上 下
3 / 21

優しい少女

しおりを挟む
 ライロットが乗せられた船は、豪華客船だった。
 幸い、花屋の主人の妻がプレゼントしてくれた、余所行きの服を着ていたので、自然に紛れることができたが、個室から出るようなことはしなかった。
 
 サンバスタのことは、良く知らないライロットだったが、観光地であるという情報だけは持っていた。
 だからわざわざ、各地を回っている最中であるらしい、この豪華客船も、サンバスタに向かうのだろう。

 ……ここまで豪華な追放も、珍しいのではないだろうか。
 人生初の豪華客船を、ここで体験するとは、夢にも思っていなかった。

 窓の外の波を見つめながら、ライロットは、これまでの人生を、思い返している。

 エージャリオンの辺境の村で生まれ、両親を亡くし、孤児院に引き取られたのが、五歳のころ。
 そこから十二歳まで、孤児院で暮らした後、王都で労働者不足が発生し、ライロットもそこへ派遣されることになった。
 てっきり、王都の工場や、ゴミ処理場で働かされると思っていたライロットだったが……。その道中、運良く自分を見つけてくれた、王都の中心地で花屋を営んでいる主人に引き取られ、そこで働くことになった。

 そして、今日……。
 令嬢の大嘘により、追放されることに。

 花屋の主人たちとは、泣きながら別れた。あと少しで、二十二歳の誕生日だったので、お祝いのパーティを開いてくれる予定だったのだ。
 店の常連の人々も、みんな悲しんでいた。中でも、ユレイナのメイドのシブリエは、自分に良くしてくれていたので、涙を流しながら、別れを惜しんでくれた。

「ついてないなぁ……」

 自分しかいない部屋で、ライロットは呟いた。
 しかし、ある種、納得したような気持ちも、ライロットの中にはあった。

――自分みたいな村娘が、あんな華やかな王都にいるのは、令嬢の言う通り、ふさわしくないだろう。

 サンバスタという、小さな島くらいが、ちょうどいいはずだ。

 そう思いながら、海の青さを、瞳に映していた。

「ヘイサル……」

 知らぬ間に、そう呟いていた自分に、ライロットは驚いた。
 これではいけない。彼への想いは、とっくに捨て去ったはずだったのに。

 ……せめて、挨拶だけでもと思ったが、叶わなかった。
 だけど、それくらいの方がいいだろう。
 今や彼は、王子なのだから。
 あの街にいたところで、どっちみち、結ばれる可能性は無い。
 だったらいっそ、離れてしまえた方が……。

――孤児院で、一緒に過ごした日々など、もうそろそろ忘れなければいけない。

☆ ☆ ☆

「よ~こそサンバスタへ!」

 船を降りてすぐ、元気な声が聞こえた。
 背の低い、可愛らしい女の子が、大きく手を振りながら、乗客を誘導している。
  
 ライロットは、たった一人、その列から逸れようとした。

「あ~ちょっとちょっと! こっちですよ! お姉さん! こっち!」

 そんな風に、声をかけられたが、ライロットは無視をして、早足で歩いて行った。

「ちょっとってば!」

 しかし、追いかけてきた女の子に、腕を掴まれ、引き留められてしまった。

「どうしたんですか? 船酔いですか? でしたらあっちのトイレで――」
「違うの。私は大丈夫だから」
「……お姉さん、すごく綺麗な目をしてますね」
「……え?」

 そのセリフは……。

 ……かつて、花屋の主人が、自分を拾ってくれた時に、かけてくれた言葉だった。
 それを思い出し、ライロットは、思わず涙を流してしまった。

「あわわ! 嘘、泣いちゃった! ちょっとサムレフちゃん! 私、この人を休憩所に案内するから! お客様の誘導、任せてもいいですか!?」

 どれだけ拭いても、涙が止まらない。
 街で別れを告げた時、もう全ての涙を流し尽くしてしまったはずなのに。

「大丈夫ですよ。泣かないでください。ほら、こっちへ」

 女の子に誘導されながら、ライロットは、休憩所のようなところへ連れて行かれた。 
 椅子に座り、背中を撫でられ続けている間に……。ようやく、涙が収まってきた。

「ほら、この島の特産品である、命の茶ですよ」
「命の……?」

 女の子が差し出してくれた茶を、ライロットは一口飲んだ。
 ほんのり甘い、だけど渋みもある……。不思議な味だ。

 なんとなく、体があったまるような感覚があった。

「それを飲めば、心が安らぐんです。ね? 落ち着いてきたでしょ?」
「……うん。ありがとう」
「私はクリム。クリム・エバリオットです! この島の、観光ガイドを担当してます! あなたは?」
「私は、ライロット」
「ライロットさん……。ようこそ! サンバスタへ!」

 クリムの明るさに、思わずライロットは、笑ってしまった。

「ありがとう。もう大丈夫だから。あなたは仕事に戻って?」
「いえいえ。仕事は、後輩のサムレフちゃんに任せるとして……。今の私がするべきことは、あなたの事情を聞くことだと思います」
「え……?」
「島を訪れた人は、みんな家族なんです。家族が泣いている時に、一人にするわけにはいきませんから」

 ……どうしても、花屋の主人を思い出してしまう。
 また涙が出そうになったが、今度は堪えることができた。

 この、命の茶のおかげかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は婚約破棄され、転生ヒロインは逆ハーを狙って断罪されました。

まなま
恋愛
悪役令嬢は婚約破棄され、転生ヒロインは逆ハーを狙って断罪されました。 様々な思惑に巻き込まれた可哀想な皇太子に胸を痛めるモブの公爵令嬢。 少しでも心が休まれば、とそっと彼に話し掛ける。 果たして彼は本当に落ち込んでいたのか? それとも、銀のうさぎが罠にかかるのを待っていたのか……?

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

悪役令嬢に転生しましたがモブが好き放題やっていたので私の仕事はありませんでした

蔵崎とら
恋愛
権力と知識を持ったモブは、たちが悪い。そんなお話。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

【完結】結婚してから三年…私は使用人扱いされました。

仰木 あん
恋愛
子爵令嬢のジュリエッタ。 彼女には兄弟がおらず、伯爵家の次男、アルフレッドと結婚して幸せに暮らしていた。 しかし、結婚から二年して、ジュリエッタの父、オリビエが亡くなると、アルフレッドは段々と本性を表して、浮気を繰り返すようになる…… そんなところから始まるお話。 フィクションです。

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

まったく心当たりのない理由で婚約破棄されるのはいいのですが、私は『精霊のいとし子』ですよ……?【カイン王子視点】

空月
恋愛
精霊信仰の盛んなクレセント王国。 身に覚えのない罪状をつらつらと挙げ連ねられて、第一王子に婚約破棄された『精霊のいとし子』アリシア・デ・メルシスは、第二王子であるカイン王子に求婚された。 そこに至るまでのカイン王子の話。 『まったく心当たりのない理由で婚約破棄されるのはいいのですが、私は『精霊のいとし子』ですよ……?』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/368147631/886540222)のカイン王子視点です。 + + + + + + この話の本編と続編(書き下ろし)を収録予定(この別視点は入れるか迷い中)の同人誌(短編集)発行予定です。 購入希望アンケートをとっているので、ご興味ある方は回答してやってください。 https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLScCXESJ67aAygKASKjiLIz3aEvXb0eN9FzwHQuxXavT6uiuwg/viewform?usp=sf_link

断罪されて婚約破棄される予定のラスボス公爵令嬢ですけど、先手必勝で目にもの見せて差し上げましょう!

ありあんと
恋愛
ベアトリクスは突然自分が前世は日本人で、もうすぐ婚約破棄されて断罪される予定の悪役令嬢に生まれ変わっていることに気がついた。 気がついてしまったからには、自分の敵になる奴全部酷い目に合わせてやるしか無いでしょう。

処理中です...