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わがまま令嬢
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ユレイナ・キリマールは、自室で笑みを浮かべながら、読書をしていた。
――あの忌々しき村娘を、ようやく追い払うことができた。
ユレイナは気が付いていた。ヘイサルの気持ちが……。明らかに、自分では無く、ライロットにあるということを。
国王であるレイドルに媚を売り、時に女としての武器も使うことで……。強引に、ヘイサルとの婚約を結んだのは、三年前のこと。
今年で十七歳になるユレイナは、来年結婚できる年齢になる。
ヘイサルは心優しき青年だ。どれだけライロットのことを想っていても、婚約者である自分を、裏切ることなどできないだろう。
ユレイナはそう考えていた。しかし、万が一のことを考え、ライロットを追い出すことに決めたのだ。
一仕事終えたユレイナは、とても穏やかな気持ちになっていた。
「ユレイナ様」
低い、綺麗な声と共に、ドアがノックされた。
ユレイナは、小さく返事をする。
「失礼します」
入ってきたのは、メイドのシブリエだった。
今年で三十二歳になる彼女は、ユレイナが生まれた時から、専属のメイドとして、キリマール家に仕えている。
「あら、シブリエ。どうしたの?」
気分が良いユレイナは、弾む声でそう尋ねたが……。
シブリエの表情は、非常に険しかった。
普段からつり目がちで、背の高い彼女は、不機嫌に見えることが多い。
しかし、今日は間違いなく、本当に不機嫌だった。
「……どうしたの?」
それを察したユレイナも、声色を変え、緊張したように聞き直した。
「……ライロットは、なぜ王都から、出て行かなければならなかったのでしょうか」
「え……?」
シブリエの口から、ライロットの名前が出てきたことに、ユレイナは驚いていた。
「あなた、あの子のことを知っていたの?」
「知らない人の方が、少ないです。……街で、彼女のことを悪く言う人は、一人もいませんから」
「……へぇ、そう」
確かに、やたらと愛想だけは良い女だと思っていたが……。そこまで慕われているとは、ユレイナは知らなかった。
キリマール家が、街とは少し離れた、王宮に近い場所に建てられているせいもあるだろう。
「私に聞かれても、知らないわよ。国王が決めたことだもの」
「……無関係とは思えません。ユレイナ様は、よく私に、ライロットの悪口を言っておりました」
「それは……。私が婚約する前に、ライロットと、ヘイサル王子の関係が、噂されたことがあったから……。それでもまだ、あの人は、花屋に行くのよ? 不快に思ってしまうのは、しょうがないでしょう?」
「だからと言って、追放を促すだなんて――」
「うるさいわねぇ……。私が関係しているだなんて証拠、どこにもないでしょう? メイドが出しゃばるんじゃないわよ」
ユレイナがそう言うと、シブリエの表情が、より一層厳しいものになった。
今の発言は、言い過ぎたかもしれない。ユレイナは、すぐにそう思ったが、謝る気にはなれなかった。
「……これでも、十七年間、自分の人生を犠牲にしてまで、この家に尽くしてきたという自負があります。どうか、真実を聞かせていただけないでしょうか」
なぜそこまでして……。
呆れたユレイナだったが、面倒になったので、もう話してしまうことにした。
「……そうよ。私がレイドル様に、色々嘘を言って、追放を促したの。別に私、ヘイサル王子のことなんて、全然好きではないし、王族になることができればそれでいいとは思っているけれど……。それでも一応、夫になる人ではあるから……。邪魔者は、追い払っておくべきだと考えた。それだけの話よ」
ユレイナは、悪びれることもなく、そう言った。
シブリエの心を、沸々と、熱いものが煮えたぎるような感覚が襲っている。
――こんなわがままで、性格の悪い令嬢に、自分はいつまで付き合わなければいけないのか。
昔はもっと、わがままと言えど、可愛げがあったのに。
一体いつから、こんな人間に……。
「……そうですか」
「あなたとライロットが、一体どんな関係であったかなんて、知らないけれど……。……家を追い出されて、仕事に困るようなことは、無いようにしなさいよ?」
シブリエにとって、それは信じれらない言葉だった。
ここまで、キリマール家に尽くしてきた自分に……。そのような言葉を、投げかけるとは。
「用が済んだなら、さっさと出て行きなさいよ。読書の最中なの。邪魔しないで」
「……かしこまりました」
部屋を出る間際、シブリエは、小さな声で言った。
「……さようなら」
その声が、ユレイナに届くことは無かった。
――あの忌々しき村娘を、ようやく追い払うことができた。
ユレイナは気が付いていた。ヘイサルの気持ちが……。明らかに、自分では無く、ライロットにあるということを。
国王であるレイドルに媚を売り、時に女としての武器も使うことで……。強引に、ヘイサルとの婚約を結んだのは、三年前のこと。
今年で十七歳になるユレイナは、来年結婚できる年齢になる。
ヘイサルは心優しき青年だ。どれだけライロットのことを想っていても、婚約者である自分を、裏切ることなどできないだろう。
ユレイナはそう考えていた。しかし、万が一のことを考え、ライロットを追い出すことに決めたのだ。
一仕事終えたユレイナは、とても穏やかな気持ちになっていた。
「ユレイナ様」
低い、綺麗な声と共に、ドアがノックされた。
ユレイナは、小さく返事をする。
「失礼します」
入ってきたのは、メイドのシブリエだった。
今年で三十二歳になる彼女は、ユレイナが生まれた時から、専属のメイドとして、キリマール家に仕えている。
「あら、シブリエ。どうしたの?」
気分が良いユレイナは、弾む声でそう尋ねたが……。
シブリエの表情は、非常に険しかった。
普段からつり目がちで、背の高い彼女は、不機嫌に見えることが多い。
しかし、今日は間違いなく、本当に不機嫌だった。
「……どうしたの?」
それを察したユレイナも、声色を変え、緊張したように聞き直した。
「……ライロットは、なぜ王都から、出て行かなければならなかったのでしょうか」
「え……?」
シブリエの口から、ライロットの名前が出てきたことに、ユレイナは驚いていた。
「あなた、あの子のことを知っていたの?」
「知らない人の方が、少ないです。……街で、彼女のことを悪く言う人は、一人もいませんから」
「……へぇ、そう」
確かに、やたらと愛想だけは良い女だと思っていたが……。そこまで慕われているとは、ユレイナは知らなかった。
キリマール家が、街とは少し離れた、王宮に近い場所に建てられているせいもあるだろう。
「私に聞かれても、知らないわよ。国王が決めたことだもの」
「……無関係とは思えません。ユレイナ様は、よく私に、ライロットの悪口を言っておりました」
「それは……。私が婚約する前に、ライロットと、ヘイサル王子の関係が、噂されたことがあったから……。それでもまだ、あの人は、花屋に行くのよ? 不快に思ってしまうのは、しょうがないでしょう?」
「だからと言って、追放を促すだなんて――」
「うるさいわねぇ……。私が関係しているだなんて証拠、どこにもないでしょう? メイドが出しゃばるんじゃないわよ」
ユレイナがそう言うと、シブリエの表情が、より一層厳しいものになった。
今の発言は、言い過ぎたかもしれない。ユレイナは、すぐにそう思ったが、謝る気にはなれなかった。
「……これでも、十七年間、自分の人生を犠牲にしてまで、この家に尽くしてきたという自負があります。どうか、真実を聞かせていただけないでしょうか」
なぜそこまでして……。
呆れたユレイナだったが、面倒になったので、もう話してしまうことにした。
「……そうよ。私がレイドル様に、色々嘘を言って、追放を促したの。別に私、ヘイサル王子のことなんて、全然好きではないし、王族になることができればそれでいいとは思っているけれど……。それでも一応、夫になる人ではあるから……。邪魔者は、追い払っておくべきだと考えた。それだけの話よ」
ユレイナは、悪びれることもなく、そう言った。
シブリエの心を、沸々と、熱いものが煮えたぎるような感覚が襲っている。
――こんなわがままで、性格の悪い令嬢に、自分はいつまで付き合わなければいけないのか。
昔はもっと、わがままと言えど、可愛げがあったのに。
一体いつから、こんな人間に……。
「……そうですか」
「あなたとライロットが、一体どんな関係であったかなんて、知らないけれど……。……家を追い出されて、仕事に困るようなことは、無いようにしなさいよ?」
シブリエにとって、それは信じれらない言葉だった。
ここまで、キリマール家に尽くしてきた自分に……。そのような言葉を、投げかけるとは。
「用が済んだなら、さっさと出て行きなさいよ。読書の最中なの。邪魔しないで」
「……かしこまりました」
部屋を出る間際、シブリエは、小さな声で言った。
「……さようなら」
その声が、ユレイナに届くことは無かった。
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