上 下
2 / 21

わがまま令嬢

しおりを挟む
 ユレイナ・キリマールは、自室で笑みを浮かべながら、読書をしていた。
 
 ――あの忌々しき村娘を、ようやく追い払うことができた。

 ユレイナは気が付いていた。ヘイサルの気持ちが……。明らかに、自分では無く、ライロットにあるということを。 
 国王であるレイドルに媚を売り、時に女としての武器も使うことで……。強引に、ヘイサルとの婚約を結んだのは、三年前のこと。
 今年で十七歳になるユレイナは、来年結婚できる年齢になる。
 ヘイサルは心優しき青年だ。どれだけライロットのことを想っていても、婚約者である自分を、裏切ることなどできないだろう。
 ユレイナはそう考えていた。しかし、万が一のことを考え、ライロットを追い出すことに決めたのだ。
 
 一仕事終えたユレイナは、とても穏やかな気持ちになっていた。

 「ユレイナ様」

 低い、綺麗な声と共に、ドアがノックされた。
 ユレイナは、小さく返事をする。

「失礼します」

 入ってきたのは、メイドのシブリエだった。
 今年で三十二歳になる彼女は、ユレイナが生まれた時から、専属のメイドとして、キリマール家に仕えている。

「あら、シブリエ。どうしたの?」

 気分が良いユレイナは、弾む声でそう尋ねたが……。
 シブリエの表情は、非常に険しかった。
 普段からつり目がちで、背の高い彼女は、不機嫌に見えることが多い。

 しかし、今日は間違いなく、本当に不機嫌だった。

「……どうしたの?」

 それを察したユレイナも、声色を変え、緊張したように聞き直した。

「……ライロットは、なぜ王都から、出て行かなければならなかったのでしょうか」
「え……?」

 シブリエの口から、ライロットの名前が出てきたことに、ユレイナは驚いていた。
 
「あなた、あの子のことを知っていたの?」
「知らない人の方が、少ないです。……街で、彼女のことを悪く言う人は、一人もいませんから」
「……へぇ、そう」

 確かに、やたらと愛想だけは良い女だと思っていたが……。そこまで慕われているとは、ユレイナは知らなかった。
 キリマール家が、街とは少し離れた、王宮に近い場所に建てられているせいもあるだろう。

「私に聞かれても、知らないわよ。国王が決めたことだもの」
「……無関係とは思えません。ユレイナ様は、よく私に、ライロットの悪口を言っておりました」
「それは……。私が婚約する前に、ライロットと、ヘイサル王子の関係が、噂されたことがあったから……。それでもまだ、あの人は、花屋に行くのよ? 不快に思ってしまうのは、しょうがないでしょう?」
「だからと言って、追放を促すだなんて――」
「うるさいわねぇ……。私が関係しているだなんて証拠、どこにもないでしょう? メイドが出しゃばるんじゃないわよ」

 ユレイナがそう言うと、シブリエの表情が、より一層厳しいものになった。
 
 今の発言は、言い過ぎたかもしれない。ユレイナは、すぐにそう思ったが、謝る気にはなれなかった。

「……これでも、十七年間、自分の人生を犠牲にしてまで、この家に尽くしてきたという自負があります。どうか、真実を聞かせていただけないでしょうか」

 なぜそこまでして……。
 呆れたユレイナだったが、面倒になったので、もう話してしまうことにした。

「……そうよ。私がレイドル様に、色々嘘を言って、追放を促したの。別に私、ヘイサル王子のことなんて、全然好きではないし、王族になることができればそれでいいとは思っているけれど……。それでも一応、夫になる人ではあるから……。邪魔者は、追い払っておくべきだと考えた。それだけの話よ」

 ユレイナは、悪びれることもなく、そう言った。

 シブリエの心を、沸々と、熱いものが煮えたぎるような感覚が襲っている。

――こんなわがままで、性格の悪い令嬢に、自分はいつまで付き合わなければいけないのか。

 昔はもっと、わがままと言えど、可愛げがあったのに。
 一体いつから、こんな人間に……。

「……そうですか」
「あなたとライロットが、一体どんな関係であったかなんて、知らないけれど……。……家を追い出されて、仕事に困るようなことは、無いようにしなさいよ?」

 シブリエにとって、それは信じれらない言葉だった。
 ここまで、キリマール家に尽くしてきた自分に……。そのような言葉を、投げかけるとは。

「用が済んだなら、さっさと出て行きなさいよ。読書の最中なの。邪魔しないで」
「……かしこまりました」

 部屋を出る間際、シブリエは、小さな声で言った。

「……さようなら」

 その声が、ユレイナに届くことは無かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は婚約破棄され、転生ヒロインは逆ハーを狙って断罪されました。

まなま
恋愛
悪役令嬢は婚約破棄され、転生ヒロインは逆ハーを狙って断罪されました。 様々な思惑に巻き込まれた可哀想な皇太子に胸を痛めるモブの公爵令嬢。 少しでも心が休まれば、とそっと彼に話し掛ける。 果たして彼は本当に落ち込んでいたのか? それとも、銀のうさぎが罠にかかるのを待っていたのか……?

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

悪役令嬢に転生しましたがモブが好き放題やっていたので私の仕事はありませんでした

蔵崎とら
恋愛
権力と知識を持ったモブは、たちが悪い。そんなお話。

【 完 】転移魔法を強要させられた上に婚約破棄されました。だけど私の元に宮廷魔術師が現れたんです

菊池 快晴
恋愛
公爵令嬢レムリは、魔法が使えないことを理由に婚約破棄を言い渡される。 自分を虐げてきた義妹、エリアスの思惑によりレムリは、国民からは残虐な令嬢だと誤解され軽蔑されていた。 生きている価値を見失ったレムリは、人生を終わらせようと展望台から身を投げようとする。 しかし、そんなレムリの命を救ったのは他国の宮廷魔術師アズライトだった。 そんな彼から街の案内を頼まれ、病に困っている国民を助けるアズライトの姿を見ていくうちに真実の愛を知る――。 この話は、行き場を失った公爵令嬢が強欲な宮廷魔術師と出会い、ざまあして幸せになるお話です。

【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢

美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」  かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。  誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。  そこで彼女はある1人の人物と出会う。  彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。  ーー蜂蜜みたい。  これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

【完結】結婚してから三年…私は使用人扱いされました。

仰木 あん
恋愛
子爵令嬢のジュリエッタ。 彼女には兄弟がおらず、伯爵家の次男、アルフレッドと結婚して幸せに暮らしていた。 しかし、結婚から二年して、ジュリエッタの父、オリビエが亡くなると、アルフレッドは段々と本性を表して、浮気を繰り返すようになる…… そんなところから始まるお話。 フィクションです。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

処理中です...