンナは睨みつけた。

「まさか。キリス様を味方につけているだなんてね……。一体どんな媚を売ったのかしら」

 バンナが憎たらしい口調でそう言うと……。
 
 ばちんっ。っと、乾いた音が響いた。
 キリスがバンナの頬を叩いたのだ。

「えっ――」

 バンナは一瞬、何が起こったのかわからず、目を白黒させた。
 しかし、すぐにキリスに引っ叩かれたことを理解して、困惑した表情に変わる。

「王子ともあろう方が、令嬢の頬を――」

 話している途中に、もう一発。
 今度は逆側の頬だ。

「聖女様を侮辱しないでくれ」

 怯えた表情のバンナを睨みつけるように、冷たい声でそう言い放った。

「……へぇ」

 バンナは頬を抑えながら、指を鳴らす。
 すると、魔法使いたちが、三人の方に顔を向けた。

「何が王子よ。もう許さないわ! 私の正しさを証明してみせる!」

 魔法使いがそれぞれ魔力を注ぎこみ……。
 大きな火の球を空に浮かべた。

「……エメラ。いけるかい?」

 エメラは小さく頷くと……。
 屋敷を取り囲んでいる魔法陣ごと、火の球をかき消してみせた。

「は?」

 いきなり魔力が消失したことに気が付いたバンナが、気の抜けた声を出した。
 ゆっくりと振り返ると、そこにあったはずの魔法陣も、火の球も消えてなくなっているのだから、大層驚いたことだろう。

 それと同時に……。
 さきほど穴に埋められた時の恐怖が蘇った。

「バンナ様。話が随分違うようですが……」

 バンナは地面に手を着き、だらだらと汗を流しながら呼吸を荒くしている。
 
「お応えください。二度と悪事を働かないという話はどこへ?」
「あ、ああぁああ……」
「あぁ。ではわかりませんよ」
「ごめんなさぁい!」

 地面に額が擦れ、出血するほどの土下座。
 圧倒的な力の差を、ようやく理解したようだ。
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